2-313「恋人じゃなくて親友」

「まさか、それほどまでとは」
古泉は眉間に中指を当て、
「まるで本当に無邪気な中学生同士のたわいも無い恋愛模様の1ページのようではありませんか」
恋愛という言葉に一瞬ピクリと反応してしまった俺を古泉が見逃すわけは無かった。
「…………どうやら彼女とあなたには、もっと深い想い出がありそうですね」
周りにはさぞ爽やかに見えるであろうこいつの微笑は、俺には悪党が人の弱みを握って
さぁどう脅迫してやろうかと考える時に見せるニヤケ面にしか見えなかった。
「何にもねーよ」
「さぁ、どうでしょうか。これは涼宮さんどうこうではなく、
 ただ単に僕自身が、あなたのこれまでの人生について興味があるだけなのですが」
強調するようにこう続けた。
「一般的な青春真っ盛りの高校生として」
思わずかなりの勢いで古泉のほうを振り向いてしてしまったため
椅子の背もたれに肘をぶつけてしまい非常に痛い思いをした。
「お、お前今青春っぽいことでもしてんのか、誰か気になるやつでもいんのか?」
「あなたの中学生時代の思い出を聞かせてくれたら……聞けるかもしれませんよ?」
古泉はニヤケ面を続けているが、俺はこいつの口車に簡単に乗せられるほど単細胞じゃないし
こいつがどういうやつかもそれなりには知ってるつもりだ。
まぁ………こいつの今までの恋愛経験とかにはかなり興味を注がれるが
自慢話を聞いたところで俺の気分がブルーになるのは必然の理だろう。
「仮にお前が期待するようなことが過去にあったとしても、
 俺はそのことを喜んで人に報告する趣味は無い」
俺は優男から目を離し、依然黙々と読書にふける長門に目をやった。
「それは残念です。……しかし、あなたは以前の会誌作成の際にそんな経験などないと
 頑なに否定し続けていませんでしたか?
 さらにあれほど追い込まれても、結局は妹さんの友達とのお遊び体験をお書きになりましたね。」
ミヨキチとのお出かけについてお遊びと称したことに多少反論したくなったが
おしゃべりマシーン古泉に勝てるとは思わなかったので聞き流した。
「あなたも本当に謎多き人だ。」
「……………」

そしてなんやかんやがあって新人部員募集イベントは何の収穫もなく終わった

その夜、久しぶりにあの日の事を思い出した


佐々木に告白されたあの日の事を


それは中学生として過ごす最後の日、これまで世話になった学校や教師、
別々の進路に進む同級生に別れを告げる日。
まぁ簡単に言えば卒業式だ。

式が終わり、夜に学年全員で大きな宴会場を貸し切り夕食。
その後はさらに仲のよいグループに別れて2次会、
各々好きな場所へ、別れる友とは最後の思い出を作りに。
PTAの保護者は宴会場までしか同伴してないのでそんなに遅い時間まではさすがに無理だったが。
しかし大半の人にとっては最高の時間を堪能することができるだろう。
男女交際をしているやつらが二人で会場を後にする姿もよく見かけた。

俺も最初は国木田や他の仲のよい男子グループと一緒に宴会場の外で写真を撮ったりバカ騒ぎをしていた。
佐々木含めた女子グループもその中に入り、談笑の輪を広げていた。
実に中学生らしい初々しい会話が繰り広げられていたことだろう、
…………と、今なら言えるね。

女子グループも混ざってからは、
相変わらず俺は佐々木と中学生生活について色々話していたわけだが。
佐々木と出会ったこと、塾のこと、俺の家で勉強をご教授してもらったこと。
どういう訳か、二人で盛り上がっているうちに他のやつらはどこかへそそくさと消えてしまったらしい。
「気を使ってくれたんだろう。みんなは先に近くのゲームセンターへ行ってるらしい、
 さっきメールが入っていたよ。相変わらず勘違いされてるらしいね。」
一体何の気を使ってくれたんだろうか、
先に行くなら直接誘ってくれればよかったのにと、その時の俺は思ってたなそういえば。


