72-234『寒暖』

夏が終わり、秋となる。
そんな中、やたら暑かったり寒かったりする時があるものだ。そんな時は、体調も崩しやすく風邪も引きやすい。
御多分に漏れず俺も体調を崩してしまい、学校に連絡をして休む事にした。
「ああ、今日は佐々木と勉強する予定だったな…」
佐々木にメールを打ち、今日は中止と送り、俺は布団に横たわるシャミセンを抱いて寝る事にした。シャミセンも暖かい場所が良いのだろうか、布団に潜り込み丸くなっている。
久々に体調を整える時間だ。ゆっくり休み明日には回復させたいものだ。そんな事を思いつつ目を瞑る。

…こんないつものありふれた話が、これから巻き起こる不幸の序章だと誰が想像したであろうか…。
少なくとも、俺にはちっとも笑えない話であった……

「キョンが風邪、ねぇ。みくるちゃん、何か健康に良いものはないかしら?」
「緑茶は良いと聞きますよ。」
みくるは、緑茶を魔法瓶に入れている。
「朝比奈さん、その魔法瓶はどうされたのです?」
「ああ、これはキョンくんにお茶を渡そうかと思って…」
そんなみくるに迫るはハルヒ。
「あざといわよ、みくるちゃん!それを渡して好感度アップを狙うの?!」
「ふええ!そんな事じゃないですぅ!私はただ、キョンくんが早く治るようにと…ふええ!涼宮さん、胸を揉まないで!」
そんな二人を見ながら古泉はにこやかに微笑み、薬局で買ったであろう袋をバッグに入れる。
「…愛と情熱の漢方薬ヤンヤン堂…」
長門の冷徹な言葉に古泉の手が止まる。無数の汗をかく古泉に長門が言った。
「その薬を彼に渡した時点で、あなたを敵性と見做す。」
「い、いやですね長門さん。ただの漢方薬ですよ、漢方薬。」
長門は再び液体ヘリウムのような目を古泉に向ける。
「では、その漢方薬を橘京子に飲ませて、あなたを同じ部屋に放置する。」
「んっふ…。やはりお見舞いは果物にしますか。」
古泉は表面的にはにこやかに漢方薬を奥深くに仕舞うと、皆を見る。
「では、皆で彼をお見舞いに行きますか。差し当たっては果物などはいかがですかね。」
「あー、ありきたりだけど、それでいっかー…」
ハルヒがつまらなそうにみくるを離し、みくるが避難する。長門は魔法瓶をひっくり返すと、みくるに言った。
「…敵性と判断されたくなければ、今すぐに通常の緑茶を入れるべき。」
「…………」
無数の汗をかきながら、みくるは緑茶を入れ直した。
興奮剤入りの緑茶。後に古泉が飲んでしまい…鉄の意志で興奮を抑えたが、矢鱈と呼気が荒くなり、キョンにホモ疑惑を持たれたという…
因みに。古泉の愛と情熱の漢方薬。これはキョンに飲ませてハルヒを部屋に放置して帰るという、倫理的にアウトもいい所の発案からである。決して彼の性的嗜好ではない事をお伝えしておく。
みくるにしても同様であったのだが…いち早く看過した長門により、未然に貞操の危機は救われたのであった…。
「(…彼を守るのは私…)」
…看過されないほうが幸せだったかも知れないが。


「全く、彼は危機管理能力がなさ過ぎる。」
学校帰り。キョンの風邪の連絡を受けた佐々木は、スーパーマーケットに寄る。
買い物かごには、饂飩、パックの出汁、葱だ。
「こじらせると肺炎にもなりかねないというのに、全く…」
主婦達のヒップアタックにもめげず、佐々木は目当ての食材を全て買い揃えた。
「いいかね、僕がこうして食材を買ったのは、キミが空腹でないか心配だっただけだ。余った材料については、御母堂に差し上げてくれたまえ。
…うん。これでいい。」
キョンに手料理をやれて、尚且つ家族へのアピールを備えた作戦。
親友からの距離を少しずつ縮めていき、親友から恋人へと向かう道の一歩目だ。

…賢明な読者諸氏ならば、これら食材の運命は推して知る事であろう。合掌。

「…五時、か…」
妹は風邪が移らないように外に遊びに行かせた。シャミセンは寝るのに飽きたのか、どこかに遊びに行ったようだ。
薬を飲んだせいか、眠気が酷い。つらつらと眠る中…インターホンが、己の存在を主張すべく全力で鳴り響いた。
「…ああ、だるい…。どこの馬鹿だよ…」
文句を言いながらも立ち上がり、俺は部屋を出ようとした。その時。インターホンは、昔のファミコンの名人の連射の如く連打された!因みに今、そのファミコン名人はハドソンを退職したらしいな!
とりあえず、いい加減にしやがれと玄関のカメラを見る。そこには…
「うげ…!」
ハルヒが大写しになっていた…。やばい。嫌な予感がする。俺は間違いなく風邪をこじらせて死ぬ…そんな嫌な嫌な予感…。玄関からハルヒの声が響く。
「ちょっと、キョン!いるなら開けなさいよ!」
断わる!俺はまだ死にたくはない!
「あ、有希、あんた何を…え?ヘアピンよこせ?いいけど何するの?」
長門?まさか…。俺は慌てて玄関へと走った。
…なぁ、お前ら信じられるか?ほんの目を離した三秒後には玄関が開いていたなんて…
そこにいたのは、仁王立ちのハルヒ、長門、困ったような古泉に朝比奈さんだった。
「遅い!罰金!」
ハルヒの宣言の途中…俺は古泉と朝比奈さんの表情が気になっていた。
あの二人のあんな表情は…大体良くない事が起きる手前だ。そして、その災厄はハルヒ…。つまり……
「くっくっ。おや、皆様お揃いで。」
…ハルヒの精神を、これでもかとかき乱す存在があるという事だ…。
俺は観念して皆を部屋に通したのであった…


