37-902「卵の殻」~中編~

「いやいやちょっと待って。MLBにこそ、ベースボールの魅力の
全てが詰まっているのだと私は考えているよ」

『機関』のあるオフィスがあるビルへと向かう道すがら、
私と橘さんは何故か野球談義に花を咲かせていた。
真夏の夜は風も吹かず、蒸し暑い。
蝉の声と家々のエアコンの室外機が唸りをあげている。
地球の温暖化は人間の欲望が消え、禅寺の僧のように煩悩を捨て
悟りでも開かない限り、止まる事はないのだろうね。

「それは違います!日本にだって歴史を積み重ねてきた素晴らしい
野球文化があります!あたしは甲子園のバックネット裏に
年間シート持ってますから!その席からの眺めはまさに一生ものなのです!」
「おや?甲子園と言えばライトスタンドが有名なのでは?」
「ふふん♪まだまだ甘いですね、佐々木さん。
近年のライトスタンドの応援団は去勢された腑抜けな駄目虎の集まりなのです…
今の六甲おろしは球場では響いても心には響かないのです」
「くっくっ、それは日本野球が魅力を失いつつあるというその現れじゃないの?
勿論、日本野球の選手を生み出す土壌と独特の野球観は認めるよ。
でも文化、実力、選手やチーム、リーグの規模、どれを取ってもやはり
MLBが上回っているよ」
「じゃあ、次のデートは甲子園なのです!佐々木さんに日本野球の
魅力と面白さを教えて差し上げますから!高校野球も始まりますしね!」 

さりげなく、橘さんに次の約束を取り付けられてしまったよ。
まぁ、でも退屈しのぎには丁度良いかな。
彼女といるのならば『組織』から資金が出てきて
色々と便宜を図ってもらえそうだし。
あぁ、そうだ・・・
新しい夏服が欲しいって言ったら『組織』が私に資金出してくれたりするのかな?
いや、さすがにそこらへんは無理?それにいくらなんでもがめつ過ぎるし。
でも、そこの所を見極めてみるのも一興かも・・・ 

「あぁ、ところで橘さん。何故、『閉鎖空間』に入る前に『組織』へ
顔を出さなければいけないの?」
「佐々木さんに色々とバレちゃいましたと報告しないといけません。
ひょっとしたらあたし、『組織』をクビになるかもしれませんけどね♪」
けどね♪って・・・そうか・・・
「それは悪い事をしてしまったね・・・謝るよ、ごめんなさいね」

もしかしたら私のせいで彼女の人生が大きく狂ってしまうのかもしれない。
例え、理由はどうあれ今の彼女の非凡ではあるものの日常を
壊してしまったとあっては私の遊び心と好奇心に喝を入れてあげたい気分だ。
これも一種のエンターテインメント症候群だね、今後に活かす反省材料とすべきだ。

「それならば別に『組織』へ出向かなくても結構だよ。
これまでと同じように私は色々な事に気が付いていないふりをして
橘さんとただの友人関係として接していけば問題はないはずでしょ?」
「いいえ、駄目!佐々木さんの事に関しては嘘偽りなく『組織』に報告する事が
あたしの仕事、任務なのです!それにあたし達は女の子である佐々木さんの
プライベートを秘密裏に色々と監視して覗いてますから五分五分なのです」

ん???ちょっと待って!

「え!嘘!?何を覗いてたの!?ねぇ、どこまで!?何を見てきたの!?
ひょっとしてそんな徹底的に私の事を調べ尽くしているの!?」
「あ・・・いえ、そんなに大した所までは・・・」
じゃあ、なんでそんなによそよそしく目を逸らすのよ!?
「別にそんな・・・決してやましい事がある訳ではないのです・・・」
いやいやいや、嘘おっしゃい!!!
じゃあ、なんでそんなに汗が噴き出ているのよ!?
「そ、それはきっと暑いからなのです・・・日本の夏は蒸し暑いので苦手なのです」
そんなに暑いのなら南極点にそのツインテール突っ込んで記憶を全て消去した上で
ペンギンの餌にしてあげましょうかい!?
「とにかく佐々木さんとは『お友達』になるので大丈夫なのです。
『お友達』同士に秘密や内緒は無しなのです!」
何が大丈夫なの!?橘さん、あなたの方が秘密が多いでしょうが!
「佐々木さんとはよそよそしく気を遣う関係にはしたくありませんから!」
じゃあ、何をどこまで見聞きして知っているのか、正直に吐きなさい!
このツインテール!!!