その後ふらふらとみんなのいるゲーセンへ向かう途中のことだ、
「こんな時間にキョンと二人とは、塾の帰りを思い出すね。」
何がおかしいのか独特の笑いと共に佐々木はつぶやいた。
「そうだな、お前ともうこうやって歩けなくなると思うと少し寂しいな」
「……僕もさ」
今思うと、この日の佐々木はいつもみたいな理論や理屈を用いて話すことが少なかったように思う。
それで俺の会話のペースも少し狂っちまったんだろう。
「………」
「………」
無言で歩くこと数分、佐々木が切り出した
「キョン、少し話があるんだがいいかい」
「ん、ああ構わんが」
そう言うと、ちょうど近くにあった公園のブランコに二人で腰掛けた。
少し神妙そうな佐々木の態度から、
高校生活への不安や勉強への悩み、もしくは家庭に何か問題でも生じたのかとすら思ったが。
「キョンは恋愛感情というものをどう思う?」
全く方向違いの質問に意表を付かれた俺は返事に少し時間がかかった。
「………キョン?」
「あ、あぁスマン。いやもっと重大な悩みでも打ち明けられるのかと思ってたもんだから」
「くく、今の僕にとっては中々に重大なんだよ。」
「恋愛感情か、そりゃ人間なら誰もが抱く素敵な感情なんだろうよ、
 というか以前にもこの話はしなかったか?
 お前は恋愛感情なんて抱いても得することはない、とか何とか言ってなかったか?」
確か中学3年のクリスマスの日だったか、クリスマスを塾の冬季講座で過ごした
俺と佐々木が塾帰りにも話した事だった。
「覚えていてくれたかい、キョンの事だからもう忘れてしまっているかと思っていたが」
「さすがの俺でも数ヶ月前の事を忘れたりはしねーよ」
「英単語は3日で忘れてしまうのに」
押し殺したような声で笑う佐々木、俺もつられて笑ってしまう。
「はは、そう言うな。最低でも受験までは覚えているつもりでいるんだ。
 ……で、恋愛感情がどうかしたのか、まさかついに好きなやつでもできたのか?」
ため息をつきながら佐々木は言う。
「キミは本当に困った人だな、
 いつも言ってるがもう少し他人の気持ちに敏感になったほうがいいと思う」
やれやれ、またそれか。いつも佐々木に説教をされた最後にはその言葉を言われる。
俺は空気は読めるほうだと思っていたのだが……

「僕は今でも恋愛感情を抱いても得をすることは何一つないと思っている」
やけにキッパリと告げた佐々木、さらに続ける。
「他人のことを考えて時間を無駄に過ごし、自分自身でいられる時間が減るということは
 人生を過ごすにおいてこの上ない損害だと思っている」
「ああ、お前のその考えは何度も聞いたし俺にも共感する部分はある」
クリスマスの日やバレンタインデーにも聞いたな、
後は俺たちが付き合ってるとクラス中に噂になったときも聞かされた。
少し下を向いたまま佐々木がつぶやく。
「得することは無いと分かっているのに……」
ローテンションなのが少し心配だな、とか思っているとこう続けた。
「……分かっているのに心惹かれている自分がいることに気付いてしまった」
…それはつまり、恋をしても無意味だと思っていたのに好きな人ができた、
と俺の頭の中では理解できた。
「よ、良かったじゃないか、おめでとう」
少し戸惑いながら答える、仕方ないだろう?
佐々木からこんな言葉が出るとは1ミクロンも思わなかったんだ。
「おめでとう、か。相変わらずだね」
「相変わらず気の利いたことが言えませんね、ってことか?」
口下手なのは自分でも分かってる。ただ気になるのは
「誰なんだ?教えたくないなら教えてくれなくてもいいが、
 俺の知っているやつか?」
はぁ、とまた佐々木のため息。そして
「キミだよ、キョン」

