19-75「佐々木と文化祭」

佐々木と文化祭

 風呂から上がり、机の上に転がっている試験勉強という現実から目を背け、漫画でも
読もうとかと思ったその時、携帯が鳴った。ディスプレイには、橘、の一文字。
 仕方がないので出る。
「もしもし。キョンさん?」
「違うと言ったらどうする?」
「むぅ。キョンさんってあたしに対して意地悪ですね」
「そりゃ常日頃から恨み辛みがあるからな。で、今日は何の用だ?」
「・・・・・・まあいいです。明日、お暇ですか?」
「悪い、橘なら間に合ってる」
「し、失礼ですねっ! 私じゃなくて佐々木さんの事で用事なんですっ!」
「何だ、先にそう言え。明日何かあるのか?」
「・・・・・・いろいろと腑に落ちませんけど・・・・・・いいですよ、もう。
 明日、うちの学校で文化祭があるんですが、どうです?」
「文化祭? 随分気が早いな。この時期ってのは珍しいんじゃないのか?」
 と、電話の向こうで胸をそるような気配。
「そりゃうちは進学校ですからねー。手早く終わらせちゃうんですよ」
 えっへん、とこれでも自分はお前よりも頭がいいんだぞ、とでも聞こえそうな空気に躊
躇なく電話を切ろうと、
「ちょっと! 切らないで下さいよ! 佐々木さんの事聞いてないでしょ?」
「・・・・・・よく分かったな」
 しぶしぶと会話を続ける。最近、こっちの動きを悟るようになってきて実に気持ち悪い。
こいつエスパーか、と考えてそういやエスパーじゃねえかと思い至りどうでも良くなった。
「で、佐々木がどうしたって?」
「ですから、文化祭に招待したいんですよ。佐々木さんは別にいいって言ってたんですが」
「へぇ。それで、お前たちは何をやるんだ?」
「私は特に何も」
 どうやら本当に暇らしい。何となくではあるが、最近、橘の動きが読める。俺はエスパ
ーにでもなったのだろうか。
 やだなあ。橘と同類か。
「今失礼な事を考えませんでしたか?」
「気のせいだ。で、他の奴らは?」
「藤原さんはブッチ決定だそうです。九曜さんは・・・・・・なんだっけかな?
 あ、あった。えっと、『必録っ!エアーマンの倒し方!』
 ・・・・・・何でしょう、これ?」
「天蓋領域ネタだ。気にするな。で、佐々木は?」
 何気ない風を装い、橘は言った。
「メイド喫茶だそうです」
「行く」


 そういう訳で、佐々木の高校に行くことになった。
 と、言ってもそう遠い場所にある訳じゃない。適当に電車に乗り、教えて貰ったバスに
乗り継いで、校門前までやってきた。
「即答ってはないと思いますよ」
 約束どおり、橘は校門前に立っていた。しかしネチネチとしつこいな。
「いいじゃないか。佐々木がメイドなんて想像しただけで高笑いだ」
 言いつつ、辺りを見渡す。文化祭である以上、外来の客も多いだろうと踏んでいたのだ
が、あまり賑わってるとは言い難い。
 そんな俺に気付いたのか、橘は進学校というのもありますが、と前置きし、
「学校は、文化祭に力を入れていないんです。進学率しか誇れるものがありませんから。
 まあ、いいです。案内します」
「頼むわ。まずは佐々木だな。どこにいるんだ?」
「えっ・・・・・・と。部室棟の一番端ですね」
 インパクト大だった。ブームに乗ろうとして失敗して廃れた喫茶店というイメージが滲
み出ていた。マジックで書いたやる気のない看板が虚しさを増大させる。
 暗幕が引いてある入り口は、中を伺うことが出来ず、それが逆に不気味だ。
 喧騒が遠い。この学校の部室棟は少し遠くにあり、押しただけで倒れそうな建物がひっ
そりと校舎裏に存在している。
 そんな場所に店を構える奴らは数えるほどしかなく、場所取りに敗れたであろう写真部
の展示の他は、そのメイド喫茶があるだけだった。
 ここまで徹底していると、逆にすがすがしさすら感じる。こんなところで飲み食いしよ
うとする奴などそういない。
「で、ここに例外がいる訳です」
「お前、実は俺の頭読めるだろ? 考え読みすぎだ」
 橘は一瞬だけきょとんとして、ケラケラ笑い、
「だってキョンさん単純なんですもの。なんだ、当たってたんだ。何言ってるんだ、こい
つって目で見られるかと思ってましたよ」
 ぐっ、と反論に詰まる。
「ほらほら。さっさと入りましょう。お客さんは少ないみたいですし、ゆっくり出来そうですよ」
 正論だった。こんな所で躊躇していても始まらない。
 メイドなんて滅多に見れるものじゃあないしな。谷口にでも声を掛ければよかったかと思いつつ、一歩を踏み出した。