尋問終了。そんな涙目になったってこれは許される事ではないからね!
まだきっと全てを吐いた訳ではないだろうから
場合によっては拷問にでも掛けて色々と・・・
でも、橘さんは思考回路がちょっとショート気味で
たまに暴発してしまう事もあるようだけれども、
根は明るいし、きっと素直な良い子なんだろうな・・・私と違って。
普通に女子高生やってればいわゆる『モテるタイプの女の子』なのかもね。
馬鹿面した男共が群がってくるような状況は鬱陶しいだけの無用な事柄だが。
あれ?そういえば橘さんって年齢は今、いくつ?
私が勝手に同級生と思い込んでいただけだね・・・これは迂闊だったよ。
いやはや、人間の思い込みとは恐ろしいものだ。
「ねぇ、橘さん・・・」
「着きましたよ!説明はあたしがしますから佐々木さんは心配しなくても大丈夫!
あたしに任せて下さい!頑張りますから!」
あまり空回りしないように気を付けてね。 

案の定、『組織』の人達は私と橘さんが肩を並べて
扉の前で二人して笑顔で立っているのを見て
世界と呼吸が止まったような唖然とパニックと衝撃の嵐で
混乱が阿鼻叫喚へと変わるのにさほどの時間を要さなかった。
うん、これこれ。ひな壇芸人並みの実に良いリアクションだよ。

「どういう事だ!?これは!?おい!橘!!!」

そりゃそうだよね。
この『組織』の存在意義と任務からしてその疑問と驚愕に値するのは当然な事だ。
なんせ『組織』幹部のエージェントとその『監視対象』である私が
二人並んで本部に乗り込んできたとあってはバズーカ砲でも用意したい気分だろう。
それを私に撃つのか、橘さんに撃つのかはともかくとして。

「橘、お前もしかして・・・」
「てへっ♪色々とバレちゃいました♪」

ちょっと、橘さん・・・説明は任せてって言ったのはあなたでしょ・・・
全く説明になってないよ、何なの?その『てへっ♪』って、良い歳こいて・・・。

「橘、お前馬鹿か?何やってくれんだよ・・・ふざけんなよ・・・」
「申し訳ありません・・・今回の事に関してどんな処分でも受ける覚悟です」
「まぁお前、とりあえず確実にクビだな。いや、それだけで済まんかもしれんがな」
「橘さんは決して馬鹿ではありませんよ」 

口を挟みたくなった。今、橘さんを守れるのは私だけだろう。
正直、最初出会った時の彼女は胡散臭さ満載で邪魔で鬱陶しかっただけだけど、
まぁそれでも一応、今は『お友達』と言う事だしね。
「私が好奇心から色々と根掘り葉掘り聞き出しただけです。
彼女は立場上、私の事をないがしろにする訳にもいかず答えてくれただけ。
勿論、私に語った事が全て真実かどうかは分かりませんけどね。
それに・・・」

まぁ、仕方が無い・・・『お友達』だからね、困った時はお互い様。
この貸しは後でたっぷりと返してもらうよ、橘さん。

「それにあなた方『組織』が『神の力』を手に入れる為には
私の事が絶対に必要不可欠な存在なんでしょう?
もし、あなた方『組織』が橘さんをクビになさるおつもりならば
私はこんな胡散臭い『組織』なんかに協力して手を貸すつもりも
みすみす手駒に使われるつもりも毛頭ありません。
少なくとも私はここにいる人間のうち唯一、橘さんだけは
少しだけは信頼出来る人だと踏んでますので」 

