しょっぱなからの難問で机におでこを打ちつけた金糸雀だったが、気を取り直して他の解けそうな問題からとりかかることにする。
しかし解けそうな問題自体があまり多くない。ああ苦手科目。このままでは中身スカスカのやっつけ課題が一丁上がりである。
提出しても『再提出』の判をもらって帰ってくるだけだろう。出さないよりはマシだが、ばっちり点数はマイナスされる。
「ど・・・・・・どうしようかしら~~~」
もはや涙さえ滲んできた。世渡りに頭冴えわたり、時には危険な綱渡り。されどこなすは金糸雀の、策士たらしめるゆえんかしら。何かいいアイディアは・・・・・・。
そうだ。
真紅が駄目でも他の誰かに見せてもらえばいいのだ。
ターゲットを誰にするか、金糸雀は高速で思考を開始する。

まず雛苺。
廊下側最前列の席に座る彼女を見る。
可愛らしくカールした金髪と大きなリボン。いつもにこにこと微笑みを浮かべているその横顔が目に入った。今は行儀よく膝の上で手を揃えてH・Rを待っている。
意外にも雛苺は数学が得意である。
他の科目に関しては金糸雀とどっこいどっこいなのだが、どういうわけか数学に関してはクラスでもトップに近い成績を誇る。
課題も頼めば貸してくれるだろうし、内容もばっちりだろう。だが。
「うぅ・・・・・・それだけは駄目かしら・・・・・・」
金糸雀は雛苺をターゲットから外す。
プライドが許さないのだ。
幼いころから金糸雀は雛苺を(一方的に)ライバル視してきた。
自分の方が数ヶ月早く生まれているというのに大差ない身長に始まり、学校の成績、給食の早食い、ジャンケンくじびき肝試し。どんなことでも雛苺には負けまいと張り合ってきた。
ゆえに雛苺に課題を見せてもらうことなど、言語道断に論外だ。
(でもこの際、背に腹は変えられないかしら・・・・・・いやしかし・・・・・・敵に情けを受けるなんて、武士として許されないことかしら・・・・・・・うぅ・・・・・・)
首をぶんぶんと振って誘惑をはらう現代のサムライ金糸雀。

ちなみに何故金糸雀はそこまで雛苺に張り合う必要があるのだろう。
本人は無自覚だが、周囲の面々としては以前この問題が話題に上った際の、
「似ているからじゃないかしら・・・・・・どこが、とは言わないけれど」
という真紅の見解に対して全員一致で賛成、というか納得に至った。
それはさておき。

「やっぱり駄目かしら。こんなことでおばか苺の軍門に下るわけにはいかないのかしら!」
金糸雀はどうにか誘惑を断ち切り、次のターゲットに視線を移す。

左前方。頬杖をついて窓の外を見ているのは、窓際最前列の水銀燈だ。
開け放たれた窓から風がそよぎ、彼女の銀髪をさらっている。
ここからでは表情は見えないが、心なしかぼーっとしているように見えるのは、彼女が低血圧だからだ。朝は大抵あんな調子で、しかも決まって機嫌が良くない。
数学の成績に関しては、雛苺ほどでは無いもののかなり良い方だ。課題を忘れるタイプでもないが・・・・・・。
「絶・対無理かしら・・・・・・水銀燈に課題を見せてもらうなんて・・・・・・」
そんな恐ろしいこと、金糸雀でなくともできるはずがない。真紅とは違う理由(「どぉして私が、貴方に課題を見せてあげなきゃいけないのぉ?」)で、彼女もまた他人に課題を見せたりはしない。まして今の眠気が抜けきっていない水銀燈に、そんな頼みをすれば捕って食われかねない。
結論、触らぬ神に祟り無し。諦めて、水銀燈の後姿にそっと手を合わせる金糸雀だった。

続いてのターゲットは翠星石と蒼星石の双子コンビである。
廊下側の最後尾に蒼星石。その前に翠星石が座っている。
数学の成績は、蒼星石が真紅と水銀燈の次くらいでけっこう上位。翠星石の方は中くらい、平均レベルといったところか(それでも金糸雀よりは上なのだが)。
双子といえど内面は正反対と言ってもいい二人である。勉強の能力もまた、そっくり同じとはいかないようだ。
二人は金糸雀が来た時から、何やらずっと話しこんでいるようで、こちらの様子には気づいていない・・・・・・はずはない。流石にさっきの金糸雀の絶叫には気づいているだろう。となると意図的に無視しているのだ。
蒼星石なら少しはこちらを気にかけてくれているかも知れないが、翠星石がそれを「チビ金糸雀なんて放っておくです」とかなんとか言って無理やり会話を続けているのだ。そうに違い無い。
金糸雀がそう考えるのも、根拠となるだけの事例が過去に何度もあったからだ。例えばこの前も、

