69-548「佐々木さんのキョンな日常 恋愛交差点」

 学園祭がおわり、一息ついたのも束の間、すぐに秋期テストがあったのだが、今回は文芸部全員で集まり勉強したの
で、おかげで慌てることなくテストに向かい合うことができた。
 結果は上々で、今回は一位から五位までを、文芸部で独占した。ちなみに、一位は国木田、僅差で佐々木、長門、俺、
朝倉と続き、その後が涼宮、古泉と続いた。
 「今度は私たちも勉強会に加わらせてもらうわよ!」
 涼宮は少し悔しそうだったが、合計点数でいえば、朝倉と一点しか違わないのだ。涼宮も古泉も相当勉強している
のだろう。塾に行っていないところを考えると、俺たちよりも頭はいいと思う。
 「しかし、今回は少しミスってしまったね。国木田くんに負けたのは僕もいささか悔しい。次はミスしないようにし
ないと」
 あいかわらず、佐々木と国木田は次元の高い競争をしている。本当に尊敬するよ。
 「そういう君もさらに飛躍したじゃないか。長門さん共々僕らに追いつくのも時間の問題だね」
 それは文芸部のみんながいてくれたからだと思うのだが。俺一人の力じゃない。
 「その意味では僕ら文芸部は、お互いに高め合う良き友人関係が確立していると言えるね」

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 それから数日後の放課後。
 「キョン君、佐々木さん、お願いがあるの」
 朝倉が俺達に手を合わせて頼んできた。
 「今度の日曜日、国立K大の文学公開講演会とSF作家のサイン会に長門さんと行こうと思っていたんだけど、私が用事が
出来て、一緒に行けなくなったの。私の代わりにどっちか行ってくれないかしら。チケットを喜緑先輩からもらったから
、もったいなくて」
 「文学講演会、て誰か有名な作家でも来るのか?」
 朝倉が言った名前は、ミステリー作家でもあり、現代文学の研究者として知られる作家だった。
 「非常に興味あるけど、あいにくその日は母親に付き合わなければならないの」
 佐々木の母親が今は家にいて、どこかでかけるらしく、佐々木もそれに一緒に行かなければならなくなった、と一昨日俺に
話していたのを思い出した。
 「キョン、君が一緒に行ってあげればいい。何か予定はあるのかい?」
 ないね。国木田は鶴屋さんと朝比奈さんと出かけると言っていたし、谷口は周防に首ったけ、古泉も出かけるとか言ってい
たしな。中河、・・・・・・うん?そういえばこの前中河が何か言っていたような・・・・・・確か日曜日に・・・・・・
 「それじゃ、キョン君。長門さんをお願いね」
 俺の手にチケットをおしつけると、朝倉は教室を出て行った。
 「多分、朝倉さんは日曜日に中河君と出かける予定なんだろうね」
 おそらくその通りだな。

 日曜日。
 「ごめんね、キョン君。家まで迎えに来てもらって」
 昨夜長門に電話して、朝に長門のマンションに迎えに行く約束をしたのだ。
 何、構わないさ。それじゃ駅まで二人乗りだ。少し風が冷たいけど、しっかり俺に掴まっていろよ。
 夏休みの合同旅行の時のように、長門を後ろに乗せて、俺は自転車のペダルを漕ぎ出した。

 駅前の駐輪場に自転車を置き、俺と長門は駅の構内に入り電車を待つ。
 国立K大へは、俺と佐々木がよく行く街中の駅で降りて、K大行きの直通バスに乗り込めばすぐにつく。
 今回の講演会の事を、長門は文芸部の次の活動に活かそうと考えていたらしい。さすがは文芸部の部長だ。
 ホ-ムに電車が入ってきた。
 俺と長門は、その電車に乗り込んだ。


