29-900「幸せな大学生活」

「涼宮さんも教授の所に質問に行ってから来るそうだよ」

佐々木は紙パックのジュースをゆっくりと机に置きながらそう言った。
遅くなりそうなら先に食わせてもらいたいね。昨日まともに晩飯を食ってない上に、朝飯だってバナナ一本だったんだ。

「朝もかい? 全く、髪にワックスを付けてる暇があったらおにぎりの一個でも作れただろうに」

冷凍した飯を解凍してたらワックス付ける時間より掛かるし、俺の場合ワックスったって寝癖直す程度にしか付けてないぞ。
第一、男の俺が身だしなみにかける時間なんて、そんなに長いわけ無いだろ。

「君の場合特にそうだろうね。でもそうしてもいいくらい、朝食をしっかり摂る事には価値があると言う事さ」

へいへいそうですか。まぁ明日からはしっかりその教訓を活かすとしてだな。
正直言ってこの『食べてくれ』と言わんばかりのオーラと湯気を立てているこのラーメンにもうそろそろ手を付けずにはいられないんだが。

「それは僕が決める事じゃないが、涼宮さんは先に食べてる君の姿を見てなんて言うだろうね?」

知らないね。もう我慢できるかってんだ。
俺は器の上で湯気に晒されて随分と温かくなった割り箸をひっ掴んだ。
ここは某一流国立大の食堂。はっきり言って中学の時も、下手すりゃ高校入ってから、もっというと大学生になってさえ
ここの食堂で学生として飯を食う事なんざ信じられやしなかった。『古泉が誉めた俺』を言葉通り具現化したぐらいの人物じゃないと入れそうにない、この大学で。

その大学に、目の前にいる佐々木と、もうすぐ目の前に嫌でも割り込んでくるハルヒは当然のようにストレートで入学した。
俺はというと、そりゃあ浪人したさ。何と予備校にも行った。そりゃ当然か。

そんで初めて予備校の席に座った時に、ハルヒと佐々木から同時にメールがあったわけだ。
ハルヒと佐々木の奴、全く同じ学部同じ学科同じクラスだったとのことだった。全く誰が何考えて組んだんだろうな。
いや誰も何も考えずにやったからそうなったのかも知れん。

まぁ俺がどうこう思う間もなく二人は意気投合したらしい。事実二人にそれぞれ会った時も随分仲良さそうに相手の事話してたからな。
メールで俺が合格したって報告した時には二人は抱きついて喜んだそうだ。そこまで馬が合う何かがあったのか、俺にはよく分からんが、
でも言われてみればよく分かる気もする。つまり分からんという事だ。

「君が後輩になる日が来るとは思わなかったよ」
「安心しなさい! 今までと扱いは特に変えてあげないでいてあげるわ!」

以上が大学生になった俺に初めてかけられた言葉。
………それに対する俺の感想? 言わなきゃ分からんか?
まぁでも浪人してた時にちょろちょろ料理やら掃除やらやっといたおかげで一人暮らしになってからの苦労を軽減する事が出来た。
もちろん親が偉大だってのを改めて痛感したりもしたがな。

「随分しっかりと生活できているんだね。それが良い事なのは確かだ。それなのにこういうのも何だが、引っ越しの時も呼んでくれなかったし、
 いい加減人の楽しみを奪わないでくれないか? こう見えて結構期待していたんだが」

引っ越してすぐの俺の部屋に来た佐々木は何となくいつもより皮肉めいた笑顔でそう言ったのを覚えている。
まさか俺の部屋の汚さを笑いに来たつもりだったのか? だったらお生憎様だ。洗濯程度なら自分で出来るようになったさ。

「そんなちっぽけな人間になるつもりはないさ………流石にそうすぐに汚くなる事もないか」

………………?

