70-143「佐々木さんのキョンな日常 日常の終わりその7~」

  店を出てからも、俺と佐々木は無言だった。ただ、お互いの手はしっかりと握りしめていた。
 どういう風に歩いたのかは、覚えていなかったが、気がつくと、俺達は北高の校門の前にいた。
 周囲は既に夜の闇に包まれ、街灯がぼんやりとあたりを照らしていた。

 春の入学式の日、俺は少し憂鬱な気分でいた。そして、佐々木のことを思い出していたのだ。
 別々の道を歩むんだな、と考え、校舎の門をくぐったとき、俺は佐々木に再開した。
 そこから俺と佐々木の北高での物語は始まったのだ。
 文芸部、SOS団、七夕、夏休みの旅行、体育祭、学園祭、そしてクリスマスのあの日。
 雪が舞う白銀の世界で、俺達は想いを伝え合い、キスをした。
 物語はまだまだ続くと、そう思っていた。

 「キョン・・・・・・」
 佐々木の眼から、涙が溢れていた。
 「佐々木・・・・・・」
 佐々木が俺の胸に飛び込み、号泣した。
 俺はしっかりと佐々木を抱きしめてやることしか出来なかった。


 涙は流せるだけ流したほうがいいと、昔誰からか教わった気がする。
 キョンの胸で、私は泣けるだけ泣いた。彼の逞しさと温かさを感じながら。
 彼は私をしっかり抱きしめてくれた。いつまでもそうしていたかった。キョンを間近に感じていたかった。

 「キョン」
 佐々木が顔を上げて、俺の名を呼ぶ。
 「キョン。二年間、僕は君の傍を離れる。けれど、二年経ったら日本に戻ってくる。二年の間に、色んな事
があるかもしれない。お互いに変化があるかもしれない。でも、もし、二年後もお互いの気持ちが今のままで
いられたなら、3月の卒業式の日に、ここで待ち合わせをしよう。そして、もう一度、気持ちを伝え合おう。君
が僕を、僕が君を想う心を、伝え合おう」
 俺と佐々木の未来への約束。
 俺は無言で、それでも強く頷いた。

 お互いを強く抱きしめた。そして、キスをした。
 二年後の俺達への約束の印。
 俺たちの物語は、これで終わりじゃない。新しい物語がここから始まるのだ。

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 佐々木が去るまでの二ヶ月の時間、俺達はどんな小さなイベントでも心から楽しむことにした。
 バレンタイン・デーはSOS団と合同で、チョコレ-ト作りに挑戦したのはいいが、誰かさんが大失敗をやらかし、結局
、俺と古泉と国木田でチョコを作り直す羽目になり、何も知らない中河は朝倉から手作りをもらったと、感激していた。
 まあ。真実は時には知らない方がいいこともある。
 ひな祭りは鶴屋さん家で梅桃鑑賞を兼ねて、例のごとくどんちゃん騒ぎだった。
 涼宮と鶴屋さんのアルコ-ル持ち込みは俺と古泉によって何とか不正だがな。
 一緒に勉強して、一緒に遊び、一緒に出かける。
 何気ない時間が、どれだけ大切なものだったか、俺達はあらためて知ることになった。

 そうして時間は過ぎていき、佐々木が日本を経つまで、あと一週間という日になった。


 「そろそろ行くか」
 俺と佐々木は立ち上がり、玄関へ向かう。
 ドアを開け、外に出ると、佐々木が振り向いて俺の家を見上げる。
 「しばらく君の家とお別れだね」
 佐々木が外国に行くと聞いて、妹は泣いていた。佐々木はお姉さんみたいなものであり、佐々木も妹を可愛
がってくれたからだ。母親も残念がった。
 ”時々は帰ってくるよ、それに二年経てば、日本に戻ってくるから”
 それは妹に向けられた言葉でもあり、俺に向けられた言葉でもあった。

 寒い日もあるが、3月になり、暖かい日が続くようになった。
 鶴屋さんの家で観た梅は綺麗だったが、もう少しすれば桜も花開くだろう。ただ、その時は佐々木は日本に
はいないが。
 「桜の美しさが見れないのは残念だけどね。満開の桜、そしてそれが散る様は、本当に綺麗だから」
 季節とともに変化していく風景。それは俺たちの成長する時間の中に組み込まれ、思い出を飾るモノになっ
ていくのだ。
 そして、今日は同窓会。

 中学三年の時の俺達のクラスメ-トと国木田のクラスメ-トが集まり旧交を温め合うことになっている。
 と、同時に、佐々木の送別会も兼ねることになってしまった。
 佐々木が外国へ行く話は、中河や国木田、それに北高に来ている他の旧クラスメ-トによって、あっと言う
間に広まってしまった。
 須藤と岡本からもすぐに俺に連絡があった。
 「「絶対佐々木さんを連れてきてね(連れてこいよ)!!」」
 言われなくてもそのつもりだった。この時期に同窓会を企画してくれた二人に感謝したい気持ちでいっぱい
だった。

 佐々木が着ている、春らしい、桜色と若草色、それと淡いブル-を基調とした組み合わせの洋服は、この前佐
々木と出かけたときに、俺と佐々木で選んだ、季節を感じさせるファッションだ。今日の暖かい陽気にはピッタ
リの選択と言える。そして、俺も佐々木が選んでくれた春物を着てきた。
 会場は元クラスメ-トの親戚が経営するというイタリアンレストランで、今日は特別に貸切にしてもらっていた
。ちょっと高級そうだが、気軽に利用できると評判の店なので、俺たちもそれに合わせたカジュアルな服装にして
みたのだ。

