41-404「佐々木さんの、ビタースウィート・バレンタイン、の巻」

13日の金曜日、丑三つ時も近い頃。和洋双方の縁起の悪い時間帯。
両親が眠っているのを確認し、そっと部屋を抜け出して台所へ向かう。
別に二人が起きている時間にやってもよかったのだけれど、
お母さんにからかわれるのもシャクだし、お父さんも年頃の娘を持つ親らしく、
妙に機嫌が悪くなるので困ったものなのだ。
まあ、お母さんにはバレバレだと思うのだけれど、
冷蔵庫の隅に隠しておいた、昼間準備しておいたチョコや生クリームを取り出す。
さて、それでは手早く作るとしようか。

まずは生クリームを火にかけ、沸騰するぐらいまで暖める。
もちろんクリームは動物性の、牛乳成分100%のものだ。
その間に、まな板が乾いているのを確認して、ミルクチョコの板を乗せ、ザクザクと斜めに刻む。
マッチ棒のようになったチョコのかけらを、包丁の先端を片手で押さえて、
扇状態に動かしながらさらにリズミカルに何度も刻む。
細かく均一に刻まないと、上手く溶けないのだと、レシピを教えてくれた料理部の友人は力説していた。
鈍感な君の頭をコツコツと叩きたくなった衝動を思い返しながら、辛抱強く刻む。
うん、これくらいじゃ足りないけれど、チョコの方は細かく砕けたよ、キョン。
刻んだチョコをボウルに入れ、そこへ温まった生クリームを一気に流し込む。
さて、ここで取りいだしたる泡立て器で、チョコが完全に溶けてクリーム状になるまでかき混ぜましょう。
母はよく、「電動泡立て器よりは、手でやる方が味がよくなるのよ」と言っていたけれど、
それが真実であることを願わずにはいられない。なにせ結構面倒な作業だ。

白と黒の二つの色が溶け合わさり、滑らかに一つになるまで。
二人の気持ちが一つになるように、と思いを込めてかき混ぜたら、味がよくなるんだよ、
とは件の友人の弁だけれど、僕は彼女一流の冗談だと思う。
これぐらいで気持ちが一つになるのなら、誰も苦労はしないしね。

これにラム酒を適量加えて混ぜ合わせる、のが本来のレシピらしいのだが、
高校生にラム酒というのもアレだし、キョンはアルコールには何かイヤな思い出があるようなので、
代わりに蜂蜜をちょっと多めに混ぜ、冷蔵庫に入れて時々かき混ぜながら、
適度な固さになじむまで冷やす。
それをスプーンで一個一個の大きさにすくって、オーブンシートの上に並べ、
また冷蔵庫で四半刻冷やす。

その間に、今度はコーティング用の別のチョコをまた先ほどのように刻む。
今冷やしているガナッシュ(溶かしたチョコ)の作業が終わる時期を計り、湯せんで溶かす。
レシピはこれもミルクチョコだが、好みでどのチョコをチョイスしても良いようだ。
ミルクチョコでやる人もいれば、友人は苺チョコでコーティングする! 
というチャレンジャーらしい。……苺チョコとココアパウダーって合うのかしらん?
僕は思う所あって、ここは敢えてちょっとビターなブラックチョコレートを選んでみた。

水道水を勢い良く出し、そこに手を浸す。
ずいぶん暖かくなってきたとはいえ、まだ春までには時間があるこの時期、
冷たい水の刺激は針で刺したような痛みに近い。けれど、ここはじっと我慢。
手が温かいとようやく冷えたガナッシュを丸めるとき、どんどん溶けてしまうのだ。
冷蔵庫からガナッシュを取り出し、なるべくキレイな球形になるように、
両手の間で転がして形を整えてゆく。
隕石のような形になってしまっても、キョンは気にしないでくれるとは思うけれど、
僕にも製作者としての矜持というものがあるからね。

なんとかガナッシュが全て球になったところで、溶かしておいたチョコレートを掌につけて、
ガナッシュをその上でコロコロと転がし、コーティングしてゆく。
おかしなものだ。こうして必死になってチョコ製作にいそしんでいると、
まるで自分が恋する女子学生みたいに見えるのじゃないかな。くっくっ。
君がこの姿を見たら、一体どう評するのかな。

最後に、コーティングがなじんだ頃を見計らって、バットの中に敷いたココアパウダーの中で
ガナッシュを転がす。
表面にココアがまんべんなくまぶされたのを確認して、ようやくチョコトリュフの完成だ。
一つ口にほおりこみ、味を確かめる。うん。大丈夫。

