23-694「難聴」

いま、キョンは私の膝上で静かに寝息をたてている。
邪心をまったく感じない穏やかな表情。微笑んでいると言ってもいいかも知れない。
しかし、私には後ろめたさで心が締め付けられている。
事の始まりはこうだった・・・・。


「佐々木さん佐々木さん佐々木さん!
 これを使えばどんな鈍感男でもイチコロなのです!使って下さい!!」
やれやれ
橘さん、人と話をする時には主語と述語と目的語を明確にして話した方がいいよ。
で、どうやってこれを使えばいいのかな?
橘さんは爛々とした表情で、透明な液体に満たされた金魚型の容器を手に話し始めた。
そして冒頭に至ったんだけど・・・・。

中身は睡眠導入剤の様子だけど、橘さんはこれを使って私とキョンとで既成事実を作る事を薦めたつもりの様子だ。
キョンと親密にはなりたいけど、この状況でキョンに何かをしようなんてとても思えない。
人格を殺してまで手に入れたいという事じゃないの。次回は橘さんに合う時にはその点をちゃんと説明する必要があるみたいだ。
しかし、使い方を聞くより先に原理を確認しなかった私にも落ち度があったかも知れない。


キョンの寝顔はいつまで見ていても見飽きない。
起きるまで待つしかないんだけど、いつ起きるのか見当も付かない。
時間はゆっくりと流れ・・・・というよりか、正直言って暇だ。
少しぐらいのイタズラをしても許されれて然るべきだろう。
サインペンを手にした私はキョンに自分の名前を書き込もうと思って蓋を取り外す。
途端に耳を切り取られたキョンの姿が浮かんだ。却下だ却下!!
何を考えたのよ、わたしは。
でも、耳元で少し囁くならキョンも許してくれるだろう。
「好きだよ、キョン」

まったく反応が無い。
ひょっとして私の言い方に問題があるのだろうか?もう一度試してみよう。

「わたしこと、佐々木・は、キミ・・もとい、キョンの事が・好きであります。
 ふたりで、一緒に、地道な努力をもって、幸せな家庭を・・作りたいので、わたしと、
 結婚して、下さい」

ダメだ、まったくなってない!語学力には自信があるつもりなのに、告白すら満足に示す
ことが出来ない。
ひよっとして私は誘い受けキャラなのだろうか?
薬で眠らされているにも係わらずこのわたしに自己分析を強いるとはキョン、キミって
やつは何て凄い男なんだ。最上級の賛辞をキミに与えるよ。
しかしながら、他の人ならどんな感じでキョンに告白するのだろうか?

「仕方ないわねぇ、アンタの貰い手なんて誰もいないんだからこのあたしが直々に
 付き合ってあげるわ」
「キョンく~ん、付き合ってくだしゃ~ぃ」
「・・情報操作は得意」
「おにいさん・・・大人のセカイを教えてくれませんか?」
「キョンさんキョンさん!今度、映画館と喫茶店とカラオケと買い物に行きませんか」
「―――あなたの―――――心は―――とても――――――きれい―――――――――」
「ふんっ、規定事項だ。ふんもっふ!!」

一人七役はさすがに疲れるが・・・・反応が無い。
迂闊だ。キョンとの間に於いては一歩先んじていると分析していたけど、これは認識を改
めなければならない。キミという名の頂点は何処まで高いんだ!?
私は登山道に片足を進めただけに過ぎないということか。
少し声を大きくして言ってみよう。

「好きだよ、キョン」
もう少し、
「好きだよ、キョン」
フォルテシモで、
「好きだよ、キョン」
まだまだ、
「好きだよ、キョン」
語句に力を入れてみて、
「好きだよ!キョン!」
ステミングも入れてみるか、
「大好きだよ!キョン!」
こうなったら当たって砕けるつもりで、
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ッ!!」
周りの人達がびっくりした表情で私たちへ振り向き、そして足早に去ってゆく。
くっ、私としたことが何て恥ずかしいことを。
放置プレイに羞恥プレイを重ねるというのか。キョン、キミって奴はなんて恐ろしい男だ。
しかし、私も限界だ。
「キョン、足が痺れていたのだがそろそろ起きて貰えないだろうか?」
肩に手をやり揺すってみるが反応が無い。呼吸と脈拍を確かめて・・・・大丈夫だ。
少し失礼をしてまぶたに指をあてて開いてみる。・・・・何で白目なの?
とっとっと、取り敢えず助けを求めないと!電話は何処だ、何処にあるというんだい!?
携帯電話を携帯していないわたしが悪いというのかい?キョン。

結局、今キョンは病室で寝ている。
事の顛末は恥ずかしい事で、わたしの大声でキョンが失神してしまったらしい。
初めて警察の職務質問とやらを受けたが、あれはどの様な事情であっても受けたくないね。
とりあえずはナメクジに驚いて叫んだという事にしておいた。
ご母堂様にお詫びををして、後から飛んできた涼宮さんに散々文句を言われてしまった。
今日は散々な一日だった。
一番気掛かりなのはキョンが一時的な難聴になってしまった事だ。
医者には数日で治ると言われたがキョン、この埋め合わせは必ずするから許して欲しい。

唯一の慰めはご母堂様にキョンの面倒を仰せ付かった事だ。涼宮さんは何かを言いたかっ
た様子だが、一番の責任はわたしにあるのだから当然として受け入れた。これは譲れない。
この事を伝えると例の「やれやれ」のポージングで返してくれた。

今日はわたしがキョンを起こす順番だ。
ドアを開けるとすぐに起きてしまった。妹さん直伝の起こし方を試してみようと思ったの
にキミはスキンシップのひとつすら僕から奪うつもりなのかい?
「それは洒落にもならいからやめてくれ」
キョンは右手をひらりと振った。
わたしは「やれやれ」のポーズでキョンに応えた。

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最終更新:2007年11月01日 08:09
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