 小奇麗な部屋だった。古くささは拭いきれていないものの、ここが廃棟寸前とは思わせ
ないようにアレンジされており、手作り感のある小物がそこらに置かれていて、客は俺た
ちだけだった。
 と、来客に気付いたのか一人のメイドがこちらにつかつかと歩みより、何度も練習した
であろう台詞を吐いて、
「お、お帰りなさいませ。ご主人・・・・・・さ・・・・・ま?」
 ようやく、俺はそれが佐々木であると認識した。
「よ。楽しそうな格好だな。佐々木」
「・・・・・・キョン。何故、君がここに?」
「橘から話を聞いてな。邪魔しに来たんだ」
 茫然自失する佐々木メイド。黒を基調として白のアクセントを合わせたそれはメイド服
と呼ばれる代物であり、信じられないことに佐々木が着ている。
 佐々木の後ろでは、知り合い? とでも言いたげに数人のメイドさんがちらちらと視線
を送っている。
「ほら、佐々木さん。接客、接客」
「お二人様・・・・・・だね、じゃない・・・ですね。こちらへどうぞ」
 佐々木の先導に従い、学習机を二つ合わせたテーブルに座る。
「お客様。何にする、じゃないて、えっと、何に・・・・・・致しますか」
 これで顔がニヤけなかったらそいつは男じゃないね。クラスメートと思われる他のメイ
ドさんは大爆笑中で、俺はメニューで顔を隠すのが精一杯だった。
「キョン。人の格好を見て笑うのは失礼だと思わないか?」
「佐々木さん佐々木さん。口調、元に戻ってますよ」
「・・・・・・人の格好を見て笑うのは失礼よ」
 言い直すなよ。腹筋が壊れるだろうが。

 無難な所でコーヒーを二つ頼む。そんなに待つことなくコーヒーが運ばれてきた。
 三つも。
 佐々木が不機嫌そうな目でこちらを見て、俺と橘の前に置き、自分もテーブルに座った。
「おい、仕事はいいのか」
「構わないさ。お客は君たちだけだし、ファンサービスだよ」
 コーヒーを頂く。その辺の水出しコーヒーとさほど味は変わらない。
「それで、橘さん。どうして教えてしまうの? 私、言わなくていいって言ったよね?」
 橘はクスクスと笑い、
「だって佐々木さん、キョンさんがそれを気に入るか気になっていたんでしょう?
 だから、本人を連れてきちゃいました」
 その言葉に、不機嫌そうにコーヒーを啜る佐々木。図星を突かれたらしい。
「それでそれで。感想はどうです?」
「感想? ああ、佐々木のメイド服か」
 カップを置いて、じっと佐々木を見る。
「・・・・・・キョン。そんなじっと見られると流石に恥ずかしいよ」
「・・・・・・可愛いと思うぞ、うん」
 その不意打ち気味の言葉に佐々木は顔を赤くして、言い訳するように口を開いた。
「その割にはあまり動揺していないみたいだね。メイド服は好みではないのかい?」
「いや似合う奴が着るならなんでも。ポニーテールならさらによし。
 ただ、な。自分でも不思議なんだが」
 少し黙って、言葉をまとめた。
「上手く言えないんだが、見慣れている感じがしたんだ。
 自分でも不思議なんだが、メイド服そのものにインパクトがないというか」
 まるで普段着を見ているようだった。メイドなんてそうそういるものでもなし、かの有
名なメイド喫茶に入ったのもこれが始めてだ。だというのにメイド服に驚くことはなかっ
た。
 なんでだろうね?
「・・・・・・佐々木さん? どうしたんですか。顔色悪いですよ」
「・・・・・・何でもないさ」
 会話はそれっきり続かなかった。


「―――タイム―――連打―――」
「竜巻には効きませんよ?」
「―――E缶は―――ー最後まで―――取っておく」
「はあ、なるほど。でもな、先にリーフマンを倒すと楽だぞ」
「―――ショック――――」

