24-156「佐々木さん、君のパパとママ? の巻」

佐々木さん、君のパパとママ? の巻

しまっておいた秋物のジャケットを衣装棚から引きずり出してみると、ものの見事に虫に食われていた。
仕方ないので、必死で両親に泣き落としを敢行し、洋服代をせびり倒すと、
SOS団の活動のない週末、繁華街に繰り出すこととあいなった。
普段降りない駅の改札をくぐると、久々の繁華街の人いきれにやや気圧される。
さて、ジャケットのデザインにこだわりはないし、適当なのを選んで、あとは適当にぶらついてでもみようか。
そう思ってしばらく歩いた所で、脚に、ぽてちんと何かやわらかいものがぶつかる感触があった。
見下ろしてみると、3歳になるかならないかぐらいのお子様が俺の脚にしがみついていなさる。
人ごみで迷子にでもなったか。親もこの人の多さじゃ、目を配っていても見失うだろう。
とりあえずしゃがんで、お子様と高さをあわせる。どうしたお子様。お母さんとはぐれたか。
「ぱぱー」
そうか、お父さんとはぐれたか。肩車して探してやろうか。
「ぱぱー!」
10人中7、8人は「可愛い」と評するであろう利発そうな面差しの中で、大きな瞳が一杯に見開かれている。
何故か、どこかで見たような顔だ。知り合いの誰かの親戚か? いや、それはいいんだが、
……何故そこで俺を指差して「パパ」? そうじゃなくて、お前のお父さんのことなんだが。
「ぱぱー!!」
ちょっと待ってくれ。俺はまだ高校生で、心当たりのあるような大人の階段はまだ一歩たりとも昇っちゃいないぞ。
頼むからお前のご両親を探してくれ。こんな所でぱぱぱぱ連呼されると誤解する奴が出てくるだろう。
「ああキョン。若さゆえのあやまちというのは、なかなか認めたくないものだね。
 それとも積悪の報いがついに訪れたというところかね。くっくっ」
ほれみろって佐々木? 何でこんな所で。
「気に入っていたカーディガンが何故か破れてしまっていてね。仕方なく買い替えに来たのだけれど。
 随分面白いものが見られたものだね。偶然の配剤に感謝するよ」
冗談言ってないで助けてくれ。迷子なんだよ。
「そうだね。君ならともかく、その子にとってみれば冗談ごとではないだろうからね。
 ご両親とどこではぐれたかわかるかな。お姉ちゃんたちが、一緒に交番まで連れて行ってあげるから安心してね」
腰をかがめて優しく問いかけた佐々木をじっと見つめると、お子様は満面の笑みを浮かべて、あろうことか、
「ままー!!」
さっきよりでかい声でとんでもないことをぬかしやがった。
「認めたくないものだな佐々木。若さゆえの過ちというものは。
 だが安心しろ。お前が子持ちであることは皆には言わないし、それぐらいで友人づきあいをやめるつもりはないぞ」
「な、何を言っているのだね君は。冗談を言ってないでなんとかしたまえ」
「ままー」
「あ、あのね君、私は君のお母さんではないの。ちゃんと君のご両親を探してあげるから、とりあえず落ち着いて」
「……ままー?」
慌てる佐々木の態度に、お子様の顔がくしゃくしゃとゆがむ。ああこりゃ噴火するな。3、2、1……
「うええええええええ!! ままー!!」
「あ、ち、ちょっと君。泣かないで。ね、お願いだから泣き止んでちょうだい。私達でお母さんを見つけてあげるから」
うろたえる佐々木というのもなかなかお目にかかれるものではない。グッジョブだお子様。
「き、キョン! 何を見てるんだい。君も手伝ってくれたまえよ」
流石の佐々木も、理屈が通じない相手じゃ、いつもの調子が出ないようだな。
慌てる佐々木を尻目に、お子様を抱き上げて、高く持ち上げて気をそらす。
後は、こっちが落ちついて抱いてやって、ゆっくり背を叩いてあやせば、そのうち落ち着いてくるもんだ。
ほら。子供相手は、こっちが振り回されないことと、とりあえず触れ合うことさえ抑えとけば、なんとかなるもんさ。
「君が子供の世話が得意とは聞いていたが、ここまでとは思わなかったよ」
まあ、こいつが落ち着いた性格なのもあると思うぜ。相性悪い子には全然効かんこともあるしな。
しかしお子様よ。マジメな話俺達にどうしろってんだ。
ん? なんだその封筒は?
「ままとぱぱにあえたらわたせっていわれた」
疑問はつきないが、なんとなく陰謀の臭いを感じて、俺はとりあえずお子様を片手で抱えたまま封筒の中身を調べた。
そこには、数枚の福沢諭吉先生と、どこか見覚えのある丁寧な字で、たいそうふざけたことが書かれた紙が入っていた。
「この子に「パパ」「ママ」と呼ばれた方へ。
 本日の午後5時まで、どうかこの子をお預かりください。
 ご迷惑をおかけして本当に申し訳ございませんが、伏してお願い申し上げます。
 さぞご不審のことと思いますが、既定事項の遵守のため、何卒お願いいたしたく」
あとは、何故かいちいち西暦の入った今日の日付のみ。
既定事項ときやがったか。
計算してはいないが、おそらくこの金額は、俺のジャケットと佐々木のカーディガン代と、
あとはこのお子様の飲食費できっかりになる額に違いない。
さて、こんなふざけた真似をするのは、朝比奈さん(大)か、例のお花畑野郎か。
「佐々木よ、どうにもすまんが、俺達でこのお子様を預からねばならん破目になったらしい」
「別に僕はかまわないが、警察に預けなくてよいのかい? ……もしかして、涼宮さんがらみの案件かね」
俺の表情で何事か悟ったらしく、佐々木は俺の大層非常識な提案を受け入れてくれた。すまん、恩に着る。
「ねえ君、しばらく私達と一緒にお買い物するかい?」
「うん! ままとぱぱといっしょー!」
佐々木の問いかけに、すっかり安心しきった表情で答えるお子様。
やれやれ。何を言い含められてきたのやら。仕方あるまい。佐々木よ、こいつを連れて買い物だ。
「ぱぱー、かたぐるまー」
へいへい。仰せのままに。


