66-427 ルームシェア佐々木さんと希薄な欲望

「日が暮れるとまだ寒いな」
「先日は大分暖かかったものだがなかなか安定しないね。春らしいといえばらしいが」
 コタツでレポートを仕上げながら、佐々木は思いついたように付け足した。

「キョン、悪いが一本付けちゃくれないか」
「またか?」
 要するに熱燗だ。こいつは先日の一件以来酒がマイブームらしく色々と試している。
 しかし朝と弁当は早起きな佐々木が担当しており、結果晩飯の支度は俺に一任されている。なのでこんな会話になる訳だ。
 親元から離れてはしゃぎすぎだが、そういや「大学に入ったら遊びたい」とか言ってた気もするな。

「良い眠りを得るには身体を温めるのが一番だ。燗酒とはなかなか適した選択だと思うのだが」
「親友。毎度繰り返すようだが俺達はまだ齢十八であってだな」
「酒は百薬の長だよキョン。それに飲酒はマイルーム限定という事にしたじゃないか。いいから頼むよ」
 ああ、ついでに僕はあさりが怖いな。あさりご飯なんか特にね。とプラプラとシャーペンを振る。
 へいへい。昨日セールで買ったあさりがあったな。

「まあ別に、何だね。キミが代わりに僕を温めてくれるというなら話は別だが」
「こないだも同じ話をしなかったか親友」
 いつもの「にやり」じゃなく「にへら」と笑ってこちらを見ている。

「くく、しかし僕は大抵の欲求は希薄なタチなんだ。その僕が重ねて要求するという事の意味は考えて欲しいね」
「そら解ってやりたいがな」
「ならなんで韜晦するんだい?」
「お前が思うほど俺は俺を信じ切れんでな」
 佐々木はそうなのかい? と言いたげにこちらを覗き込む。

「ほう。キミは僕達の間に性差を持ち込むつもりかい?」
「お前も前に言ったろ。人には本能があるし、俺は睡眠中の俺にまで理性を期待しない」
「僕らの関係は理性によるものだというのかい?」
「本能によるものかもしれん。だが本能であるとしてもだ、より強い本能の存在を否定できん」
 俺達は一個の人間としては紛れもなく親友だが、遺伝子上は俺は男でお前は女だ。
 しばらく見つめあい、やがて同時に肩をすくめた。

「「やれやれ」」

「キョン。少なくとも僕は今キミを問い詰めてまでキミを失うつもりはないよ。ここは」
 言っていつもの飛び道具、佐々木得意の笑顔を見せる。
「大事にして貰っているのだと受け取っておこう」

「まったくお前も物好きだな。佐々木」
「くく、夢と理性だけじゃ楽しくやれないのは高校時代に実感させて貰ったからね」
 本当に楽しそうに笑う。もっとも、俺はこいつの楽しげな笑顔以外を殆ど見た覚えがないが。
「そうだね。もう諦観なんて捨てたのさ」
「僕はすべてを諦めている、とか言ってた奴か」

 ふと佐々木の閉鎖空間……ただ四年間静かに存在し続けていた空間を思い出す。
 ストレスに対し突発的に暴れて解消するのがハルヒなら、こいつのストレス解消法とは何だったのだろうか。
 ストレスに対し、こいつは何を思って耐え、どう考えて処理してきたのだろうか。
 それがあの内面世界だったのなら。

 ――諦観、か――

「……佐々木、そういやお前の閉鎖空間はいつぞやの騒ぎでハルヒのそれと融合したんだったな」
「そうだね。もしかしたらその影響かもしれない」
 飛躍しすぎかもしれんが、あの時、お前の空間が砕けたのは事実だからな。
 二つの内面世界の衝突を深読みしても良いのなら
「涼宮さんの内面が、僕を変えたのかもしれない、か」

「お前の内面に四年以上も眠ってたのが何だったのか。俺には知りようも無いが」
「僕にだって知りようもないさ。自分自身の内面なんて、下手すれば他人のそれより遠いものだからね。けれど」
 そっと座り直し、俺を覗き込むように見上げる。
「仮にそうだとしても、涼宮さんに返してあげるつもりはないよ」

「イッツオールマイン……もう僕のものさ。今更返せと言われても無理ってものだからね」
 何処かで聞いたような事を言い、佐々木は偽悪的な笑みを浮かべるのだった。


 まあ結局、ほろ酔いの佐々木が忍び込んでくるのは止められなかったが
 おかげで俺の理性は一段と強固に鍛えられたと言うお話。

「あれ? それじゃ結局佐々木さんの自爆なんじゃ」
「橘さん?」
「すいませんすいませんすいません」
 橘京子、お前はもう少し佐々木の精神を読めるようになるべきだと思うぞ。割とマジで。

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最終更新:2012年04月19日 00:55
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