26-121「佐々木さんの、子猫の目の日々4」

佐々木さんの、子猫の目の甘い日々4
Der Mechanismus der Catzen.Auf welche Weise funktionieren Die? 
というかマタタビ、マタタビ、マタタビの巻

今、ひと時の安らぎを求めて、帰宅路をのんびり歩いている俺は、SOS団所属のごく一般的な男子高校生。
強いていつもと違うところをあげるとすれば、 ポケットにマタタビが入っていることか……。

古泉が薦めてくれた、最初の1Pだけ読んだ漫画のマネはおいておくとして。
実際問題、俺のポケットには粉末のマタタビが入っている。ペットショップで数百円で手に入るものだ。
何のために買ったかといえば、
勿論こいつのためだ。
「やあキョン、おかえり。随分と寒くニャってきたね。風邪が流行っているようだから、
 外から帰ったらまずうがいと手洗いをしたまえ」
俺の部屋で、炬燵に入ってくつろぐ猫耳の佐々木、本人の希望するところの呼び方ではシャシャキ。
今日はことのほかご機嫌らしく、炬燵から覗くしっぽがリズミカルに踊っている。
なんか日に日に我が部屋でくつろぐ頻度が高くなってないかシャ……佐々木よ。
しかも問題解決のための努力を最近放棄してないか。
「さあ、半分は猫ニャので、そうそう複雑なことを求められても困るのだよ。くっくっ。
 まあ君に実害はかけていないと思うのだが、どうだろう」
いつもの笑顔で平然と返すシャシャキである。ああまただくそ。こっちも不本意ながら、
こいつが居座る我が部屋という状況に急速に慣れてしまいつつある。
自分の環境対応性がこういう時は恨めしい。SOS団で無駄に慣れてしまったからなあ、非常識な事態には。