 電車を降り、K大行きのバスに乗り換え、そのバスに揺られること20分。
 国立K大教養課程キャンパスの広大な敷地の前に、俺達は立っていた。
 ”リベラルア-ツに力を入れているところで、実を言うと、僕の進路選択候補の一つに入っている
んだ。キョン、長門さんと行くついでに、学内を見学してきたらどうだい”
 ここに来る前日に、佐々木にそう言われたのだが、成程、すれ違う学生の顔つきが、かなり大人び
て見え、世間一般の人間が日本の大学生に抱いている偏見が多いに間違いだな、と思うような知性を
感じさせる。確かに、佐々木にはこういう大学がふさわしいのかもしれないな。

 講演がある第二公会堂は、四階建てでレンガタイル装飾の重厚な雰囲気を持つ建物だった。案内板
を見ると、二重四時間利用可能な大図書館が内部に併設されており、カフェやレストラン、購買部ま
である、学生たちの知の拠点でもあった。
 「すごいところだね」
 長門の目が輝いていた。
 もし、長門がここの学生だったら、一週間ぐらいここにいそうな気がするな。

 講堂は既に満席に近い状態だった。
 俺と長門は、何とか空いてる席を見つけ、二人並んで座った。
 大型スクリーンと音響装置のおかげで、後ろの方でも聞こえるが、やはりもう少し前の席で見たかった
というのが本音である。
 講演者は俺と佐々木がよく読んでいる作家で、自分の書いているミステリーの話題も交えながら現代
文学の話もしていたが、これがなかなか面白く、この手の講演会は退屈なんじゃないか、と思っていた
俺の期待を良い意味で裏切ってくれた。
 俺も長門も、その話に引き込まれていった。

 2時間という時間を感じさせない講演会がおわり、俺達は満ち足りた気分で講堂を出た。
 第二公会堂の壁面に埋め込まれた大時計の針が、12時前5分を示していた。
 「少し早いけど、長門、ここのレストランで昼ごはんを食べるか?」
 どんなメニューがあるのか、少し興味があった。
 「うん。実を言うと、お腹がすいていたの。寝坊しちゃって、朝ごはんを少ししか食べてなくて」
 「なら決まりだな。早く行かないと、講演会みたいに席は埋まっているかもしれないな」

 レストランのメニュ-はなかなか種類が豊富で、しかも量も多くて安くて味も良い。聞くところによると、
留学生も多いのでいろいろなメニューを取り揃える必要があり、朝から深夜まで営業しているとのことだった。
 とりあえず料理を選び、テ-ブルに備え付けてある情報端末機のタッチパネルで注文を確定すると、画面に
番号が出る。料理が出来たら番号で呼ばれるので受け取りに行くというシステムだ。
 飲み物は俺たち二人は飲み放題を選択したので、セルフ方式で好きな物を飲める。
 「長門、なにがいい?俺が持ってくるよ」
 「え、わ、私も一緒に行くよ」
 「いいから、座っていろよ。遠慮する必要はないぞ」

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 キョン君――彼と二人で向かい合い、お喋りしながら食べる食事の時間。
 普段、彼の目の前にいるのは佐々木さん。
 学園祭の時、彼と佐々木さんが並んでウエディング姿で現れたとき、あまりにお似合いの姿だったので、他の
生徒たちはため息をついていた。
 彼の横に、私が佐々木さんのように並ぶことはないだろう。
 だけど、今のこの時間だけは、私は彼と一緒にいられる。そう、佐々木さんの様に。

 「それ、美味しそうだな。長門、少し交換しないか?」
 「え、あ、うん、どうぞ、どうぞ。あ、私もキョン君のをもらっていい?」
 「もちろん構わないさ」
 心臓がドキドキする。



 食事を終え、SF作家のサイン会の時間までは大分あるということで、俺達はキャンパス見学をすることにした。
 将来佐々木が行くかもしれない場所。
 俺はまだ、佐々木みたいにどこに進学するとかまでは考えているわけではない。母親の口癖「佐々木さんと同じ
大学に行きなさい」との言葉が、頭にこびりついてはいるが、どうなるかはわからないのだ。
 この大学に来るかもしれないし、別の場所かもしれない。ただ、進級して進路を決める時期は、実はそんなに先
のことではないのだ。


