65-329 だから、私は。

関連作品 64-676「おさんぽ」

どろり。
ゆっくりとかき混ぜる。
焦らないように。
均等に広がるように。
細心の注意を払ってかき混ぜる。
にちゃにちゃとした感触の中にも時おり硬い感触がある。

自然と頬が緩み、口から空気がふふっと抜けてしまう。
ふと、急に疑問が一つ。

今、私を客観的に見ると中々気持ち悪いのではないだろうか……?。

かき混ぜていた手がピタッ、と止まる。
意識すると急に顔が赤く。そして熱く。
たまらずベラから手を離して両手で顔を覆う。
両足は、はしたなく体育の駆け足のように地団太を踏んだ。
顔が熱い。自分が自分で無いみたい。

そんな事をしていたらすっかりかき混ぜていたものがだまになってゴロゴロになってしまった。
ああっ、と声を上げた。
……またか。

同じ失敗を繰り返す私を左手で軽くゴツン。
肉体的な軽い痛みと精神的な重い痛みの二重奏で落ち込んだ。
……落ち込んでいても顔の熱さは取れない。
……私のばか。

今日は2月10日。
言ってみただけで意味なんて無いんだけど。
私は来たるべきバレンタインデーに向けてチョコレートを溶かしていた。


唐突だが私は割りと器用な方だ。
大抵の事はできるし、できなければ出来るまでやる。
そんな私にどうしても手作りチョコをあげたい人が出来た。
私もうら若き乙女の一人なので人名は避ける方向で。

昔、戯れに手作りチョコを作った事があった。
なので多分大丈夫だろうと判断していた。
下準備は滞りなくできた。
昔作った事もある初心者向けの生チョコで良いかと当たりをつけ、
練習だから失敗しても良いや、と軽い気持ちでチョコを湯銭で溶かし始めた。

チョコを溶かそうとすると中々時間がかかるものだ。
そしてずっと側にいてチョコをかき混ぜ続けなければいけない。
時間もそこそこの労力もいる作業だが、問題はそこではなかった。

私の、顔である。

作りが、と言う話ではなく。
……何といえばいいのだろうか。
チョコをせっせとかき混ぜていると渡したい相手の事を考えてしまう訳で。
渡したら喜んでくれるかな、とか。もしかして迷惑だったりしないだろうか、とか。色々な事を考えてしまう。
………でも、その、なんだ。
端的に言うと。

喜んでくれた。

という設定を加えた瞬間、顔から火が出た。
上がる体温。止まる手。何かに言い訳する口。逆に激しく動く足。
……どうしろと。 こんなの初めてだ。自分の意思どおりに体が動かないなんて。

結果。
温め過ぎか混ぜたり無い。だまになる。上手く固まらずに失敗となる。
それだけならまぁ、市販のチョコでも買えばいいかと普段の私なら判断するだろう。本当は嫌だが。
でも一番の理由は。

……顔の赤みが取れないのだ。
四六時中。エブリシング。いつでも。どこでも。

チョコの製作に初めて失敗した翌日、顔の赤みに気づかないまま登校した。
そして友人? と言えなくも無いクラスメイトに「佐々木さん、顔あかいよ?」と。
いやいや、そんなはずはと思い何となく顔を触る。
……熱い。えっ?すごい熱い。本当だ。

「風邪じゃない?」と。
確かに。熱い。
毎日の手洗いとうがいを欠かさない私としては珍しく風邪を引いてしまったらしい。

……マスクをつけないと周りに迷惑がかかるな。
今日は念入りに手を洗いうがいをして生姜湯でも飲んで暖かくして早めに寝よう。
普段の私との違いを教えてくれた友人〔確定〕に感謝しながら学校では普段通りに過ごした。

そして次の日、昨夜早く寝たかいがあったのか、それとも思いのほか生姜湯が聞いたのか?
どれが効果を上げたのか分からないが顔の赤みは取れていた。
だが一応回りの迷惑も考えマスクをつけて登校した。
学校に行き、しばらくは何も無かった。
だが、ふとした瞬間。
クラスの誰かが呟いた一言。