しかし何時までもこのままではよろしくない。
健全な男子高校生には家人にすら伏せられるべきプライバシーな衝動が……いやそうじゃなくて。
ハルヒと顔を会わせても、何故か隠し事をしている気分になるし、気のせいか長門の視線が痛くて仕方ない時があるし。
そんなわけで買ってきたのがこのマタタビである。
誤解されることうけあいなので先に言っておくが、猫にとってまたたびは、沈静作用もあるのだ。
これで、シャシャキ化しているシャミを眠らせて、時間切れリングアウト勝ちを繰り返し、
佐々木に自分の体に戻っていただくよう遠まわしに実力行使するという、涙ぐましい作戦なのである。
確かにこの絵面は、コンパにコークスクリューをそ知らぬ顔で出し、さらに目薬まで入れるスーパーに自由な連中と
酷似していることは我ながら認めざるを得ない。だが、これはあくまで自衛手段であって、
そこに邪な感情は寸毫もない。眠った後のシャシャキをどうこうしようとかそういう考えはないんだ。ないんだったら。
「どうしたのだねキョン、入り口でずっと立っていられると冷えるだけだよ。早く炬燵に入りたまえよ」
無邪気に微笑むシャ……佐々木の顔に良心が僅かに疼くが、これもこいつ本人のためなのだ。
そう必死に自分に言い聞かせていると、佐々木が僅かに鼻をうごめかした。
「キョン。帰りに寄り道して買い食いでもしたのかな? 何か甘いような臭いがするのだけど」
「そ、そうか? 気のせいじゃないか」
鋭い。感覚器はシャミ並みか。
早速使ってしまおうかと思っていたのだが、これは隙を見つけるまで待つしかあるまい。
「そうかい。残念だニャ。最近特売チラシで、ペット用品大安売りが出ていたものだから、
劣情を持て余したキョンが、思い余ってマタタビを大量に買い込んで、僕を前後不覚に酔わせた上で、
思いのたけをありったけ肉体的にぶつけるというシチュエーションを想定していたのだが、
それも無駄となったか。
僕としても将来的にはそうした過激な方向もマンネリ化を防ぐためにアリだと思うが、
最初くらいは意識のはっきりした状態での方が望ましいと思うので、まあ仕方なしとするかニャ」
…………。
どこの三毛猫ホームズなんだ佐々木。動機と方向性は真逆だが、途中経過だけは全く推理の通りだよ。
この作戦もまた作戦だおれか。仕方あるまい。
ズボンのポケットに入れたマタタビは、後で捨てておこう。まあいい、どうせ数百円の出費だ。
ハルヒ達のコーヒーを一杯余計に頼んだと思えばいいさ。
鞄をベッドに放り投げ、炬燵に足を入れる。おお、暖かい。
まとわりつく佐々木の足を払いつつ、いつか聞いてみようと思っていたことをきりだしてみた。
「ところで佐々木……」
「シャシャキと呼んでくれたまえ、キョン」
ええい、畜生。
「し、シャシャキ、前から疑問に思っていたんだが、こんなに俺のところに入り浸っていて、お前自身の
生活は大丈夫なのか。ってか、お前がこっちにいる間、本体の方はどうなってるんだ。
また前の時みたいに意識不明になってるなんてのは勘弁してくれよ」
「ああ、それは大丈夫だよ。流石にこれ以上両親を哀しませるのは願い下げだしね」
そう願うよ。俺も短期間に2度も3度も入院したくないからな。しかしそうなると、お前の意識はどうなってるんだ。
「そもそもキョン、ここいる僕が、というか僕の意識が、君と同じ時間軸の僕だと、誰が保障したのかニャ?」
はい? なんだそりゃ。
「僕も完全に仕組みを理解しているわけではないのだけどね。
 大体のところ、僕の本体が眠っている間に、
 僕の精神はこのシャミくんの体を借りて、君の部屋にお邪魔しているようニャんだ。
 ところが、僕がこうしているのは殆ど放課後の時間帯で、勿論今の時間帯、僕は学校か、塾に行っている最中だ。
 だから、考えられる帰結としては、今こうして喋っている僕は昨日の夜の僕かもしれニャいし、
 或いは明日の夜の僕の意識なのかもしれニャい。先ほど広告のことを挙げたけれど、
 多分それを見たのが何日前か比べてみると、君の今と、僕の今がどれだけ違うか分かると思うよ。
 ねえキョン、時間というのは全く不思議なものだね」
不思議というか不可思議なのはお前のほうだ。
「僕本体に聞いても、多分今の状態のことはあいまいにしか覚えていニャいはずだよ。
 ただし、最近夢見がよいというか、良い夢としての時間をすごしているから、基本的に体調はすこぶる好調だけどね。
 くっくっ」
こっちでストレス発散して、いい夢みたで日常はスッキリってか。
まったく、何と言うややこしい仕組みを、こんなしょうもないことに使いやがって。
朝比奈さんとか長門が聞いたら、二人して目を回すぞまったく。
「キョン、僕にとってこの時間、君とこうしていられる時間は、何にもまして大切なものニャんだよ。
 だから、決してしょうもなくなんか、ニャいんだよ」
そ、そんな真剣なまなざしで見つめるな。思わずドキリとしたじゃないか。
猫口調と後ろで揺れる尻尾がなけりゃ、もう少しまじめに受け取ってしまう所だぞ。
「まあ、涼宮さんたちに、唯一勝る場所だしね。
 僕は割りと長い睡眠を取るほうだから、最長七時間はこの状況を連続して楽しめるわけニャのさ。
 意識だけの状態の1秒が、果たして現実の1秒と同等かという命題も未検証だけれどね。
 今度、どれだけ長くい続けられるか試してみようか」
試さんでいい、試さんでいい。
「そうかね。それは残念。
 まあともかく、今の状況を僕は充分に楽しんで、良きリフレッシュの場としているので、
 君もこの時間に楽しみを見出してくれることを希望するよ。くっくっ」
へいへい。まあ、お前の日常に負担がかかってないってんなら、それでいいけどな。
何かが解決したわけでもないんだが、佐々木の生活に害がないというのなら、
このへんてこりんな状況とも、まあ気長につきあっていきますか。
「さて、じゃ飲み物でも取ってくるわ」
「ああ、僕は暖めたミルクに蜂蜜を溶いたものがあれば嬉しいな。できればぬるめで」
ええい、注文のうるさいヤツめ。
炬燵から立ち上がったとき、姿勢の関係でポケットから何か滑り落ちた。
「おや、キョン、この袋は何かね?」
いかん! 今更になんってあんなもん見られては。
焦ったのがよくなかった。
とっさに足で踏みつけたビニールのパックはものの見事にずるりと滑り、
結果としてねじれちぎれて中身をシャシャキの方に盛大にぶちまけ、俺は盛大にすっころんだ。
「痛っ!」
「うにゃあっ!!」
軽くぶつけた頭をさすりつつ起き上がりシャシャキの方を見ると、なんだかうつむいて震えている。
すまんシャシャキ、大丈夫か? 
「き、キョン……」
いや本当すまん……って、シャシャキさん、あの、もしもし……
「ぼ、ぼ、僕は、僕はもう我慢できないニャーーー!!!」
いやあああああああ!!


翌日、SOS団の活動を休んで、俺は佐々木を呼び出した。
活動を休むにあたってハルヒは色々言いたそうだったが、俺の顔を見て余計なことは何も言わずに許可をくれた。
「やあキョン、どうしたんだね君から会いたいなどと……」
佐々木、お前に今すぐ伝えておかねばならんことがある。
いいか佐々木、親友として忠告する。飲酒だけはやめろ。
二十歳になろうと何があろうと、決して酒を飲んではいかん。マタタビ酒などもってのほかだ。
「ち、ちょっとキョン、どうしたんだい突然。それに、その顔は」
お前自身と、なにより周囲の人間の身の安全のために、酒は控えてくれ。頼む。
「……まるでライオンに襲い掛かられたような有様だよキョン。集団暴行でも受けたのかい?」
お前にやられたんだよ。この暴れ上戸め。普段のストレスを暴力で解消せんでくれ。
あ痛たたた。まったく、やれやれ。
                                                  おしまい

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最終更新:2012年07月24日 00:20
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