これでクビは免れるでしょう?あとは橘さん、あなたが頑張って。
って何?そんなキラキラした瞳で私を見つめないで!
何だか背筋に気色悪い悪寒が走ったよ・・・あくまでこれは貸し!
まだ橘さんの事を完全に信頼した訳ではないから決して勘違いはして欲しくないな。

『組織』の皆さんは悩んでいるのか、苦虫を潰したような顔をしているね。
これは私の予測以上に混乱を引き起こしてしまったようだ。
まさに不測の事態と言った所?
「さて、橘さん。面倒な組織論や皆さんの今後の行動指針については
意見が纏まるまでお沙汰待ちと言う事でお偉いさん方に任せようではないか」
ここに私達二人がいてもどうにもなる問題じゃないと思うしね。

「お、おい!二人でどこへ行くつもりなんだ!?」
「いえね、これから橘さんと二人で遊びに行く約束をしているんです。
せっかく『お友達』になったのでちょっと『閉鎖空間』までね。
女の子二人の夜遊び、火遊びはあまり許される事じゃないのかもしれませんけど、
少しは色々と大目に見て欲しいですね、くっくっ・・・」 

あと試しにジャブ入れてみよう・・・ 

「それに今日はあなた方『組織』につきまとわれていたお陰で
ゆっくりショッピングも出来ませんでしたし。
どこかに情報をリークしてこの『組織』とやらの存在でもバラしちゃおうかな?
どうせ協力する気もないのでどうなってしまっても構いませんし、
そうすれば今後、つきまとわれる事もなくなりますから一石二鳥かもしれませんね。
あ~ぁ・・・せっかく可愛い夏服買おうと思ってたのに・・・」
くっくっくっ・・・

「さぁ!行こうか、橘さん!」
私は橘さんの細い腕を掴んて歩き出した。
カツ丼やらパフェやらあんなにバクバク食べるくせに
こんなに細いなんて色々とずるい子だね、橘さんは。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

佐々木さん・・・
『組織』の人達に思いっきり啖呵を切る佐々木さん、格好良かったのです!
惚れちゃいました・・・やっぱりあたしの見込みは間違っていませんでした。
大好きなのです!!!佐々木さん!!!
あたし、橘京子は一生、佐々木さんに付いていきます!
もう佐々木さんになら何をされても構いません!
あたしもそれに応えて佐々木さんの為になら何でもします。
もう好きにして下さい!いっぱい振り回して下さい!
もうこれからは佐々木さんがあたしの生き甲斐なのです・・・
あたしの心も身体も佐々木さん一筋、佐々木さんのものなのです!!!

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

「何か言った?」
橘さんがぶつぶつ独り言を呟いていたように感じた。
何だかまた背中にひんやりと氷の悪魔が乗っかったね。
思わず橘さんの細い腕を掴んでいる手を放してしまったよ。
俯いちゃってどうしたの?もしかしてちょっとやり過ぎちゃったかな?
「佐々木さん・・・」
「何?」
「・・・本当にありがとうございます」 

感謝されるいわれはない。
ただ、向こうのあまりに身勝手な態度を許せなかっただけ。 

「礼なんか無用だよ。これはあくまで貸し。
貸しはどこかできっちりと返してもらうさ。そうだね・・・
今日行ったレストランの豆腐ハンバーグをいつか奢ってくれたまえ。
それで今回の件は帳消しにしてあげよう」 

但し、ずっと覗き見されてた事に関しては豆腐ハンバーグなんかじゃ足りないよ。 

「はい!豆腐ハンバーグ10個でも20個でも奢ります!」
いや、いくら美味しくてもさすがにそんなに食べるのは無理。
「ところで『閉鎖空間』の入り口はどこにあるの?同じ場所?」
「いえ、ここで今すぐにでも行けますよ」
そうなの?結構、都合の良い便利なものだね。
「じゃあ、少しだけ目を瞑ってて下さい」
・・・。
なんでそんなにしっかり手を握るの?

