9-205「パーティー前半」

「今日はキミをパーティに誘おうと思っているのだ」
 佐々木は電話口でそう言った。なぜだか、意地悪げに微笑む中学時代の佐々木を思い出した。
 一体、どういう風の吹き回しだ。
「どういうとはどういう意味だい?」
 中学時代のお前は、他の人間と連んで騒ぐということはあまり好んではいなかった。誘われて、お義理に参加することはあっても、自分で主催するようなタマじゃなかったはずだ。お前は理性的な人間だ。すべてが打算だとまではいわないが、何の理由もなしにそんなことをするとは思えない。何か、反論あるか?
「ないね、まったくない。もちろん、僕は理由があって僕には似合わない行為をしているのさ。キミの僕に関する見方はまったくもって正しい、中学時代より1年以上が経過して、親友に正確に僕が把握されているというこの事実を僕は喜んでいいのだろうか、それとも悲しむべきなのか、なんとも、名状し難い気分だね」
 では、聞かせて貰えるか、何が狙いだ。その狙い如何によっては協力することもやぶさかではない。
「ん? これは聞き捨てならないね、キョン。それは僕に理があるのなら、涼宮さんではなく、僕の味方になってくれるということなのかな? もし、そうなら嬉しいね。天にも昇ろうとはこんな気分を言うのかな」
 俺が態度を決めるのは、お前が理由を話してからだ。話は聞こうじゃないか、すべてはそれからだ。それと、言っておくが、俺は橘や藤原、そしてあの九曜など、お前を取り巻く怪しい連中をこれっぽっちも信用していない。お前の言動の陰に奴らの姿を感じ取ったら、俺はそんな企てにまったく協力する気はない。
 俺のありったけの不信感を込めた発言に、佐々木は、こらえきれないようにくくくと声を漏らした。
「僕の話を聞く前に、そんなことを言っては僕が彼らの存在を隠蔽するとはキミは思わないのか、まったく人がいいのか、悪いのか、判断が付きかねるね」
 思わねえな。ちょっと、気に障ったので、声に力を込める。
 お前が俺を騙して担ごうというんなら、もうお前は、もっともらしい理由を告げている。そしたら、俺はほいほいと騙されて、中学時代の掛け替えのない友人をひとり永遠に失い、中学時代の思い出の多くを失うことになる。それでお前がいいんなら、もう、それでいいよ。……それだけの話だろ。
「……すまない、調子に乗ってしまったようだ。そして誓うよ、僕はキミを裏切らない、僕はキミとの間の友情を失うようなことをしない、僕の意志と責任の及ぶ範囲で、僕はそれを守る。そして、件のパーティのことなのだが、僕はキミを含めたSOS団の面々ともっと深く友誼を結びたいのだ。キミに小細工を仕掛けても仕方がないのではっきりというが、僕は涼宮さんに興味がある」
 佐々木、お前が男に興味がないのは知っていたが、もしかして……。
「キョン、キミは今、僕の性的嗜好に関して、極めて失礼な想像を持ったね。もちろん、それは間違った感想であるのは理解しているね。僕は異性愛者(ヘテロ)だ。それはキミが一番知っていると思っていたのだが……ん、いやいい。話を戻そう。とにかく、僕はキミたちSOS団ともっとコミュニケーションを取りたいのだ。そのためには、一緒に行動する機会を持つのが最善手だと僕は結論した。こういう時にどうするのか、いろいろ考えてみたのだが、ここは、やはりスタンダードにいこうと思う。それで、パーティだ」
 なるほど、理には適っている。だが、大きな問題がひとつある。
「なんだい、よければ教えてくれないだろうか。対処できるかどうかは聞いてからでなければ、確約はできないが」
 面子だよ、メンツ。あんまり、こういう事を言いたくはないんだが、お前ひとりなのか? 橘たちとは俺は友情を結びたいとは正直思っていない。
「むむむ、それは問題だね、できれば彼女たちも、と考えていたのだが、それではキミの協力が得られないということなのかな」
 正直、あいつらとの付き合いは考えた方がいいと思うぞ。頭のいいお前のことだから、騙されるとか、そういうのはあまり心配していないが、少なくとも俺の気持ちはすでに伝えた通りだ。
「それでは、手始めに今回は僕ひとりがキミたちのイベントに参加させて貰う形を取った方がいいのかな? それならばキョン、キミは僕に協力してくれるね」
