4-245「最近、僕も色々思うことがある」

ある日の放課後、佐々木の下駄箱に一通の手紙が入っていた。
詳しい内容は受け取り人によって伏せられたが、ラブレターで間違いないだろう。
「すまない、キョン。用事ができた」
「ああ。俺は校門にいるからな」
このやり取りは初めてではない。
最初は挙動不審になってしまったものだが、もう慣れた。
当事者の佐々木が落ち着いてるのに俺が取り乱すだけ馬鹿らしい。
断られる運命にある差出人と、わざわざ時間と労力を割かねばならない佐々木に同情するのみだ。
30分ほどして戻ってきた佐々木は平素と変わりなかった。
「待たせて申し訳ない」
「いや、ご苦労さん」
物言わぬ自転車と一緒に待っているのは退屈だが、大して気にしていない。
「またか?」
「ああ。僕の噂は有名だろうにね」
佐々木は軽く肩をすくめた。演技がかっているが妙に似合う。
気取った仕草が文句なしに似合う美少女だ。
頭はいいし、料理はできるし、性格はかなり個性的だが我侭でもない。
これで彼氏がいないのが不思議である。
まあ、いない理由は俺も大変よくわかっているのだが。
いくら奇矯な口調と性格が許容範囲という男がいても、本人が恋愛に興味ないのではどうしようもない。
「俺もお前の主義は知っているが、付き合おうとは思わないのか?」
佐々木は黙して俺を見つめた。
黒い瞳は何故か様々な色が混じったビー玉を連想させた。濁っているのに透明だ。
「……さてね」
曖昧な返答に俺は度肝を抜かれた。だって、あの佐々木だぞ?
てっきり拒絶と長い説明が返って来ると思っていた。
半年以上一緒にいてそんな素振りは見せなかった。
いつも興味がなさそうで、俺には無意味だと語ってさえくれた。
まさか心変わりでもしたのか?

「どうするんだ?」
「考え中だ。最近、僕も色々思うことがある」
「……そうか……」
意外だ。意外すぎる。
本来なら普通の女の子が悩み煩うことなんだが、佐々木は今まで3秒も考慮せずに切って捨てていた。
その切捨てぶりは傍で見ている俺のほうが気の毒に思うくらいだった。
豹変ぶりが気になるが、まあ、佐々木も女の子だってことだろうか……。
「お前なら、その言葉遣いと面白い考察を止めれば相手は選り取りみどりだ。
青春を謳歌するのに困りはしない。俺が保障する。普通に学校生活を送るのも楽しいと思うぜ」
俺は祝福めいた言葉を口にした。嘘じゃない。
本心からだったと保障する。
だが……
初めて感じる、妙な焦りが生まれていた。
…なんだこれは?
――佐々木に彼氏ができるのが嫌だと思うなんて。
俺との友情は失われないと断言してくれるだろうが、優先順位は落ちるかもしれない。
他の男と話して、他の男と過ごし、他の男に笑いかける。
彼氏ができればそれが当然だろう。
別におかしくはないと思うんだよ。
密かに佐々木に人気があるのは知っていた。
あいつが望みさえすれば、恋人なんて簡単にできるだろうってことも。
でも俺はすっかり油断していた。そんなことはきっとないと勝手に信じていたのだ。
…だから驚いたんだろう。
変な反発は思うべきじゃない。
あいつが普通に楽しく、残った中学生活を満喫できるなら素晴らしいことだ。
しつこいが、俺は確かに本心から思っている。
げげっ、まさか俺が小学生以下の最低気分でいたのが伝わったのか?
佐々木に知られたくないことの上位だってのに。
「今のでわかったよ。僕らは似たもの同士だってことがね」
「……はっきり説明してくれ」
「キミの深層意識はもう自覚しているはずだ。おそらく僕のことも。
キミは簡単に繋げられる未来を自ら破壊している」
佐々木は俺を通り越して、何か別のものを見ていた。
「残念だな、キョン。出会う時期が違っていればきっと変わっていたのだろうね。
でも僕らはこの時に出会ってしまった。礎になるしかない時期に……」
俺は黙って聞いていた。
佐々木の言ってることはわからない。だが口を挟めなかった。
もしかしたら、彼女の言う深層意識とやらが理解していたのかもしれない。
「とりあえず言っておこう。
僕は現在、誰かに恋をするつもりはないし、付き合う気もない」
「……考え中って言ってなかったか?」
「軽いジョークだ」
軽くねーよと俺は反射的に突っ込んだ。
俺の奇妙な焦燥や、それを発生させたことによる自己嫌悪はどうなる。
だが佐々木にそれを教えるわけにもいかず、ガマンするしかない。

ジト目で佐々木を見ていると、彼女は透明な笑みを浮かべた。
「今のキミは間違いなく理解しないだろうが、数年後のキミへ言葉を贈ろう」
先の長い話だな。
「僕らは恋を必要としていなかった。それだけだ」
俺にはやはり謎の言葉だった。
くく、と独特の笑い声をもらした彼女を俺は黙って見ていた。
大切な日常が返ってきた気分だった。
……俺はこの期に及んでも、それが友情だけで成るものだと信じていた。

ずっと先の未来。
彼女に再会してしばらく経ってから、俺は言葉の意味をようやく理解することになる――

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最終更新:2007年10月13日 09:47
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