「佐々木さん、もう開けても大丈夫です」
目を開くと、この前と同じような乳白色の空間が広がっている。

「これは私の精神の中だと考えても良いんだよね?橘さん。
なるほどそう言われて見てみると穏やかで静かなものだね。
自分の中なのだから安心感があるのも当然といえば当然か」
そして、やっぱりくすぐったい。
自分の心の中を誰かに覗かれるというのは元々、好きではないから。

「さて、では早速、橘さんの超能力とやらこの目で確認させてくれないかな?」
百聞は一見に如かず。
「こんな感じです」
と、橘さんはふわりと宙に浮かんだ。 
「飛べま~す!」 
くっく、まるで蚊みたいだ。 

「あとこんな事も出来ます!」 
いきなり手の平が光ったと思うとビルを一棟を破壊した。
ガラガラと崩れ落ちる音と共に、突風が私の髪を巻き上げる。 

「ちょっと、橘さん!そこまでやらなくても大丈夫だよ!
ビルを壊しちゃうなんてやり過ぎだよ!どうするの!?」
「大丈夫です。これは『閉鎖空間』内での出来事であって
現実世界には反映されませんから」 

それにしても私の心の中を破壊されているようで
あまり気持ちの良いものじゃないんですけど・・・ 

「ふぅ~・・・どうですか?これで信じて頂けました?」
「うん、分かったよ。これはどうやら本当に信じなければならないようだね」
「こんな事も佐々木さんが『神の力』を手に入れれば
簡単に出来るようになりますよ。それこそ現実世界でも」
だから・・・
「その話は無し。言ったでしょう?私にそんな力は要らない」
「んんっ、もう!」
必要無いよ・・・だって私は臆病だからね――― 

「さて、もう夜も更けてきたし帰ろうか?」
色々と思考を巡らせておきたい事柄も山積みだ。
「あたしはもう一度『組織』に戻ります。
佐々木さんのお陰でクビは免れるかもしれませんが、
お説教からはきっと逃げられません。お家まで送りますよ」
「いや、大丈夫だよ。家からそんなに離れてもいないようだし」
「でも、夜道は危ないのです!佐々木さんに何かあっては!
佐々木さんを守るのが私の使命なのです!」 

何をそんな急に・・・ 

「いや、本当に大丈夫。あなたはもう知っているでしょうけど、
私の家、ここの角を曲がってすぐだから。それより橘さんこそ大丈夫?」
「あたしは大丈夫なのです!こう見えても『組織』のトレーニングで
いっぱい鍛えてありますから!」
それは頼もしいね。
「じゃあ、おやすみ」
「はい、おやすみなさい」
橘さんは可愛くぴょこっとお辞儀をするとトコトコと歩いていった。

―――目の前が乳白色に染まっている。
私は勢い良く顔を上げた。
乳白色の豆乳風呂だ。
湯気に豆乳の甘い香りが混ざって心地良く、暖かい。
なんでも大豆に含まれるイソフラボンには美肌効果があり、
滑らかな絹のような美白ときめ細かくしっとりとした肌付きを
実現してくれるらしい。
これはただの誇大な宣伝文句ではなく、実際に豆腐屋の女将さんの手が
いくつになっても白くツルツルで張りがあると実証されている。
それを私は身を以て検証しているだけに過ぎない。
私だって女の子だから少しくらいはスキンケアとか美容くらいには
関心があるし、ファッションにだって無頓着な訳ではないけどもね。
心と身体は繋がっているからあくまで常識的な身だしなみとして。 

あぁ、でも彼は・・・キョンはどこか無頓着だったなぁ~・・・。
ちょっとだらしない所が彼の心の持ちようを表していたけど、
でも、きっちりすべき所はそれなりに身も心も引き締めていたから
男の子って大体、皆あんなものなのかな?