 ああ。一応は、な。お前との友情も大事なことだ。お前がハルヒと仲良くしたいというのなら、俺もその方がいいと思う。ハルヒがお前に興味を持つかどうかは知らんが、まぁ多分、大丈夫だろう。
「それでは、僕のデビューについてキミの知恵を借りたい。さ、何をしようか……」


「それで、まず僕に相談してくれるというわけですね、これは光栄だ。あなたに対し、僕が友情を示し続けていた甲斐もあったというものです」
 大仰な身振り手振りで感謝を示す二枚目役者の前に、俺は自販機で買ったコーヒーの紙コップを置いた。
 お前の友情云々は横に置いておいてだな。大意はその通りだ、お前の知恵を借りたい。ちなみに、そのコーヒーは奢りだ。
「いただきましょう。佐々木さんが涼宮さんと交流を持ちたがっている。それは、『機関』として頭が痛いでしょうが、僕個人としては歓迎すべきかもしれません。協力しましょう。腹案もないわけではありませんし」
 やけに話が早いな。『機関』はダメでお前はいいという、その理由、聞かせて貰っても構わんか?
「そうですね、もとより『機関』の僕が所属する派閥は“障らぬ神には祟りなし”というポリシーであるのは、すでにご存じかと思います。いろいろ内部闘争もあるのですが、その辺りは、あなたも興味はないでしょう。どちらにせよ『機関』の大勢は現状の維持を最優先にしています。この点については長門さん、朝比奈さんとのコンセンサスも恐らくは取れていますので、SOS団の周辺を固める各勢力の統一見解、そのように捉えて頂いて結構でしょう」
 曖昧に肯く。どこまで本当だかはわかりはしない。親が心変わりすることはある。それはこれまで、長門やこの古泉が何かにつけて仄めかしている。だが、今はまだそうではない。今はまだその言葉を信じるしか仕方がないのだ。
「そして、ここに新たなる異分子として佐々木さんが登場です。新入生相手の部活説明会の時にも言いましたが、依然涼宮さんは彼女に対する態度を決めかねています。もちろん、もう二度と会うことはないかもしれませんしね。だが、彼女自身が接触を求めているのなら話は別です。僕やあなたの介在しない所で、彼女たちが二度目の遭遇を果たしてしまう可能性はある。それくらいなら、こちらのお膳立ての上で、接触して貰った方がずっと安心できる、そうではありませんか」
 確かに、その通りである。同意を示す。
「僕たちは佐々木さんと涼宮さんとが接触したところで、世界が滅んでしまったりはしない。そう、確信しています。まぁ涼宮さんを信じている、そう言ってもいいでしょう。ですが、『機関』は、そこまで彼女に信頼を置いているわけではありません。よって、波風を立ててくれるな、というのが本音でしょう。『機関』は歓迎しかねるというのはそういうことです」
 理に適っているな、納得するしかないようだ。それで、お前の腹案とやらはなんだ。
「親交を深めるのなら、同じ物を食べるのが古今からの習わしです。我々もそれに習うとしましょう」
 だから、結論を言えよ、結論を。
「野外でのバーベキューパーティはいかがですか。季節は初夏、野外で過ごすには丁度いい時期と言えます。悪くないアイデアであると、自負する所なのですが」
 なるほどな、本当に悪くないアイデアだな、それは。
「日本にはホームパーティという習慣が根付いているとは言えません。よって誰かの自宅では、その家の方に大きな迷惑を掛けてしまいます。鶴屋さんのように、それを迷惑とは考えない方も多くいらっしゃいますが、誰かのテリトリーといえる場所で、対等の友好というのも考え物です」
 そこで、誰の場所でもない、野外というわけか。
「ええ、ちょっとお金を出せば、網や鉄板、炭などの用具を貸し出してくれる所も多いですし、現にほら、以前に幽霊探索に行った河原、あの辺りにも公営のそのような施設があったはずです」
 そうだな、いいんじゃないか。よし、その路線で企画を立てよう。用具の手配は任せてもいいか。佐々木と連絡を取って問題なければ、ハルヒに通してみよう。
「仰せのままに」
 そう言って、古泉は新川さんに弟子入りしたかのように慇懃に礼をした。そういうの板に付きすぎだぜ。将来はホテルマンにでもなったらどうだ?