よほど人見知りしない子なのか、お子様は俺の肩の上で随分とご満悦だ。
ひっきりなしに佐々木に話しかけては、くつくつと笑い声を上げる。
妹や年下の従兄弟で飽きるほど子供の世話はしたが、この子はまあ手のかからん方か。
なんとなくこっちもコツが分かっているような、そんな不思議な感じだ。
繁華街がよほど珍しいのか、お子様はあらゆるものに目を輝かせ、佐々木に問いかける。
「ままー、あのあかいのなに?」
「あれはね、消防車だよ。火災が発生した時、火を消す道具を積んだ車なの」
「ままー、あっちは?」
「うん? あれはね……」
落ち着いて一つ一つ丁寧に答える佐々木。俺だったら途中で音をあげることうけあいだが、
説明好きの佐々木にとっては苦にならないらしい。
しかし佐々木、子供にその言い回しは難しすぎやしないか。
「そうでもないよ。子供は確かに自分で発声する分には幼い言葉が多いけれど、周囲の発言については、
 かなり高い理解力を示すものなんだよ。こちらまで幼児語にして話さなくとも、随分分かっているものらしい。
 それにこの子はかなりのものだよ。僕の言うことをおおよそは理解してるみたいだ。 ね、そうだろう?」
本当かよ。
「しょうぼうしゃはひをけすんだよ。ねー、まま」
OKOK。好きにやってくれ。
「君は賢いね」
背伸びをしてお子様の頬を撫でる佐々木。意外とこいつ親バカの素質があるかもしれん。
「えへへー」
そしてお子様よ、褒められて嬉しいのは分かったから、俺の頭をぺしぺし叩くのはやめなさい。
「ぱぱいたい?」
いや痛かないけどな。


人のことを「ぱぱまま」叫ぶお子様を連れて服を選ぶのもなかなかに人生捨てる行為なので、
結局服は後回しにして、小さな広場で休憩することにした。
ベンチに座った俺の膝の上にお子様が座り、隣に座った佐々木に、大はしゃぎでソフトクリームを食べさせてもらっている。
「ぱぱ、あまいのー!」
わかったから振り回すのはやめなさい。こぼれるからこぼれるから。
まったく、この季節にそんなもん食って寒くないのかね。
「ほらほら、顔中べとべとべとになってしまったじゃないか。拭いてあげるからこっちをむいて」
「んー」
佐々木の言うことに素直に従うお子様。しかしこの光景、誰かに見られたら言い訳きかんな。
「……ねえキョン。訳ありなようなので敢えて聞かなかったけど、この子、誰か知り合いの親戚か何かだろうか。
 どうも顔立ちに見覚えがあるような気がするんだけれど」
お前もか佐々木。するとやはり気のせいでもないのかな。この素直さはウチの妹に似てなくもないが。
まあ、これを仕組んだのが誰であれ、カーテンコールが終わるまでネタばらしはしてくれそうにないだろうな。
「ぱぱー、おしゅそわけ」
考え込もうとすると、お子様がこっちに何か向けてきた。
よくそんな難しい言葉知ってるな、と思った瞬間、ほっぺたに冷たい感触が。
……おすそわけは有難いんだが、もうちょっと狙いは正確にたのむぜ。
「ぱぱおひげー」
「キョン、じっとしていたまえ。拭いてあげるから。くっくっ」
そこ、二人して親子みたいにくつくつ笑わない。妙に似たような笑い方しやがって。