今日は朝から驚愕、動揺、緊張、戸惑、不安、憂鬱、愉快、憤怒・・・
色んな感情が交錯した日だった。
橘さん、不思議な女の子、『お友達』か・・・。
まだまだ私もちょっとした刺激に大きく反応してしまう。
もっと落ち着いた冷静且つ、理知的な心を持ちたい。
弱くて臆病で泣き虫な私を守る為、卵の殻で包み込みたいから―――

・・・アッと!お風呂で眠っちゃ駄目。溺れちゃうよ。
少しのぼせたかも・・・ピンク色に染まった肌が火照って熱い。
体重計、体重計・・・体重チェック、良し!
やっぱりカロリー計算に狂いはなかった!
次はスリーサイズ・・・あ、あれ?やったぁぁああぁぁ~!!!!!
バストが2mm大きくなってる!!!
あ、さっきも反省したばかりなのにまた反応してしまったよ。
こんなどうでもいい事で歓喜に浸ってしまうとはまだまだね、私も。 

―――耳に鋭いナイフを突きつけられたような不愉快な音がする。
勘弁して!私は低血圧だから朝に弱いの!頭が痛くなる!
朝から電話してくる非常識者はどこのどいつ!? 

「・・・」
「あのぉ~・・・もしもぉ~し?・・・佐々木さん?」
「・・・どなた?」
「あたしです」 

ピッ!さて、もう一眠り・・・
枕元の携帯電話がまた鳴り出した、しかも鳴り止まない。
もう完璧なストーカーじゃないの?これ。
ストーカー?ん?あれ?ピッ! 

「んんっ、もう!酷い!なんで電話切っちゃうんですか~?
昨日もいっぱいメールしたのに一件も返信してくれないし・・・」
「何故、私の携帯の番号とメールアドレスを知ってるの?」
「だってそんな事『組織』のデータを見ればすぐなのです」 

この子は・・・ 

「橘さん、ちょっと良いかな?確かに私とあなたは
『お友達』になるという約束をしたけれども
そういう事は『組織』のデータからじゃなくて直接交換するのが
礼儀というものなの。それとせっかくの休日なのにこんな朝早くから何の用事?」
「朝早く?もう11時半ですよ?」
あ、本当だ。昨日の騒動のお陰で自分でも分からないうちに
疲れが溜まっていたのだろうか?いつものスケジュールが乱れてしまった。
「今日もデートに行きましょう!デート!豆腐ハンバーグ奢りますよ!」
いや、二日続けて同じものは食べたくない。
「お断りだね。今日は一人でゆっくり過ごしたい」
昨日、あれだけ振り回されて買い物もろくに出来なかったのだから。

「おはようございます、佐々木さん♪」
何故?
「今日もお買い物ですか?どこに行きましょうか?」
「橘さん、一つ聞いても良いかな?」
「はい、なんでしょう?」
「何故、ここにいるの?」
「『お友達』だからです!」
意味が分からない。私には分析不可能だよ、このこんにゃく頭。
「今日も佐々木さんのお家、どなたもいらっしゃらないんですか?」
「仕事でしょうね、きっと」
「じゃあ、お家に男の子連れ込み放題ですね!キョンさんとか!」
連れ込まないから。 

「何故、付いてくるの?そんなにずっと後ろをつきまとわれていると
実に気になってしまって仕方がないんですけどね」
昨日も同じ事を言ったはず・・・
「だってお友達ですから♪まずはどのお店に行きます?」
無視。
「んんっ、もう!ちょっと待って下さい!どこ行くんですか~?」
それよりもお腹が空いたな・・・お昼ご飯、何にしよう?
「そろそろお昼ですね」
目的は何?ご飯たかりに来てるの?

