翌朝。金糸雀は薔薇学へと続く広い坂道を歩いていた。
登校の道中だった。ここを上りきると薔薇学の正門である。
周囲には何人もの薔薇学生が友人と談笑しながら、あるいは1人で、あるいは自転車で・・・と、それぞれに薔薇学を目指して歩いている。
「ふぁ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~あ」
同輩たちを眺めながら、金糸雀は生あくびをかみ殺・・・せていない。
さすがに今日は寝坊しなかったのだが、昨日もあまり早く寝たわけではない。
まだ眠気が抜けきらないまま歩を進める。
酸素が足りない。睡眠も足りない。また机の上で睡眠補給を行わねばなるまい。
今日の授業で、寝ていても先生が見逃してくれるようなものは・・・
眠い頭で記憶を探っていると、前方、登校する生徒たちの中に見知った姿を発見する。
長い栗色の髪を揺らす少女と、同色の髪をこちらはショートにまとめた少女。
翠星石と蒼星石の双子姉妹だった。

2人仲良く並んで歩いている。何やら話をしている様子だ。
「これは・・・ふっふっふぅ・・・いーこと思いついちゃったかしら・・・」
普段から何かと翠星石に虐げられている金糸雀である。
翠星石の背後というアドバンテージを得て、悪戯心がむくむくと持ち上がってくるのも仕方が無いといえば仕方が無い。
背後から無音で接近、いきなり首筋に飛びかかって朝の挨拶。驚かせてやろう。
まあ金糸雀における復讐心の発露といってもこの程度ではある。
彼女に暗黒世界の発想は無い。そしてそれゆえに翠星石に敵わないのだが。
そんなことは考えもしない金糸雀。早速イタズラを実行にかかる。
まずは気づかれないように忍び足で近寄っていく。

ところがその矢先、
「抜き足、差し足、忍び足~~~もげぶっ」
ずてん。
金糸雀は前のめりにすっ転んだ。
「い・・・いたいかしらぅ・・・」
打ったおでこをさすりながら、起き上がって足元を見るとジュースの空き缶(スチール)が転がっていた。
前方の2人を注視するあまり、気づかずに踏んでしまったのだ。
「それにしたって・・・何か、目に見えない悪意を感じるかしら・・・」
周囲の生徒からの視線や忍び笑いを身に受けながらも、金糸雀は標的への接近を再開する。
これしきでめげる金糸雀ではない。幸いまだあまり近づいていなかったため、双子はこちらに気づいていない。
先ほどの教訓をいかし、足元へも注意を払いながら歩き出す。

アスファルトで舗装された道路に、それほど転倒の脅威になりそうなものがあるとも思えないが、
金糸雀に限って言えば用心にこしたことは無い。
するとまさに、あった。12時の方向にバナナの皮を発見!
危ないところだった。このまま行けばまたも派手に転んで周囲に朝の話題を提供することになっただろう。予想では今度はパンツ丸見えで。そうはいくものか。
第二の転倒フラグを回避した金糸雀は順調に接近を続け、ついに双子を射程圏内にとらえんとする。
舌なめずりとともに、呪詛の言葉を口にした。
「覚悟するがいいかしら翠星石・・・日頃の恨み、晴らしてくれようぞぺっ!?」
とたん、目の前が真っ暗になった。
突如、どこからともなく飛んできた新聞紙が金糸雀の顔面に覆いかぶさり、その視界を奪ってしまったのだ。
「な、なにかしらこれは~~~~~~~~あべしっ!!?」
ごっちーん。
ぷしゅ~、と煙があがる。
突然のことに混乱した金糸雀は、足をもつれさせて路上の電柱に激突したのだった。
「・・・いたいの・・・かしら・・・」
そのまま後方へ倒れこむ。
再び風が顔の新聞紙を吹き飛ばし、目を回す金糸雀の顔があらわになった。

「お、おでこが割れそうかしら・・・」
またもおでこからの激突だったため、もはや真っ赤っ赤である。
こんな時のために常備してある冷却シートをおでこに張りながら、なんとか気力で立ち上がる。
先ほどより一段階増えた周囲の視線と失笑・苦笑に顔を赤く染めながらも双子の追跡を再々開。
「そ、それもこれも翠星石のせいかしら。カナに復讐を思い立たせるようなことをしているから、(自分が)こんな目に会うのかしら・・・!!」
正当なんだかよくわからない怒りのオーラを発しながら、ようやく何事も無く双子の真後ろまで近づくことに成功。
いざ飛びかからん、としたその時、双子の会話が耳に入った。

「・・・でも、金糸雀にも話した方がいいんじゃ・・・」
「・・・そりゃ、いずれわかることかも知れんですけど・・・」

え?

何のことだ?と疑問が頭に浮かんだその瞬間、
どごっ。
「へぶちっ!!」
どてーん。
金糸雀は双子の間から現れた物体に衝突、再び転倒した。
「か、金糸雀!?大丈夫かい?」
「な、何やってるですか?しっかりするですチビ金糸雀!!」
衝撃音に気づいた翠星石と蒼星石がこちらに駆け寄り、助け起こしてくれる。
「か、神様なんていないのかしら・・・」
「「?」」
双子は不思議そうな顔を見合わせている。


最終更新:2006年07月12日 15:23