なんでもない広場を駆け回るお子様を俺が必死で追いかけたり、
花壇の何気ない花に目を輝かせるお子様に、佐々木が花の名前を説明したり。
本当に他愛ない時間が、気づかぬうちにあっという間に過ぎていった。
ふと空を仰げばもう日はとっぷりと暮れ、人工的な明かりだけが俺達を照らしている。
「……じかんになっちゃった」
時計を見ることもなく、お子様がぽつりと大人びた口調で呟いた。
時刻を確認すれば、あと十数秒で五時となる。
そうだな。そろそろお前さんを親元に帰さないとな。さ、送ってってやるから。
「てぃーぴーでぃーのたいまーがさどうしちゃうの。だからままとぱぱとはバイバイなの」
ちょっと待て。今何て言った。まさかお前自身が未来から来たのか?
既定事項ってのは、お前にとってのソレじゃなくて、俺達にとっての既定事項だったのか。
問いかけようとしたところで、五時の鐘の音がぴったりのタイミングで鳴り響く。
一瞬気をとられた瞬間に、それは起こった。
お子様の周りの風景がぶれる。まるで眩暈を起こしたときのように、あいつの周りにだけ目の焦点が合わない。
おい、ちょっと待ってくれ!
「君、どうしたんだい!」
俺と佐々木が同時に手を伸ばす。
「またくるから、つぎもあいすたべるの。ばいばい、×××ぱぱ、△△△まま。あんまりけんかしちゃだめなの」
伸ばした手の先は何も掴めず、一瞬の揺らめきを残してお子様は消え去った。
まるで、最初からそんな子供などいなかったように。
しばらく呆然と佐々木が立ち尽くしているのを知覚しながら、周囲の人が今の光景を見ていなかったか確認してしまったのは、
我ながら嫌になるほど、こうした事態に適応しちまってる己のなせるわざだろうか。
まったく、誰の差し金だかしらんが、ネタを割りに自慢げに語りにでも来たら、男女かまわず思いっきりぶん殴ってやる。
「……キョン、説明してくれるかい?」
俺にもわかっちゃいないんだがな。とにかく、未来人との遭遇おめでとうよ佐々木。
お前はこれで二人目になるかな。俺は三人目だよ。
「次に会うときに、藤原くんを問い詰めねばならないようだね。そうした事態だったのだろう?」
多分な。だが誰が糸を引いてたのか、正直わからんぞ。
「そうかね。
 ……ところでキョン、気づいていたかい。あの子が最後に、君と僕の名前を呼んだことを」
できれば聞き違いと思いたいがな。やっぱりお前も気づいてたか。
「あの子を送り込んだ誰かが教えたのだろうから、別に不思議はないのだけれど、
 君も僕も、あまり下の名前で周囲に認知されてはいないからね。これからもそれはあまり変わらないとなれば、
 やはり、僕らの近しい人間が今回の一件に関わっている可能性が、一層高くなるということだろうかね」
かもしらんな。
「……しかし何のためにこんなことをしたのだろうかね。過去に来たにも関わらず、あの子は、
 ただ普通の子供のように僕と君と遊んでいっただけだった」
なんか必要だったんだろうよ。俺も空き缶しこんだりメモリーチップ探したり、訳わからんことをやらされたんだ。
「……この場合、必要というのは、あの子にとってではなく、僕らにとってさっきまでの行動が、
 未来に行う何かのために必要だったと考えた方が自然じゃないかね?」
どうだろうな。俺も明日朝比奈さんに聞いてみるつもりだが、多分「禁則事項」で教えちゃもらえんだろうぜ。
未来ってな、そういうものらしい。
「なるほどね。ならば、あるがままに受け止めて、そのままにしておくしかない、ということかね。
色々と納得いかない気分ではあるが、一日の楽しい経験だったということにしておく他ないようだね」
ああ、そうしてもらえると助かるぜ佐々木。
「……大丈夫かねキョン。見たところ、あの子が行ったことで、僕より君の方がダメージが大きいようだが」
大丈夫。俺なら大丈夫だから。
「そうかね。では、当初の予定通り買い物に行こうじゃないか。君も確か、服を買いに来たのだろう」
そういって佐々木は俺の手を引いて歩き出した。そうだな、そうしよう。
秋の夕方は急速に冷え込む。ついさっきまでは、暖かいもこもこした奴がくっついていたせいか、気にもならなかったのに。
その隙間を埋めるように、肩が触れ合うほどの距離に佐々木が身を寄せてきた。色々気遣ってもらってすまんな。
「キョン、もう一つ、合理的な説明があるように思うんだ。
 未来の僕たちが、あの子を僕たちのものに送った、というのは、一番説明がつきやすいんじゃないかな。
 あの子が誰に似てるかようやく分かったよ。君の面差しと共通する所があったんだ」
そうかぁ? 俺は似てるってんならむしろ、頬とか目が佐々木によく似てたような気がするぜ。
「……くっくっ。まあ、そういうことにしておこうか」
夕暮れの街で、やけに嬉しそうに、佐々木は微笑んだ。