「それも、視野に入れていますよ。もちろん」
 それには答えず、俺は携帯を開いて、佐々木の番号を押した。佐々木の反応はすばやくワンコールの内に電話は繋がった。
 ……と、まぁこういう訳なんだが、お前の意見を聞かせて欲しい。
「……すばらしいね、よいアイデアだと思うよ、さすがはキョンだ。それで、僕は何をすればよいのだろう」
 いや、アイデアの出所は古泉なんだがな。うん、それでだな。お前は……。
 佐々木のスケジュールを押さえ、当日の下準備について簡単に打ち合わせをする。さて、残るは大本命、涼宮ハルヒの攻略だ。


 ひとつ、企画があるのだが、俺はそう切り出した。
 そして、それこそが最大の失敗だった。
「ふぅん、一応聞くだけは聞いてあげるわ。ただし、もし、つまらないこと言ったら、罰ゲームだからね」
 あ、やばいとは思ったんだよ、これは。俺の言うことをハルヒがまともに聞くはずがねぇってことに、俺はもう少し、思い至るべきだった。
「……へぇ、キョン、あんたにしてはなかなかいいアイデアじゃないの。それで、何でそんなことするの?」
 へ? いや、そのやってみたくはないか。
「うん、悪くはないわ。だから、なんであんたがそんな事言い出すのか、あたしはそれを聞いてんのよ。あんたが、ただ思いついて、それをこんな風に理路整然とあたしに説明できるなんて、あたしは信じないわよ。狙いをいいなさい」
 そういって、ハルヒは、おもちゃを見つけた猫のような目つきをした。
 ああ、話したさ。話して何が悪いってんだ、中学時代の旧友が、お前と友誼を結びたがっているってな。佐々木の名前を出した所で、ハルヒは口をアヒルのようにひん曲げた。
「なに、それ。なんで、あたしがあんたの昔の女に紹介されなくちゃなんないわけ」
 佐々木と俺はそんな関係じゃない。中学高校と俺は何度、このセリフを言ったんだろうな。そして、これから何回言うんだろう。
「……………………あたし、トイレ」
 俺の言葉は聞き流し、ハルヒはがたりと席を立った。
 ハルヒが席を外した途端に、部室の隅でおろおろしていた朝比奈さんが、お茶を持ってやって来た。
「キョンくん。ダメですよ、あんな言い方しちゃ」
 じゃあ、どんな言い方すりゃいいんです? 朝比奈さんの煎れてくれたお茶をいただきながら、俺はそういった。
 いや、八つ当たりだな、こりゃ。
「すいません。ハルヒがあんな反応をするとは思わなかったもんで」
 まったく、なんで、あんなに苛立ってるんだ、あいつは。もしかして、アレかアレなのか?