敢えて飾りのない袋に完成品をしまいこみ、
レシピを教えてくれた友人への感謝用と、お父さん用、そしてもう一つ別の袋をつくる。
まだ2つほど残ったものは、クッキングペーパーに包む。
ふと時計に目をやると、ずいぶんな時間が立ってしまった。
片付けの時間を考えると、さて何時間眠れることだろうか。
ああ、キョンの口癖ではないけれど、「やれやれ」というところだね。くっくっ。


翌日、2月14日の土曜日。
ゆっくりと目覚めて、朝食時にお父さんにチョコを渡す。
……本気で涙目で喜ぶのはやめてくださいお父さん。いやかなり真剣に。
あとは、連絡が来るまでいつもの土曜日のように過ごす。
……何度か携帯を確認して、待っていた連絡が来たのは夕方近くだった。
「キョンがSOS団の用事で出かけるときに、『帰りに連絡ちょーだい』と念押ししておいてほしい」
そう頼んでおいた、キョンの妹ちゃんから電話がくる。
「今さっきキョンくんから電話あったから、あと15分くらいだと思うよー」
ああ、ありがとう妹ちゃん。今度キョンに渡すのと同じチョコをあげるから、楽しみに待っていてくれたまえ。
「うん、待ってるー! がんばってね佐々木ちゃん。にひひ」
この情報化社会、持つべきものは信頼できる情報源。
それが適正価格で顧客情報に関して口をつぐんでくれるとあらば、なお素晴らしい。
くっくっ。キョン。個々の戦術面で多少後手に回ろうとも、最後に勝つのは、情報戦を制する者なのだよ。
自分でも何を言っているのか少々意味不明なのだけれどね。

例の包みと、クッキングペーパーで包んだ余りを手提げに入れて、やや慌しく家を出る。
ちょっと散歩、と言ったのだけれど、お母さんのあの微笑みは、全てお見通しのようだ。
やれやれ。


ちょうどキョンの家の近くに来たところで、疲労困憊した様子で自転車を曳くキョンと遭遇した。
今年も涼宮さんの照れ隠しに付き合わされて、色々苦労してきた、というところかな。
荷台に乗せられた鞄の中には、多分SOS団の皆からの気持ちを込めた品が入っているのだろう。

「よう、佐々木じゃないか。こっち来るなんて珍しいな」
今日という日にそういう言葉を他意なくかけられる君の感性を、
僕はありがたく思うべきなのか、恨むべきなのか。
「やあキョン。あまりに暖かな日だったものでね。ちょっとそぞろ歩きという所さ。
 ああ、ちょうどいい、ちょっと口を開けてもらえるかね?」
「なんだ一体?」
そう言いながら素直に口を開ける所が君らしいよ、キョン。
クッキングペーパーに包んだ余りの方から、一つトリュフを取り出して、
すばやくキョンの口に差し入れる。
「モガ、おい佐々木」
「今日は全国的にバレンタインデイのようだからね。まあご挨拶のようなものさ。
 どんな按配だね、キョン?」
キョンは一瞬目を白黒させたものの、素直にトリュフを咀嚼してくれた。
さて、どうだろう……。
「ちょっと苦いけど、おいしいと思うぞ。ありがとな、佐々木」
……ほっ。
「喜んでいただければ幸いだよ、キョン。
 父とそのほか向けに作ったのだが、少々量があってね。気に入ったのなら、もう少し食べてくれたまえ。
 とりあえず、そのカバンの中の涼宮さんたちの分を食べ終わってからでかまわないから。くっくっ」
カバンに視線をやったキョンがあたふたする隙に、用意しておいた袋をカバンの端に滑り込ませる。
「ちょっと所用があるので、それじゃあね、キョン」
「お、おう」

微笑みながら、小さく手を振ってキョンと別れる。
うん、任務完了。
大仰でなくて構わない。二人の間がギクシャクするような、真剣な不意打ちはいらない。
涼宮さん達を怒らせたいわけでもないしね。
ただ、この1年で、少しだけ離れてしまった君との距離を、
少しずつ埋めてゆければいいなと、そう、想っているんだよ、キョン。
家に帰り着く直前、最後に残った一つのトリュフをそっと口に含むと、
ちょっぴりほろ苦い甘みが広がった。
                                おしまい

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最終更新:2013年03月03日 01:43
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