「ま、気にしなくても結構だよ」

佐々木はそういうと、出てくる息を少しだけ引っかけて喉を鳴らすような、いつもの静かな笑い声を出した。
そーいやハルヒも同じ事言ってたな。
「なんだって!? もう彼女はこの家に来たのかい?」

朝比奈さんと古泉と長門と一緒にな。っつっても昨日だが。

「あぁ、ならまぁ……仕方ないかな……………彼女も同じ事を、ねぇ……」

理由までは同じか知らんがな。聞こうとしたら
「うっさいわね! あんたの事だから、どうせみんなで色々掃除する羽目になるって思ってただけよ」
って言われたよ。

「ふふ……いかにも彼女らしい言い方だ」

それでもまぁ有り難かったよ。今日明日明後日くらいまではその後作って余りまくったカレーで食ってく予定だ。
まだ毎日作れる程レパートリー無いからな。

「カレーか。僕もお世話になったよ。何よりバリエーションを付けるのがとても容易な点が一人暮らしには有り難い。
 だがカビにだけは気を付ける事だ。カレー自体が腐らなくても表面にカビが生えるくらいなら大いにあり得るからね」

そうか。ならタッパに移して冷蔵庫に入れといて正解だった。
「それにしてもこの家は、かなり僕の家に似た立地条件だね。違うのは同じ大学から一駅でも向きが逆って事と、あと随分とこちらの方が夕方になると日が入ってくるようだ。
 それはそれで良いんだが、それなら本棚の位置をずらした方が良いんじゃないか? ここだと日光ですぐ色が変わってしまう」

佐々木はそう良いながら本棚の方を指さした。確かに今でもがんがんにオレンジの明かりが照りつけてまぶしいくらいに反射していた。
確かにずらすぐらいしないといけないかな、面倒くさい。と思っていると、「おや……ちょっといいかい」と言いながら本棚にあった
「絵の描き方」についての本を取り出して、やけに興味深げに眺め始めた。

「君にこんな趣味があるとは思ってなかったよ……いや勿論変な意味じゃないがね……」

随分食い入るように見てるな。まぁその本は確かに面白かったよ。俺も何となく気まぐれで勝ってみた程度だったんだが
読んでみると意外に楽しくってな。結構お気に入りだ。

「ふーん……この本しばらく借りても良いかい?」
「ああ、もちろん」

俺はちらりと時計を見た。何だもうちょっとしたら晩飯の時間か………。

「晩飯食ってくか?」
「!」

佐々木は一瞬目を見開いてきらきらと光らせた後、今度はまた随分と柔らかく眼を細めた。
口の方も若干いつもよりやんわりとしたスピードで、じっくりしっかりと曲線を描いた。
何となく中学生の頃にぼーっと眺めてた佐々木の映像にだぶる気がした――――当然か、本人なんだから。

「ああご馳走になるよ。なんだかんだで久しぶりなんだ。ただ味の方は大丈夫だろうね?」
「心配すんな、ハルヒだってうまいっつってたから」


「………………………………ま、そんなこったろうと思ったよ」


その後? なんもねーよ。ふつーに飯食って、佐々木を駅まで送って帰っただげさ。

「この本返すよ」

佐々木はそう言いながら、ラーメンを食い終わって一息ついていた俺に本を差し出した。

「普通の新書なら次の日に返せたのに随分と掛かってしまったけど、確かにそれくらい面白い本だったよ。
 やはり本というのはたまには当てずっぽうに選んでみるべきだね、いやはや実に勉強になったよ」
「えらく気に入ったんだな」
「君自身もそうだって言ってたじゃないか」
「まぁな」
「ところで今度その本のお礼がし「キョン!! あんた先にご飯食べたりしてないでしょうね!?」


騒がしい食堂を突っ切るやかましい声に、俺と佐々木は同時にやれやれ、と溜息をついた。


fin  浪人生の自己満足に付き合っていただきありがとうございました。

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

最終更新:2008年02月25日 09:45
ツールボックス

下から選んでください:

新しいページを作成する
ヘルプ / FAQ もご覧ください。