 朝比奈さんは、可愛らしくため息をついて、言った。
「別の女の子の名前出して、デートに誘われて、喜ぶ女の子なんていません」
 俺はデートになんか誘っていませんがね。
「キョンくん企画のイベントなんですから、涼宮さんからすればデートも同じです。まったく、長門さんの時といい……」
 部屋の隅、いつもの場所に座っていた長門から、季節外れのブリザードが吹いた……ような気がした。いや、気のせいではないかもしれない。朝比奈さんも背中に氷を入れられたようにびくりと、背をのけぞらせる。
「……ひゃい。と、とにかく、キョンくん。その佐々木さんが涼宮さんと」
 ああ、それは本当だし、本気だと思います。
 はぁ、朝比奈さんは、ため息をつき、何度説明しても足し算がわからない生徒を見る家庭教師のような表情で俺を見た。なんだ、この居心地の悪さは。
 俺は歩き慣れた道が、いつの間にか地雷原に変わってしまったかのように、部室の中で立ち往生していた。

 十分後、ハルヒはトイレから戻り、ひどく不機嫌な顔で、俺にバーベキューパーティ企画の了承と進行を告げた。

 団長のOKが出たのなら、後は粛々と進行させるだけだ。スケジュールを確定し、会場となる河原までの移動経路や当日の手続きを確かめ、その近所で食材や飲み物などが購入できるスーパーマーケットやコンビニを探しておく。IT技術の進歩ってのはすごいね。地図付きで、ここらへんの店のマップを作るなんてあっという間だ。そんなわけで、前日までは特筆すべきイベントは発生しなかった。
 ああ、ちなみにハルヒはなんとなくずっと不機嫌だった。ただ、その不機嫌さは、俺が古泉にイヤミをいわれるほどじゃなかった、とだけ記しておこう。


 懇親会兼バーベキューパーティ前日。
 明日に備えて、本日は食材その他の買い出しである。買い出し担当は俺、ハルヒ、長門、佐々木。ちなみに内訳を正確に記すならばこうだ。

荷物持ち担当:俺
サイフ兼食材選択担当:ハルヒ
食材管理および貯蔵担当:長門
オブザーバー:佐々木

 そう、俺たちはいつもの北口公園で学校帰りの佐々木と合流し、一緒にスーパーマーケットへと向かっていた。
 待ち合わせ場所に現われた佐々木は完璧な微笑を顔に湛えて、明朗快活に俺たちに向かって挨拶した。
「皆さん、キョンから話は聞きました。部外者である私のために無理を言ってごめんなさい」
 先手を取られた以上、ハルヒも黙り込むしかないわけで。
「いいのよ、佐々木さんとはまた会ってみたかったの」
 ハルヒは、いつもの8割程度の笑顔を見せた。なるほど、佐々木への態度を決め兼ねているというのはこういうことなのか。
「涼宮さんにそう言ってもらえると助かります。もちろん、今日は私の方でも軍資金を用意してきました。え~と、会計担当はどなたなのかしら」
 ハルヒは、苦笑して、
「佐々木さんはゲストなんだから気にしなくていいわ。新学期はじまったばかりで、団の活動費には余裕があるから、普通にワリカンで払って貰えれば十分」
 ゲストだっつぅんなら、普通ロハじゃねぇのか?
「バッカねぇ、あんた。自分が言い出したイベントで、そんなことまでされて、遠慮しないでいられるわけないじゃない」
 そりゃまぁそうか。ワリカンなら払った分は喰わないと損になるからな。
「そうよ、佐々木さんとは同い年なんだし、あたしは貸し借りのない関係を築きたいのよ」
 ハルヒにしてはまともなことを言った。花マルをやろう。
「いらないわよ、そんなの。……あ、けど、そうね。代金代わりに、佐々木さんに昔のキョン話でもしてもらおうかしら。コイツに言うことを聞かせられるような、恥っずかしいヤツがベストね」
 残念でした。お前じゃないんだ。俺にはそんな弱みになるような過去はありません。
「ほう、キョン、そうなのか。それは僕の記憶と少し、食い違うような気がするね」
「それよっ! あたしが知りたいのは、そういうネタ」
「止めろ、佐々木ぃ」
 佐々木はそんなやり取りを見ながら、くくくと細い笑みを漏らした。なんというか二匹の子猫がじゃれ合っているのを偶然見たというような瞳で。


 そんな、こんなでスーパーマーケットに到着である。とりあえず、カートを繰り出す。向かうはもちろん精肉売り場だ。こちとら、万年欠食少年少女だぜ。
「佐々木さんは、何か食べられないものってあるの」
 ハルヒは佐々木の食の好みを聞いていた。なんとまぁ、殊勝なこともあるもんだ。
「特に、これといって食べられないもの、苦手な物はないわ、いえ、これから出会う苦手な食材もあるかもしれないから、断言はできないのだけれど」
 まあ、佐々木が何かの食物アレルギーがあるとは聞いていないしな。給食の時はなんでもよく食ってたしな。
「あんたには聞いてないわよ」
 牙をむき出しにして、ハルヒは噛みつくように言った。ったく、なんなんだ。
 まぁ、俺の意見が自動的に却下されるのにはこの一年でとうに慣れたがね。
「それじゃ、何にしようかしらね」
 そう言って、ハルヒは辺りを見回した。焼いて料理する物なら、何でもいいだろう。とりあえず、牛肉だな。目に付いたパックをひとつ取り上げる。
「バッカね、何やってんのよ」
 肉を見てるんだが?