 ”?”
 ふと、視線を走らせたとき、俺は意外な、でもよく知った人物の姿に気づいた。
 ”あれは古泉じゃないか”
 見慣れた制服姿でも普段着でもなく、何とス-ツ姿である。そして、その横にはこれまたきめている橘京子。
 そして、さらにもう一人。
 ”誰だ、あれは?”
 かなりの美人で、俺たちより五つぐらい上の大人の女性だった。


 どうやら向こうの方もこちらに気付いたらしい。古泉が手をあげて声をかけて来た。
 「奇遇ですね、こんな所でお目にかかるとは」
 それは俺もそう思ったさ。俺たちは講演を聞きに来たんだ。
 「講演?ああ、そういえば文学講演会のお知らせが学内に掲示してありましたね。あれを聞きにこられたのですか?」
  そうだ。おまえは此処で何を?
 「私の父が、此処の学長にお世話になっているので、父の使いとして挨拶にきたわけです」
 なるほどな。で、おまえの友人も一緒にいるのは、デートでも兼ねてか?
 少し茶化してみたが、だいたい答えはわかっていた。

 「婚約者として付いて来たのです」

 答えたのは橘だった。

 「へ、こ、婚約者?」
 橘の意外な言葉に、長門は眼を白黒させる。俺にとっては周知の事実だが、俺も驚いて見せた。
 「あら、今日は佐々木さんて人じゃないのですね。どなたですか?」
 そういえば、橘は長門と合うのは初めてか。文芸部の部長で俺の友人の長門優希だ。
 「初めまして、橘京子と言います」
 そのやり取りを、もう一人の女の人はじっと見ていた。

 古泉、さっきから気になっていたんだが、その女性は誰だ?お前の姉さんか?
 「いいえ、違います。彼女は父の秘書をされている森さんです」
 「初めまして。森園生といいます。古泉がいつもお世話になっています」
 丁寧に笑顔で挨拶をされ、俺も頭を下げ返す。
 とてもきれいな笑顔だが、目の奥と口に浮かぶ微笑みには、何故か鋭いナイフのような感じを受ける。
 俺はさっき五つくらい上かなと思ったが、どうも良く分からない。その話し方と落ち着きぶりからみるとまだ、上の年
齢なのかもしれない。化粧をしているので、なおさら分かりにくい。
 学園祭の時に、佐々木が喜緑さんにメイクしてもらっていたが、普段の佐々木よりもずいぶん大人にみえたものだ。
 化粧一つで別人になる、男にとって女は謎めいた存在だ、とつくづく思う。

 「古泉、用事はすんだけど、これからあなたはどうするの?」
 森さんに聞かれ、古泉は首をかしげる。
 「どうしましょうかね。伝書鳩の役目で午前中を無駄にしましたしね。午後も用事は入れる事が出来ませんでしたしね」
 古泉の言葉に、珍しく棘があることに、俺は少し驚く。橘に「家に戻るつもりはあまりない」と言っていたが、古泉と
実家との溝は思ったよりも深いようだ。

 「古泉、良かったら、俺達、サイン会に行った後に色々遊びに行くつもりだったんだが、おまえも一緒にどうだ。おまえ
の婚約者も一緒に」

 俺の言葉に古泉は少し驚いた様な表情をしていたが、、しばらくして「よろしいのですか?」と言った。
 かまわないさ。おまえと遊びに行くのも良いと思うんでな。
 俺は長門の方を向き、小声で「いいだろう?」と尋ねると、長門は笑顔でうなずいてくれた。


 「古泉、いい友達が出来たわね。友達は大事にしなさい」
 そう言って森さんは微笑みを浮かべたのだが、それは先ほどの鋭さを奥に秘めたものではなく、優しいものだった。
 「それとたまには両親にも会ってあげなさい。気には掛けられているのだから」
 古泉は返事をしなかった。