「何をしている藤原」
「見て分からないか」
「私には、たこ焼きを焼いているように見えます」
「奇遇だな、橘。俺もだ」
「鉢巻を巻いて、エプロンまで付けて」
「ああ、まるで藤原みたいだ」
「おい。いい加減にしろよ、お前ら」
「で、何してるんだ。サボるんじゃなかったのか?」
「・・・・・・後輩に捕まってな。仕方なく、だ」
 たこ焼きを二パック買って、おまけで一パック貰って店を後にした。
 相変わらず、口は悪い癖にいい奴である。身内に甘いというか知り合いを大切にする
というか。
「じゃ、この辺りで私は失礼します」
 たこ焼きを食べ終え、空を見上げればもう夕方近くだった。
 ・・・・・あれ? もうこんな時間か?
「さぁて、うちの文化祭は楽しんで頂けました?」
 夕暮れが迫る。この学校では、後夜祭が学園祭の締めになるらしい。ファイアーストー
ムはやらないのか。
「ないですよ、そんなの。適当にカラオケやってビンゴやってお茶濁して終わりです。
 まあ、それなりに盛り上がるんで、いいじゃないですか」
「ま、いっけどな。どうせ参加出来そうにないし」
「・・・・・・キョンさん」
「・・・・・・何だ?」
「佐々木さんの事、お願いしますね」
 分かった、とでも言えばよかったのだろうか。
 橘は俺の返事を待たず、くるりと振り向いて人込みの中に消えていった。


 夕刻に焼かれた空が学校の屋上。
 佐々木は約束どおりそこにいた。
 流石にメイド服ではなく、普段着だった。
「よ。待ったか、佐々木」
「別に待ってないさ。すぐに来てくれると分かっていたからね」
 クスクスと笑う。どうも無理をしているように見えるな。
「で、話ってなんだ。愛の告白か?」
「・・・・・・そうだ、と言ったら、どうする?」
 別に考えなかった訳ではない。
 こんなシチュエーションだ。それらと結びつけるのは想像にたやすい。
 と、同時に最もありえない事だ、と頭が冷静に告げている。
 俺は佐々木の事が好きなのだろうか?
 ああ、好きだ。もちろん。
 ただ、それは。
 友人として好きであって、愛している訳ではないのだ。
 だから、俺の答えは――
「おやおや本気に取ったかい。くっくっ、なんだ。結構僕の事を意識しているみたいだね」
 こいつ流のジョークだったらしい。
 まあ、分かりきった事だ。
 俺と佐々木の間に。
 恋愛感情は生まれないってことは。
「ま、一応はな。あーでもな、言ってしまうとだな。お前だから言うんだが、俺が好きな
のは、たぶん、」
「橘さんだね。言わなくても分かるよ。あれほど以心伝心しているカップルなんてそうい
ないだから。とっとと告白してくっ付いてしまいたまえ」
「・・・・・・なんだ、知ってたのか」
「知らぬは本人ばかりなり、だよ」
 むう、と唸る。流石にちょっと恥ずかしい。
「それで。・・・・・・話ってなんだ?」

「そうだね。本題に入ろうか。

 キョン。神様の存在を信じるかい?」


「・・・・・・信じるも何も。

 橘の言い分じゃ、お前が神様なんだろ?」

 これっぽっちも信用していないが。
 ただ、超能力みたいな物を橘は持っている。九曜もよく分からない力を持っている。藤
原に至っては、同時に二人存在しやがった。
 だが、そんな物的証拠を提示されても、俺にはどうしても佐々木が神様だとは信じられ
ない。
「・・・・・・残念ながら。その通り。僕は、神様だよ。
 ただね、今はそれを後悔している。
 手に入れた当初は魔法のように思えたよ。何でも叶う力としてね。
 世界は僕の物になった。だからどうしたい訳でもなかったけどね」
 佐々木は悲しそうに笑う。
「それでね、ある時思い切って力を使ったのさ。
 はじめのうちは嬉しかったよ。願いが叶ったって。
 でも、そのうち神様でも変えられない物があるってことが分かった。
 人の気持ちまでは、どうしても変えることが出来なかった」
「・・・・・・佐々木?」
 今日のこいつはどこかおかしい。何かに追い詰められているように見える。
「これだったら、涼宮さんの方がまともだったよ」
「ちょっと待て。涼宮って北高の涼宮か? あいつとお前とどう関係があるんだ?」
「いいから聞いてくれ。
 僕と涼宮さんとでは、大きな違いがあった。
 僕は神である事を自覚し。涼宮さんは自覚していない。
 どっちが危ないか分かる? 力があることを理解している方が危ないんだ」
 何が言いたいのか、さっぱり分からない。
「メイドなんて誰にも見せたくないなと思ったからあんな場所になった。
 こんな時間早く過ぎればいい、と思ったから夕方になった。
 理解しているって事は、不便なのさ。理解しているが故に、無意識で力を使ってしまう
んだ」
 こんなに寂しそうな佐々木は始めてだ。まるで、自分の罪を神に告白している殉教者の
ようにすら見える。
「ねえ、キョン。佐々木団は好きかい?」
「あ、ああ。放課後お遊びメンバーとして、あれ以上の奴らはいないだろうな」
「SOS団よりも、かい?」
「エスオー・・・何だ、それは?」
「君は元々そっちの人間だった、ってことさ。
 僕が変えてしまったんだ。
 ねえ、キョン。多分、そこは佐々木団以上に楽しい場所だよ?
 今までの事を忘れてしまうけど。
 今以上に楽しい場所に行きたいとは思わないか?」

