気づけばここはもう薔薇学の正門だった。
2人の話に気をとられて、2人が避けた自動車の侵入防止用ポール・・・直前まで2人に隠れて見えなかった・・・にぶつかったのだ。そんなことってあるだろうか。
「よくわからないけど、ケガは無い?」
蒼星石が心配そうにこちらをのぞきこんでくる。さすが蒼星石。
さっきから痛いことばかりだったが、優しさが身にしみる。涙が出そうである。
「この歳になって年がら年中平地で転べるのは金糸雀ぐらいのもんです。ある意味感動的ですぅ」
翠星石が意地悪そうな笑みを浮かべてこちらを見下ろしている。蒼星石に比べてこの姉は・・・。
「だ、大丈夫かしら。ありがとうかしら蒼星石」
実際擦り傷などもほとんど無く、金糸雀は立ち上がって埃をはらうと蒼星石に礼を言った。
ついでに翠星石を睨みつける。

「一回転ぶたんびにケガしてたら今頃金糸雀は全身包帯のミイラ男です。心配するまでもないです」
金糸雀の無言の抗議を受けて、翠星石はしれっと言ってのける。おのれ翠星石。反論できないのがまた悔しい。
「・・・そ、そんなことより、2人はなんの話をしていたのかしら?」
転んだ気恥ずかしさをごまかすため、金糸雀は話題を変えた。
そもそも自分の注意がそれたのは先ほどの2人の会話内容のせいである。
そこでは自分の名前が挙がっていた。一体何の話だったのか、気にならないはずがない。
「話?」
「話って?」
翠星石と蒼星石が聞き返す。自分の転倒がインパクトを与えすぎたのだろうか。直前の会話を思い出せないらしい。

「だから、カナが転ぶ前の話よぅ。2人でカナ、じゃなくって、何か話をしてたようだけど・・・」
『自分のことを話していたようだが』と言いかけて、思い直してやめる。
相手の反応次第では内容について推測できるかもしれない。
「え、あ、ああ、話。話ね・・・」
「な、なんの話でしたっけね?蒼星石・・・」
きゅぴーん。金糸雀の目が光った。案の定だ。いくら金糸雀でもわかる。
翠星石はあからさまに目をそらしているし、蒼星石も動揺を隠しきれていない。
根が正直なのだ。翠星石の場合は単純なだけだろう。そういうことにしておく。
ともかく、2人は何か自分に隠している。
「ま、別にいーかしら。それより、そろそろ行こうかしら2人とも」
追求してもおそらく真相は得られまい。そう判断して金糸雀は二人を促す。
まだ授業までには時間があったが、ずっとここで立ち話というわけにもいかない。

「そうだね、行こうか翠星石」
「え、あー、そ、そういや金糸雀のせいで足止めくらってたです。えらそーに先導してるんじゃないです!」
「へーんだ、悔しかったら追いついてみるかしらー!」
あかんべーをしながら走り出す金糸雀。翠星石も挑戦を受けては黙っていない。
「待つですこのチビ金糸雀ぁぁぁぁ!!」と後を追って駆け出していった。
とりのこされた蒼星石はしばらく迷ったものの、やはり後を追うことにした。
いつも一緒に登校しているのだし、自分だけ歩いて行くのも翠星石をほったらかしたようであまり気分が良くない。
さらに翠星石と金糸雀では追いかけっこの勝敗が明らかである(第一脚の長さが違う)
追いついた翠星石が金糸雀にどんな阿鼻叫喚を執行するかもわからない。
やれやれ。肩をすくめながら、苦労性の妹は姉と友人の背中に呼びかけつつ、走りだした。
「待ってよー、2人ともー!」
やがて予鈴が鳴り響き、今日も一日が始まる。


最終更新:2006年07月12日 15:26