翌日、遅刻ギリギリに登校すると、谷口のバカが俺の顔を見るなり一直線に向かってきた。
「ようキョン、お前がまさか子持ちだったとは知らなかったぜ!」
は?
……おい、まさか昨日繁華街に出かけてたとか言うなよ。
「いや、お前が涼宮とか美女に囲まれてるのを羨ましいと思ってたが、まさか既に本妻と子供までいるとはな。
高校聖夫婦ってか。子育てと学業の両立ってどうなんだよ、え」
お前、いとうまい子と鶴見辰吾って、いつの時代のTBSドラマだよ。
ってかちょっとは考えろ。資産家の息子でもないのに、子供がいて高校生でバイトもせずにSOS団の活動に
身をささげてるわけないだろうが。ありゃ知人の子供預かってただけだよ。
「え、でもお前のこと「パパ」って言ってたぞ」
あの子の口癖みたいなもんなんだよ。大体彼女すらできない俺に子供がいる道理がなかろう。
「まあ、言われてみれば、そう考えるのが普通か。ちっ、つまんねえ」
勝手に誤解して面白がるな。
「涼宮とかに話したら、随分面白がってたけどな。ま、後で誤解だったって言っといてくれ」
イマナントオッシャイマシタカタニグチサン?
「いや、キョンが繁華街で子供と若奥さんつれて楽しそうにしてるの見たって言っちまったんだ。
 ま、アイツも本気にはしてなかったみたいだけどな、おっとそろそろ授業だぜキョン」
そういえばさっきからハルヒの姿が見えなかったんだが。
足音高く近づいてくるのは、あれは一限の数学の先生ではなく、
物凄い視線で俺をにらみつけてるハルヒと長門じゃあありませんか。
その後ろにいるのは顔面蒼白な朝比奈さんと、遺書を書き終えた後のような顔の古泉じゃあありませんか。
お、俺は無実だ。無実なんだハルヒ。
お子様よ、また来るって言ったろう。今すぐここに来て、俺の無実を証言してくれ。
少なくとも朝比奈さん達に責任の半分はある、くらいは言ってくれ。
アイスなら、ハーゲンダッツの一番高いのを箱ごと買って用意するから。


結局、一月ほどクラスでの俺のあだ名が「高校聖夫婦」となり、古泉は2週間ほど「親類の葬儀ほか」で
SOS団の活動を休んだ。
ちなみに朝比奈さんはやはり「ごめんなさいごめんなさい禁則(ry」で、
何故か長門も一月ほど口を聞いてくれなかった。
エリエリレマサバクタニ。そんな台詞が口癖になりそうな今日この頃である。

それと、佐々木の方では、ボロボロになった藤原が、
「キョウカラボクノコトハ「ラブリー☆ポンジー」トヨンデクダサイ」
と虚ろな目で垂れ流すようになってた。
お前も存外容赦ないな、佐々木。

                                                 おしまい

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最終更新:2007年11月05日 21:48
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