「そろそろバレンタインだね。」

……なんと言えば言いのだろうか。
私はそのときいつも通りに自分の席で本を読んでいた。
でも聞こえた瞬間に体がびしっ、と固まった。
嫌な汗が首の後ろの方にぞわぞわと。
体が固まった。
顔が熱い。

……いやいや、そんなはずは無いだろう。
そんなに乙女チックな要素を私が持っているはずが無い。
……でも現に私は彼にチョコを渡そうとしてる訳だし。
ああ、体が勝手に動く。
足が地団駄を踏みそうになるのを手で必死に押さえ、わなわなと動く口は放置するしか無かった。

……認めない。きっとこの体の反応はとびきりひどい風邪の反応に違いない。
きっと違う。何か恐ろしい病気にかかってしまったのだろう。
そうだ。そうに違いない。

……自分をごまかす事にも限界が来てしまい、自問自答の果てに真実にたどりついたのはいつの間にか帰宅していた時だった。

そして自問自答を終えた私を悩ませている事は、顔の赤みである。
自問自答を終えた直後は顔の赤みに気づかなかった。
だが普通に生活をしていれば自分の顔を見る機会はそこそこに多いだろう。
ふとした瞬間。
手洗いうがいのとき、トイレから出たとき、街中でショーウインドウを覗いたとき。
そういった時の私の顔が、ひどく私を苦しめ、辱めを与えている。

落ち着いたと思っていても鏡を見たらまだ赤い。
そして赤い事を認識した瞬間、また足が。手が。口が。体温が。
ああ、私は日常生活に支障が出るレベルまで行かないと自分の感情ですら持て余すのか。

どうしよう、どうすれば。
そんな事を考えていた覚えがある。

クラスメイトや街を歩くだけでも恥ずかしい。
できれば人前に出たくは無い。
このままではまずい。と私の理知的な部分と感情的な部分が主張していた。

そして解決方法を私なりに分析した。
愛しの君にチョコレートを渡すしかないのでは?という結論にたどり着いた。

そして問題は一番最初に戻ってきた。

もう何回失敗したかも分からないチョコ作り。
もう自分のために作っているのか彼に贈るために作っているのかなんて分からない。
ただ愚かな私にも分かる事は私のベクトルが彼を向いているという事だけだ。
こういう時、冷静に自分も分析できる自分が少しだけ嫌いだ。

失敗したあとの残骸を掃除する気にもなれずふぅ、とため息をひとつ。
気分転換でもしようかと思い、趣味の散歩に出かけた。

だがいつもの怪しい格好をする気にはなれず普段の格好のまま。
理由は至極簡単な感情論。
だって赤面している吸血鬼、なんて全然かっこよく無いじゃないか。
それでも黒いブーツだけは履いてしまった。

ちょっと負けた気がする。
何に、とは聞かないで欲しい。
私にもささやかななプライドがあった。

……ああ、そうなのか。

プライド。
その言葉を思い出した時に少し笑みがこぼれた。
ゆっくりと歩いていた足を止めて空を見上げた。

そうか、私は彼に勝ちたかったんだ。
ささいなささいな、本当に小さな私の女としてのプライド。

見上げた星空に小さくそして鈍く光る星を見つけた。
自覚したらくすくす笑いが止まらなくなってしまった。
ひとしきり笑って、落ち着いたら嘘みたいに体が軽かった。
ぺたぺたと顔を触ってみた。
いつも鬱陶しく感じられた顔の熱が引いていた。
どうやら私は正解を引き当てたらしい。

……そうだな。
この気持ちを行動で表すとするならば。
彼には市販のチョコを贈ろうかと思う。

理由は私のちいさなちいさなプライドの問題。
まったく、自分で思うがどうしようもない。
彼にも自覚して欲しいな。
わがままだって事も、ちゃんと分かっているけども。

今更だが普段の服装で来た事を少し後悔した。
その場で靴をこつこつ、と。

……今日は靴だけで我慢しよう。
私はゆっくりと帰宅に向けて歩きだした。

こつこつ、と。

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最終更新:2013年03月03日 01:49
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