 「おう、待っていたぞ、キョン、そして佐々木」
 今日の同窓会の企画者兼幹事の須藤が両手を広げて俺たちを迎える。イタリア人か、お前は。
 「よく来てくれた二人とも。今日の主役はお前たちだからな」
 一年前にそれぞれの道を歩みだした元のクラスメ-トと同級生達。北高に来たものも多いが、今日が久しぶりの
再会だというのも多い。
 この一年で、皆それぞれに成長している。特に女子達は変化が著しい。女性の方が早熟で成長が早いんだよ、と
昔佐々木が言っていたことがあるが、それは正しいのかもしれない。
 その中でも、佐々木は特に綺麗に、「女」としての美しさが増している様に思う。

 「佐々木さん、久しぶり。すごく綺麗になったね」
 下のクラスメ-トの女子から、何度もそう言われた。
 中学時代、自分の「女らしさ」を私は忌避していた。「女」であることを煩わしいとまでは言わないが、何と
なくその手の話題を避けていたのだ。
 キョンに出会い、キョンと一緒の時間を過ごし、キョンを好きになって、私は「女」であることを嬉しいと思っ
た。
 「キョン君のおかげかな、やっぱり。国木田くんに聞いたけど、いつも二人で仲良くしてるそうじゃない」
 「その服もキョン君が選んでくれたの?」
 やれやれ。飛んだ尋問会になってしまった。

 「でも、佐々木さん。これからどうするの?」


  ふと気づくと、周囲の女子が興味深かそうに私を見ていた。
 そうだ。もうすぐ私は日本を経ち、キョンと離れ離れになる。時々は日本に戻ってくるけれど、この土地
には戻ってこない。今まで住んでいた家は、私の新しい父になる人(言い忘れていたが、新しい父の名字も
佐々木という。私の母とは入籍だけして、二年後に披露宴をすることになっている。私はだから名前が変わる
ことはなかった。そのことは私を少し安堵させた。キョンに呼ばれるのは慣れた『佐々木』の名前がよかった
からだ)の部下が借りることが決まった。
 「それは――」
 どう答えていいか、少し戸惑う。

 「二年間離れるだけだ。また佐々木は戻ってくるよ。それまで俺が待っている。約束したからな」
 キョンがそう言って、私の横に並ぶ。
 冬のあの日に交わした、二年後の僕たちに向けた、約束のキス。
 そうだった。私はさっき、キョンの家でキョンと妹ちゃんに言ったじゃないか。二年経ったら戻ってくるよ、て。
 「戻ってくる。キョンのところへ。皆のいるところへ」
 キョンと二人で頷いた時、皆の間から、拍手が湧き上がっていた。

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 『ジャカルタ行きガルダー航空、725便。15時発登場手続きの方、36番ゲ-トにお集まりください』

 いよいよ、佐々木が日本を経つ日が来た。
 国際空港のロビ-に、文芸部、SOS団、クラスメ-トに同級生が見送りに来てくれた。
 「皆ありがとう、見送りに来てくれて」
 佐々木と俺はみんなに頭を下げた。
 「佐々木さんはともかく、何でアンタまで頭下げているのよ?」
  涼宮よ、皆が佐々木のために来てくれたんだから、俺も下げるのは当然だろう。
 「キョンは私の大事な人だから。だから、私のためにお礼を言ってくれたの」
 「ふう~ん。まあ、佐々木さんがいない間は、我がSOS団がキョンと文芸部の面倒は見といてあげるからね」
 何故か勝ち誇ったように涼宮がそう言った。できれば、ごめん被りたい。古泉みたいにこき使われそうな気がする
からな。
 涼宮の言葉に佐々木も苦笑する。

 「まあ、でもキョンとの連絡は『連ver4』で取れるしね。長門さんと朝倉さんのご両親に感謝しなきゃね」
長門たちの両親の会社『統合C-NET』が新たに開発した無料通信アプリ「連ver4」は、動画も高速で送れる最新型で、
これで佐々木と連絡を取り合うことにした。
 側に佐々木がいない寂しさは、どうしても拭えないが、離れていても、声や映像で(料金を気にせず)お互いを確認
出来る。いい時代になったものだ。
 「それじゃ、そろそろ行くよ。皆元気で。今度会えるのは夏休みぐらいかな」
 その時は家に泊まりに来いよ。二週間ぐらい泊めてやるからな。
 「君の部屋にとめてくれるの?」
 おいおい、佐々木、みんなの前でその手の冗談はきついぞ!


 涼宮が不機嫌印のペリカン口で、何故か、朝比奈さんがオロオロしており、鶴屋さんと国木田は笑っていて、古泉はいつもの
さわやかスマイルが、少し引きつっていた。長門は顔を赤らめ、朝倉は中河とあさっての方向をみていた。
 「それじゃ、キョン、元気で。向こうについたなら連絡するよ」
 フォローをせず、佐々木は皆に手を振り、登場手続き口へ向かう。俺を見る皆の目つきがいつもと少し違うような・・・・・・
 「そうだ、大事な忘れ物をしていた」
 佐々木が引き返して来て、俺に顔を近づける。

 佐々木の柔らかい唇が重ねられた。

 「!!」

 その後、何も言わず、ただ、俺が大好きな輝く笑顔を浮かべて、佐々木は俺達のもとから去った。

 「な、な、な、」
 涼宮が驚きのあまり、声が出ないようだ。
 さっさとこの場を離れたほうが良さそうだ。
 俺は早足で歩き出していた。

 佐々木。二年後の約束の日、必ず北高の校門で会おう。
 飛行機が離陸していく空を見上げながら、俺はそう呟いていた。

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最終更新:2013年04月29日 14:02
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