 答える俺を無視して、ハルヒはその牛肉パックを俺の手から奪い取って元あった場所に置いた。
「そんなの、見りゃわかるわよ、このスカポンタン」
 なんなんだ、一体。
「キョン、どうやら、涼宮さんはタイムサービスを狙っているようだね。周囲の奥様たちを見てみるといい」
 たしかに、買い物カゴやら、エコバックやらを提げた奥様、おばさまたちが手持ちぶたさに辺りをうろついている。時刻は直に19:00を回る、このスーパーマーケットの閉店時間が確か20:00だから、そろそろということなのか。
 しばらくすると、店員がやって来て、値段を打ち直していく。あ、さっきのパックが100円下がった。その瞬間、ハルヒが動いた。即座に先ほどのパックと、焼き肉用の大盛りパック、牛カルビ、豚ロース、Pトロ、焼き肉用の加工肉辺りをかき集めてきた。奥様たちも、ハルヒの動きを契機にショーケースに群がりだした。
「大漁、大漁。見なさい、キョン。これだけ買って、あんたが最初に取った牛肉パック分以上は出てるわよ」
 え~と、こっちが100円引き、あっちが150円引き、こっちが200円引き、こっちが……なるほど。これが奥様お買い物術か。
「すごい、涼宮さんは買い物上手なのね」
 佐々木が感心したようにそう言った。
「私だと、逆にタイムサービスは避けちゃうかもしれない、あんな風に殺気立っている場所になんか、踏み込めない」
 褒められてるんだか、どうなんだか、ハルヒはいつものように仁王立ちになって胸を張った。
「あたしは、勝負事に負けるのが、大嫌いなの。どれを買うかはさっき、ざっと見て決めてたしね。目当てのヤツが全部買えてよかったわ」
 とはいっても、肉だけじゃ味気ない。次は野菜か、魚か、それともソーセージとかの加工品に行くか?
「そうね、魚なら、ホイル焼きにするのがいいかもね。タラの切り身か鮭の切り身でいいのがあったら、買いましょ」
 ふむふむ、長門はなんか欲しい物あるのか?
「…………………」
 特に意見はないようだな、じゃあ任させてもらうぞ。
「…………………」
 ん、了解だ。なら、肉はもういいな。
「キョン、キミは今ので、コミュニケーションが取れたのか」
 驚いたように、佐々木が俺に声をかけてきた。
 こう見えても、俺は長門の表情を読むことにかけては、北高一を自負してるんだ。
「ほう、何であれそれだけの自信がもてるのなら、大したものだ。ところで、キョン。その長門さんだが、彼女もかなりストレインジな感触を受けるのだが……」
 まぁ、あんまり大きな声じゃいえないが、宇宙産だよ、九曜とは別口だがな。
「なるほど、ね。これが宇宙人的感覚か、覚えておくとしよう。なるほど、やはりSOS団は僕にとって、とても有為な集団であることがわかった」
「キョン、何やってんの!!」
 ハルヒが、目を三角形にして俺を呼ぶ。その両手には、魚の切り身やら、野菜やらが満載だ。がらがらとカートを押して、ハルヒの所へ向かう。
 そんなに野菜を買い込んで、カレーでも作るつもりなのか?