……すまん、何だって?
俺の聞き間違えでなければ佐々木は俺のことが好きということか?
まさかそんなこと言って俺の反応を見て実は国木田とかが隠れて覗いててお別れドッキリ大成功だなんて
呆然とこんなことを考えている俺に佐々木は言い続ける、
「僕が何故志望校を元の北高から変えたか知っているかい?」
そうだ、佐々木は2学期途中まで志望高校は俺と同じ北高だったのだ。
しかし佐々木の学力は北高のレベルよりさらに上空を飛んでる、だから俺は
「自分の学力に見合った高校にしたんじゃなかったのか?」
そう今でも思っていた。佐々木は相変わらず真正面を見て続ける、
「高校選択こそ全く無意味さ、大事なのは環境を変えることより自分自身がどう変わりどう行動するかだよ」
「じゃあ何で志望校を変えたん…」
そこまで言ったところで佐々木がこっちを振り向き割り込んできた、
「君の希望進路が北高だったからさ」
……うーむ、良くわからない。仮に佐々木が俺を好きだとしよう、
そうだとしたら俺と同じ北高に普通行きたいと思うんじゃないのか?
いや、俺が逆の立場だったらそうなっていただろう。
「僕はこれ以上キミに対する恋愛感情を育ててしまうわけにはいかない、これ以上一緒にいれない」
好き、なんて直接言われてしまったから佐々木と向き合って会話をしていると
顔が熱くなってくるのが分かる。まあ夜だからそんな気にはならないだろうが。
「高校でまで一緒にいたら、
 本当にキミの事しか考えられなくなりそうで怖い。………そんな自分は絶対に許せない……」


俺は戸惑っていた。身近にいすぎたせいだろう、異性としてほとんど意識したことは無かった、
しかしルックスはおそらくかなりいいほう。性格も社交的で一般的には良い性格、だ。
佐々木のほうから友達感覚で話してくれるので、俺としてもとても付き合いやすい友人だった。
一緒にいると安心するのは確かだし、
……いや待て一緒にいて安心するというのはもしかして俺も佐々木のことを
「返事はいらないよ、もしキョンが僕と同じ気持ちだったとしてもまだ僕は拒否することができそうだから」
佐々木の震えている言葉で思考は遮られた。
「ただ知っておいて欲しかった、僕が好きになった唯一の人に………
 自分の気持ちだけ話してさようならなんてずるいけど、キョンならば理解してくれるよね?」
まっすぐに俺を見つめている瞳からは今にも涙が頬を伝わりそうだ。
俺の頭はやけに冷静になっていた。好きなんて言われた時は思考回路もだいぶ鈍っていたが、
恋をし始めてしまっている自分を矯正するべく、志望校を変えて、溜まった思いを吐き出してまで
新たなスタートを切ろうとしている佐々木独特の考え方。
その考え方は俺にとってとても心地よいもので、それこそが俺が佐々木に惹かれたところであると自覚した。
だから、
「もちろん理解してやるさ、これからのお前も応援してやる。」
佐々木の目から一筋の涙が流れた
ブランコで顔だけ向かい合っていたはずなのにいつの間にか立って手を取り合い向かい合っている
「ただお前にも知っておいてもらいたいことがある」
泣いていて言葉を返せないのか、佐々木は首をかしげるだけだ
「俺もお前のことが好きだった。返事はいらない、ただ知っておいて欲しい」
言った瞬間佐々木に全体重を預けられてよろけてしまった。
まぁなんだ、つまり抱き合ってんだよ。文句あるか。
こんな経験さすがにないから俺もうろたえたさ。

「本当にいい親友と出会えた………これまで生きてきた中で一番の収穫だよ」
佐々木は俺の腕の中で言う、俺も返してやる。
「親友…か。そうだな、これから離れるがずっと親友でいようぜ」
くくっ、と独特の笑いのあと、
「もちろんだ」
見つめ合ってしまった。こんな状況で見つめ合ってしまったらする事は一つだが……
やけに冷静になっている自分の思考を褒めてやりたいくらいだぜ。
親友としてこれからの互いの出発を祝うキス、
おそらく佐々木とは最初で最後になるであろうキスをした後、俺たちは帰路についた。
そこにはいつも通りの親友同士の二人がいた。
結局ゲーセンへは行かなかったな。







そんなことを思い出していると、もう時計の針が0時を回っていた。
睡眠は1日6時間はとらないと体が持たない俺は早々に眠りへとついた。

佐々木が連れて来た橘京子と九曜周防が俺と会うのは次の土曜日のことだ。
一旦END

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最終更新:2007年10月10日 10:53
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