「宿題忘れたチビなんぞに蒼星石が見せてやる義理は無いですぅー。無論私の宿題も見せてやらんです。顔洗って出直してくるです」
「そりゃ自分でやるべきなのは確かだけど、翠星石だってたまに僕の課題写しもご「諦めて先生に叱られてくるですー。骨ぐらいは拾ってやるですから」
「私は蒼星石に頼んでるかしら!って言うか何で蒼星石を黙らせたかしらー!?説明を要求するかしらーー!!」
「や、やかましーですうるさいですぅ!!とにかく金糸雀に見せてやる宿題なんざ無いのです!!」
「最初っから翠星石なんてあてにしてないし、それなら自力でやった方がまだましかしらー!!」
「なぁんですってこのチビ金糸雀ぁぁぁぁぁ!!!」
「何なのかしらぁぁぁぁぁ!!!」
「む、むはひほほほひふひへ(ふ、二人とも落ち着いて)」

大体いつもこんな調子なのだった。
蒼星石だけなら課題を貸してくれと言えば断ってくることはない。
問題は翠星石がすぐそばにいることなのだ。
無意味な意地悪と毒舌にかけては薔薇学に並ぶもののいない翠星石。
そのディフェンスというかもはやオフェンスを突破しなければ蒼星石の慈悲を受けることはかなわない。
素直に頭を下げて頼む、という手段も存在するのだが、翠星石に頭を下げるなどまっぴらである。よって却下。
となると課題を借りるのはどちらからも事実上不可能ということだ。
「おのれ翠星石・・・・・・この恨みはいつかこっそり返してやるかしら・・・・・・」
勝手に未来予測で宿題を借りることに失敗した金糸雀は、思考のベクトルを翠星石への恨みと私的報復の手段へとシフトさせる。
自分がやったと気づかれず、それでいて効果が高いイタズラを仕掛けてやろう。封筒にカレーせんべいを詰めて下駄箱に入れておくとか、お弁当の中身を忠実に再現したレゴとすり替えるとか・・・・・・。
って違う。そうじゃなくて今は課題のことを考えていたのだ。
とりあえず思いついたイタズラはメモに残しつつ、次の標的をさがす。後は他に誰か・・・・・・。

・・・・・・クラス委員長の巴はどうだろうか。
金糸雀は教卓の前の席に座る艶やかな黒髪の少女――柏葉巴に視線を送る。
常に一歩引いた物腰でいるが、彼女はクラス委員として皆に信頼されている。
委員の仕事はしっかりとこなすし、性格は素直で、人あたりも丁寧である。
困ったクラスメイトの頼みなら聞いてくれないことはないだろうが・・・・・・。
「うーん、やっぱり駄目かしら」
彼女は一見押しが弱そうに見えて芯はしっかりしている。
そして優しい以上に根が真面目である。課題を見せてくれと言ったら、きっと困惑しつつも自分でやるべき旨を主張して、こちらを心から説得しようとするだろう。
その様子が手にとるように想像され、金糸雀は前方の巴に向かって思わず心の中で土下座した。
「あぅ・・・・・・向こうの方が気の毒で気が滅入るかしら・・・・・・」
まあ実際悪いのは自分なのだ。普段から彼女は厄介ごとを持ちかけられやすい。
せめて自分はそれに加担すまい。
その多くの厄介ごとの中に、普段の自分の行動が巡り巡ったものも多分に含まれている事実には全く気づいていない金糸雀だった。
さてこれで真紅、雛苺、水銀燈、翠星石に蒼星石、それに巴が駄目。
となると残るは・・・・・・。

そうだ、桜田ジュンがいた。
真紅の下僕。困ったときの桜田ジュン。(残念ながらこの呼称は『頼りになる』というニュアンスでは使われたことが無い)
彼なら、数学の成績も悪くはない。まあいい顔はしないだろうが、なんだかんだ言いつつも最終的には課題を見せてくれるだろう。そういう奴なのだ。ある意味真紅以上にややこしい性格をしている。
そのややこしい性格の主は何処、と眼鏡の少年の姿を捜し求めるが、どうも見当たらない。
彼の席は雛苺の隣、すなわち廊下側から二列目の先頭である。見てみると、
「鞄が無い・・・・・・ってことはまさか、今日は学校に来てないかしら・・・・・・?」
がくっ。全身から力が抜けた。こんな時に限って学校を休むなんて、あまりについていない。ひょっとして遠まわしな嫌がらせなのだろうか。
冷静に考えてそんなはずはないのだが、焦りと苛立ちが金糸雀の思考を不健全な方向へと加速させる。
今度テスト中に背後から刻んだ消しゴムで狙撃してやるかしら。見えない攻撃を受けて、テスト中なのに集中できない様子を先生に叱られるがいいかしら・・・・・・!
・・・・・・ってまたも思考が脱線しているではないか。今は課題を何とかしなければならないのだ。
しかしもはや誰の顔も浮かばない。
誰彼構わず課題を見せてくれと頼むのは気がひけるし、かといって誰かに見せてもらう意外もはや手段は思いつかない。
万策尽きたか・・・・・・・。
今学期は数学の成績を諦めようかと、金糸雀が悲壮な覚悟を決めようとしたその時だった。

Illust 1 ◆6tDSZ/8cEU 氏


最終更新:2006年12月13日 00:08
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