 K大の敷地をでたあと、俺たち四人は停留所でバスを待つことにした。
 そう言や古泉、お前たちはどうやってここまで来たんだ?
 「森さんに乗せて来てもらったんですよ」
 ちょうどその時、俺たちの目の前を、赤いスバルBRZが走り去った。その運転席には、森さんの姿があった。
 あれに乗ってきたのか?
 「ええ。森さんは非常に有能な方で、運転技術もプロ並みに上手いのですよ」
 「時々、少々荒っぽい運転をすることもありますけどね」
 橘の言葉に、古泉は苦笑いを浮かべた。

 「貴方がたが行かれるサイン会には誰が来られるのですか?」
 この前、全日本SF大賞を受賞した○○だよ。俺は長門に貸してもらったんだが、面白かったよ。
 長門がバッグから分厚いハ-ドカバーの本を取り出す。これにサインしてもらうつもりなのだ。
 「ああ、その本なら知っています。まだ読んではいませんが、ニュ-スで話題になったので。本よりも、作者のキャラ
が話題になりましたよね」
 授賞式のスピ-チが秀逸すぎて、物議を醸していたな。
 「そうですね、僕もその本購入してみましょうかね」

 駅前の百貨店のワンフロア―の大部分を占める巨大書店が同時に展開しているカフェが、サイン会の会場として貸し
だされており、かなりの人がそこに来ていた。
 早く並ぼうと思ってきたのだが、これは時間がかかるんじゃないか?長門を並ばせるのはきついかもな。
 少し考えて、俺は一つのアイデアが浮かび、長門を呼んだ。

 「成程、あなたが並んで、順番が近づいたら、長門さんと変わるわけですね」
 長門に長時間立たせるのはきついからな。
 「あなたが、佐々木さんの心を捉えている理由がわかる気がしますね。人に対する思いやりが自然と行動に出ている」
 そう言えば、昔佐々木に似たようなことを言われたような気がする。
 「さすが、あなたをよく見られておられますね。学園祭でベストペア特別賞に選ばれただけのことはあります」

 サインを貰ったあと、俺達はしばらく書店で本を選び、その後いろいろな店を見て回ることにした。
 橘が案外積極的で、古泉は結構お買い上げさせられていたようだが。
 長門は本以外は見て楽しむことがほとんどだったが、それでも猫をモチーフにした雑貨類は気に入ったらしく、いく
つか購入していた。その中の一つの猫の絵が付いたカップは俺が買って、長門にプレゼントした。
 「貰っていいの?」
 長門はそう言ったが、遠慮はいらない。俺の思いつきに付き合ってくれたお礼だ。
 「ありがとう。大事に使わせてもらうね」


気がつけば、既に夕暮れ時で、宵闇がせまってきており、西の空が紅く染まっていた。
 「今日は本当に楽しかったです」
 橘が嬉しそうにそう言った。
 「一樹さんとこうやって出かけるのは本当に久しぶりです。昔はよく二人で出かけていたのですけど」
 橘が親達によって、幼馴染から婚約者と決められたことで、古泉は家を出てしまい、橘と古泉は離れてしまった。そして
古泉は涼宮と出会い、あいつを好きになった。
 皮肉なことだ。結びつきを強めるつもりが離れることのきっかけになるとは。

 「ところで、おふたりは夕食はどうされるつもりですか?」
 古泉からそう言われ、長門と顔を合わせた俺はあることを失念していたことに気づいた。
 普段佐々木と出かけるときは、俺の家族が佐々木と会いたがるので、たいてい夕食は家で食べる。そうじゃないときは
早めに家に連絡を入れ、夕食を食べるかどうか伝えるのだが、すっかり忘れていた。
 「私は家に帰ってから準備しようかな、と思っていた。でも、今日はコンビニにでも寄ろうかな。家に誰もいないし」
  長門が自宅で一緒に食べる回数が多い朝倉は中河と出かけているしな。

 「よろしければ、うちで食べていかれませんか」

 いつもの爽やかスマイルを浮かべて古泉はそう言った。

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最終更新:2013年04月01日 01:07
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