修学旅行3日目午前8時55分。俺はあのロビーにいた。
ちょっと早すぎたかもしれない。
仕方ないだろ。待たせるわけにはいかないじゃないか。
なんたって罰ゲームにしても俺にとっての初デ・・・いや、これは違うよな。
15分程一人で意味の無い言い訳をしながら待っていると佐々木が走って来た。
「待たせてすまない、キョン!」
可愛い。ものすごく可愛い。
「お、遅れて申し訳ない」
息を切らせながらも、佐々木は遅く来たことに対して再び謝罪の意を示してきた。
いや、まだ待ち合わせの時間まで20分近くあるけどな。
「待たせることにより相手の人生の時間を奪うというのは心苦しい限りだ」
気にすんな。そんなに待ってねーよ、と言ってやると、
「ありがとう」
と天使の微笑みで返してくれた。
…
数秒後天国から意識を回復させた俺は、そっぽを向きながら――言った。
「服・・・似合ってるぞ」
「この制服がかい?」
そうだな、制服だったな。
俺は今の発言を後悔したが、どうやら佐々木は照れているらしく顔を赤くして横を向いてしまった。
はたから見ればあっち向いてほいで二人ともジャンケンに負けたような不思議な状況が出来上がっている。
ちなみに、ここで弁解する必要もないとは思うのだが佐々木の名誉のために言っておこう。
佐々木は普段はもちろん私服を着ているし、服のセンスもいい。
ただ、今は修学旅行中であり一般の公立中学では私服携帯が許されていない。
それで佐々木は制服を着ているのだ。
俺はいったい誰に弁解しているのだろ――
「・・・ょん?キョン」
あ。
「どうかしたのかい?」
「いや、何でもない」
「そうか。それは何よりだ」
「あぁ」
「・・・・・・」
そこでまた会話が途切れた。普段ならこんなことはないのだが、間がもたん。誰か助けてくれ。
俺の神に祈るような願いが通じたか、偶然後ろから歩いてきた女子集団が声を掛けてくれた。
そう、昨日佐々木と一緒にいた集団だ。
『あ~、二人も今からお出かけ?』『佐々木さん、頑張るのよ?』『いいなー、私にも春が来ないかしら』
と口々に言うと、ここからすぐに去らねばならない理由でもあったのか、
こちらの返答を待つ間もなく手を振って外へと出て行った。どうやら彼女たちは団体で行動するらしい。
ちなみにどれかの声に対して佐々木は一生懸命にコクコク頷いていたのだが、それが何だったかはわからん。
俺は3番目の女子に『今は春じゃないか』と、心の中でツッコミを入れていたからな。
「あー、すまんな。佐々木もあいつらと一緒の方が良かったろ?」
「いや、僕は・・・」
しばらく間を開けて、
「僕は君と一緒にいた方が居心地がいい」
「そか」
「・・・・・・」
また長い沈黙。しかし今度の沈黙は先程のように嫌なものではなく、佐々木も心なしかうれしそうに見える。
さすが持つべきものはクラスメイトだ。感謝しよう。
何分そうしていたかわからない、ひょっとしたら数十秒だったかもしれないが。
時間なんてそんな曖昧なもんだろ?
どちらからともなく口を開くと、
「それじゃ、行くか」
「うん」
と言って二人で歩き始めた。
しかし・・・うん。なんて言う佐々木は初めて見るな。初々しい。
俺たちは自動ドアを通って外へと踏み出した――
『まったく。世話の焼ける』『佐々木さん、思ったより奥手ね』『あら、そこが可愛いんじゃない』
外の植木から音がした気がするのは、
多分風のせいなんだろうね。
最終更新:2007年11月14日 02:01