「それも悪くはないけれど、バーベキューとカレーじゃちょっとヘヴィじゃないかな」
 佐々木が俺の気持ちを代弁した。
「なに、あんたカレー食べたかったの? 鉄板焼きならニンジン、キャベツ、タマネギ、ジャガイモってとこでしょ。串焼きならピーマンにパプリカもほしいわね」
 佐々木が得心したかのように肯く。心なしか瞳に尊敬の色が浮かんでいるように見えた。
「なるほど、カレー粉を入れればカレーになってしまいそうだ」
 ここで反応したのはハルヒだ。
「佐々木さんの家ってカレーにパプリカ入れるの?」
 パプリカと赤ピーマンってよく似てるな。何が違うんだろう。
「手元にある時は使ったりするみたいね。必須というわけじゃないみたい。甘くて、ちょっと面白い触感だったけど、カレーには合わないように思うわね。やっぱり、ピクルスにして付け合わせがいいんじゃないかしら。あ、串焼きにして焼くのは賛成」
 そのまま、佐々木は、野菜コーナーに置かれている大きな赤ピーマンを指さした。
「ちなみにキョン、パプリカというのはアレのことだ」
 知ってるよ。そのくらいは。
「ピーマンとパプリカはどちらもナス科、トウガラシ属の植物で、キミの考えていた赤ピーマンは、青ピーマン、いわゆるピーマンをよく熟成させたもので、本質的には同じものだ。パプリカもピーマンの仲間だがより大型で肉厚だ。加熱調理すると色鮮やかになること、酢に合わせても退色しにくい事から、サラダや炒め物の色合いとして、あるいはピクルスにもよく使用される」
 なるほど、赤ピーマンとパプリカの違いについてはよくわかった。ところで、なんで、俺がそんなことを考えているとわかった?
「そりゃあ、キミがきょとんとした顔をしていたからさ。まったく、キミは変わらないな。覚えていないか、それとも理解していなかったのかな。数学の例題を前にして、キミはよくさっきのような顔をしていたのだ。そんな顔の後にキミの言う“うん、わかった”は大概、“よくわからん、聞いてなかった”という意味だった。そこで、僕は考えた。キミはおそらくパプリカという野菜が何であるのかは知っているだろう。だとすると、パプリカについて考えた時に連想したことを取りとめもなく考えているのだろう、そう僕は結論した。そこで、赤ピーマンとパプリカの違いについて話してみたということさ。どうやら、当たっていたようだね。一年のブランクがあったが、僕のキョン観察技能はそれほど衰えてはいないようだ」
 そういって、佐々木は悪戯小僧が種明かしをするような、得意げな顔でくっくっと笑った。
「キミが長門さんのエキスパートであるように、キミの表情を読むことにかけては、僕もエキスパートである自負があるのだよ。ああ、もっともプロフェッショナルであるキミのお母様には敵わないだろうけどね」
 くそ、なんか恥ずかしいぜ。
「ちょっと、早く来なさいよ!」
 ハルヒがまた、俺を呼んだ。今度は調味料売り場に行くらしい。追いつく途中で、ハルヒがハタと気が付いたというように、ぽんと両手を打ち鳴らして振り向いた。
「今日は有希んトコで、みんなで夕食食べましょう。野菜や肉の下ごしらえもしたいし、そのついでに夕食も作っちゃいましょ」
 ほう、ハルヒにしちゃ悪くないアイデアだ。佐々木、どうだ?
「親交を深めるのは明日だと思っていたけど、予定の前倒しというのも悪くはないね」
 長門? 大丈夫か?
「…………いい」
 よし、決まりだ。ハルヒ、メニューどうするんだ?

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最終更新:2007年07月20日 07:48
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