部屋では、ハルヒの家捜しが始まっていた…
「つまらない部屋ねぇ。男子高校生なら、エロ本の一冊や二冊持ってなさいよ。」
「くだらんことを言うな。見た所で俺の性的嗜好しかわからねぇだろ。ったく。」
最近の記録媒体を舐めてはいけない。ほんの小さなメモリーカードに、GB入る世界なんだ。当然ながら俺のオカズというものは、そのメモリーカードに入っている。
中学の時に佐々木にエロ本を見つかって以来、本当に恥ずかしい思いをしたからな…
「ふぅん?キミはこうしたふんわり甘系の女の子が好きなのだね?」
と言いながら
「天然さんとインタビューでは書いてあるが、こうした女性に腹黒は多いものだよ。親友として、僕からの忠告だ。」
と、佐々木は真剣な目で俺を見つめてきた。恥ずかしかったから、つい
「お前に勝る腹黒がいたら、お目に掛かりたいものだ。」
と返してしまい、佐々木がえらくおかんむりになり、宥めるまでにケーキやコーヒーなどの貢物がいくつも必要となったものだ。
「…甘いもので、僕の機嫌を買えると思うキミの態度が気に入らない。」
そうそう、毎回こうしたセリフを…って

佐々木は勉強会用に用意されていた、安曇野のわた雪を頬張り、うっとり目を閉じている。
「キョンくん、いいチョイスです。」
朝比奈さんは魔法瓶からお茶を出し、佐々木と寛ぎきっている…。安曇野のわた雪の栗餡だ。佐々木は季節のものが好きだし…古泉はハルヒと引き出しを探している。時折こちらに目線で謝るが、お前、さり気なく避妊具を引き出しに入れようとするな。
「……」
長門は…見憶えのある記憶媒体を目の前に翳し、口を動かしている…
「どうしたの?有希。何かあった?」
長門の行動に興味をそそられたハルヒが、長門に近付く…
「……認めない。」
長門はそう言うと、記憶媒体を砕いた……あ、あ…メモリーカードごと……
「どうしたの?有希?何があったの?」
「長門さん、何があったの?」
ハルヒ、佐々木が長門に寄る。長門は…
「この記憶媒体に写っていた映像を吟味した結果、胸部が発達した女性8割、ロングヘアの女性6割、肉感的な女性6割という結果が出た。」
ヤバい、と古泉を見ると…机の上に『バイトに逝ってきます』という書き置きがあった…。
「みくるちゃ…っち!逃げられたか。」
朝比奈さんは、危機を察知した鼠の如く逃げ出している…。ハルヒは二人を向くと、ニヤリと笑う。
「さ、あたしは帰ろっかなー。じゃ、キョン。明日は学校来なさいよー。」
足取り軽くハルヒが家を出て行った…。何しに来やがったんだ?あいつは…。


「私も帰る…」
長門が立ち上がる。長門は俺を向くと…
「明日から暫く、朝倉涼子は学校を休む…。お大事に…。」
と言い、スーパーの袋を持って去って行った…。夜のマンションに、朝倉の叫び声が響き渡る羽目になるのはまた別の話だ。
佐々木は一息吐くと、立ち上がる。
「やれやれ。お腹は減らないかい?親友。」
「減るには減ったが…」
佐々木はニヤリと笑い、近くを探る。
「…おや?」
ん?何だ?
「…親友、ここに置いていたスーパーの袋を知らないかい?」
「さっき、長門が持って帰っていたアレか。」
…佐々木の目が、猛禽類のような目付きになる…。「あんの根暗」やら「あのケデブといい、今日は散々だ」と言っていたが、聞かなかった事にしよう。
冷静ぶってる割には、熱いんだよなこいつは。激情家というべきか。こんな一面もある、と知ったのは最近なんだが。
「やれやれ。…佐々木。まだわた雪あったよな?」
「…あるが?」
むくれた佐々木に、わた雪を口に入れてやる。
「…甘いもので僕の機嫌が買えると思う、キミの態度が気に入らない。」
「そうかい。俺の態度を許せる位には、そのお菓子をお前は好きなはずだが?」
余計に気に食わないのか、佐々木はベッドに腰掛けると、そのままふて寝しやがった。
「佐々木?佐々木さーん?ササッキー?」
「知らないよ。僕は拗ねた。」
やれやれ。こうなると聞かないのがこいつだからなぁ…
「好みは好みで、目安にしかならんもんだが?」
「対極に位置してもかい?」
「身体目当てに恋人を探すわけでもあるまいに。」
「嗜好は嗜好だ。理想に近いならば良かろう?」
「理想は理想に過ぎん。」
グダグダと言い合い、漸く佐々木が納得したのは二時間後。その間、実は両親に覗かれており、妹も一緒になって冷やかされた。
佐々木の匂いのするベッドは、寝苦しさ満点であり…寝付くのに苦労した俺は、結局風邪を拗らせた。
因みに佐々木も風邪を引いたようで、何故か母親から産婦人科に連れて行かれそうになり、母親に聞くと俺の母親との井戸端会議で、佐々木が俺のベッドに寝ていて、言い合いをしていたと言っていたのを聞いたそうで、大変困ったとメールで送ってきた。
どいつもこいつも、昨今の寒暖の差にやられちまったらしい。

…まぁ、ほんの少しは前進したのか?
それ以上のペースで冷え込んでいる気もするがな!

END

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最終更新:2014年01月27日 02:48
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