 その言葉だけは、不思議と理解できた。
 だから、はっきりといってやった。

「思わんね」

 佐々木の動きが止まる。

「俺はな、なんだかんだで皆が好きなんでね。それ以上と言われても俺にとって佐々木団
が、最高の場所なんだ。だからな、神様の力を使ってまで、これ以上の幸せになろうなん
て、俺は思わない」

 そこに橘はいないだろうしな、とは口に出さなかった。
 何がおかしいのか。それを聞いて、佐々木は笑った。
「・・・・・・そうか。なら、これはこんな世界にしてしまった僕への罰なんだろうな」

 ふう、と息をつく。
 ああ、よかった。こいつはいつもの佐々木だ。
「なあ、佐々木。いまいちお前の言ってる事が理解出来なかったんだが」
「・・・・・・気にしないでくれ。僕が、理解して欲しくないな、と願ったからだからね」
 日が暮れる。遠くで誰かが熱唱する声が聞こえる。
 藤原め。何だかんだで楽しんでるじゃないか。
「あ・・・・・・佐々木さん。あの・・・・・・」
 振り返ると、橘がいた。
「やあ、橘さん。全部、聞いてたね」
「はい。・・・・・・いいんですか。貴方の望みは――」
「いいんだ。自業自得って奴だろうね。きっと」
 佐々木はゆっくりと歩き出す。その背中を追おうとして、佐々木に止められた。
「今は、一人にしてくれないか。それと、橘さん」
「あ、はい」
「キョンを頼むよ。仲人なら喜んで引き受ける」
 最後の最後で爆弾を落として、佐々木は階段に消えていった。

「あー、橘。全部、聞いてたって言ったな」
「・・・・・・はいです。実は後ろを追けてましたから」
 おめでとー、と言うつもりだったのに、と橘は辛そうに目を伏せる。
「私が悪いのでしょうか。私がいなかったら、キョンさんは、佐々木さんの事を――」
「あのな、橘。そういう事は軽々しく言うもんじゃないぞ」
 橘が珍しく大人しい。じっと俯いて、ふと顔を上げ、
「キョ、キョンさんっ! 佐々木さんを追うんです。今ならまだ間に合いますよ!」
「断る。俺が好きなのはお前だし。お前がどう思ってるのか知らんが、佐々木は親友であ
ってそれ以上でもそれ以下でもない」
 ぱくぱくと金魚のように口を開閉させる橘。
「全部聞いてたんだろ。聞こえなかったなら、もう一度言うぞ」
 橘は顔を赤く染め、
「ダ、ダメですよ! キョンさんは佐々木さんがついてないとダメなんです! そうしな
いとあまりにも、」
 悲しすぎます、と呟いた。意味が、分からない。
「で、返事を聞きたいんだが?」
「・・・・・・っ! ジゴロって言われた事ありませんか?」
「ないな」
 橘は、何もかもを吹っ切るようにして、ため息を吐き、視線を上げて言った。
「私も。キョンさんの事が――」
 好きです、といわれるよりも早く。
 橘に、キスをした。

 遠くで、誰かが唄っている。
 それが俺のよく知る声で、失恋の歌だと気付いたのはあとの事だ。

 蛇足として、いくつか書こう。
 佐々木は次の日に普通に戻った。昨日は浮かれていたと謝罪され、その辺の喫茶店
で夕食を奢って貰った。
 放課後集まりメンバーに変わりはなく、いつものように遊んだり勉強したりするのに変
化は見れらない。ただ、橘と一緒にいる確立が増えた、とだけ言っておく。
 最後にひとつだけ。
 なんで、俺は佐々木を神様と認めないんだろうね。
 まるで、本当の神様が別いることを知っているみたいじゃないか。
 誰か、その答えを知っていたら教えてくれないか。
 ・・・・・・なんてな。

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

最終更新:2007年08月26日 13:24
ツールボックス

下から選んでください:

新しいページを作成する
ヘルプ / FAQ もご覧ください。