「何故、あなたは私の目の前に座っているの?」
「一緒にランチなのです♪奢りますよ、豆腐ハンバーグ」
それは昨日、食べました。
「今日も領収書取れば、ばっちり『組織』の経費で落ちますから」
「じゃあ、このページ全部」
「えっ!?」
「くっくっ、冗談」
「からかわないで下さい!」

でも、奢ってくれるならちょっと豪華にしようかな。
「何にします?これなんてどうですか?」
「どれ?」
「大食いチャレンジ!20人前4kgの特製豆腐ハンバーグ!
一人で30分以内に完食で無料+一万円プレゼントみたいですよ!」
「そんなもの、人間じゃ無理」

「…大食いチャレンジ!20人前4kgの特製豆腐ハンバーグをカレーソースで」

えっ!?
「くっくっ橘さん、誰かが挑戦するみたいだよ」
「どんな方がそんなに大きいハンバーグ食べるんでしょうね?」

「しかし、お客様。この特製豆腐ハンバーグは
お一人でお召し上がりになるのが当店のルールなのですが・・・」
「…大丈夫、問題は無い。」
「そ、そうですか・・・」
「…そう」 

二人で覗いて見ると特製豆腐ハンバーグを頼んだのは
私達とそんなに年端も変わらないような制服を着た小さな女の子だった。
ちょこんと座って読書にふけっている。
ニーチェの『ツァラトゥストラはかく語りき』
見た目と違ってなかなかに良い趣味をしているね。気が合いそうだ。

「くっくっ、本当にそんなハンバーグをあの女の子が一人で食べきれるのか、
これは実に見物だね、こんな野次馬根性はあまり好ましくないのだが」
「えぇ、そうですね・・・」
「どうしたの?橘さん」
「あっ、いえ、あの女の子、どこかで見た事あるような・・・」
「知り合い?」
「ん~・・・思い出せません!佐々木さん、オーダー決まりました?」
「うん」

「あたしは普通の豆腐ハンバーグとBセットライス特盛りにマンゴーパフェで♪」
普通だからってそれでも食べ過ぎだよ、橘さん。
「おからコロッケ定食にCセットでパンと豆乳スープ、食後に宇治金時パフェで」
私はこれでもまだカロリー調整の範囲内だね。 

「さて、ところで橘さん。昨日はどうなったの?叱責と説教の嵐だったのかな?」
でも、今日は割とリラックスした笑顔の所を見るとそうでもなかった様子。 

「いえ、そんな・・・『組織』の上層部の方々には
確かにギッタギタのボッコボコに罵られましたけど、
もう終わった過去の事、仕方の無かった事ですから。
運良く、三ヶ月の減給と降格で済みました。それはそれで結構、痛いんですけどね。
でも一時は存在そのものをこの世から消し去られるんじゃないかと思ってましたから」
食事前にそんな話を笑いながらしないで・・・
「よく無事で済んだね?」
「それくらい躱せないようじゃ『組織』の幹部なんて務まりません」
明るいだけじゃなくて、心も強いのね、ちょっと羨ましい。

「それはやはり悪い事をしてしまったね」
「いえ、佐々木さんには助けて頂きましたから。
それに前に進んだと良い評価を下された事柄もいくつかあります」
「なるほどね」
「分かりますか?佐々木さん」
「一つは私に対して遠慮なく、コンタクトを取る事が可能になった事。
一つは私の監視に対する人員の大幅な減少、橘さん一人がいれば良い訳だから。
どうやらあなた達の『組織』と言う所は見ている印象だと
会計に厳しいみたいだからね」
「そうなのです!そこをどうにかして欲しいとずっとお願いしてるのに・・・」
「くっくっ、そして他にも『神の力』を奪い取る為にキョンへの
アプローチも掛け易くなった」
「はい。ですので色々と佐々木さんとキョンさんのデートプランや
告白シチュエーションなんかもいくつか設定してきました」
無駄な所だけ仕事が早いね・・・
「昨日も言ったけど、私とキョンはそんな関係じゃないし、
『神の力』なんてものも必要無い。何遍も言わせないで」
はい、料理が来たから黙って食べる!

食事中、4kgの特製豆腐ハンバーグを見て、
おからコロッケを噴き出しそうになるくらいの衝撃を受けたのだが、
そんなはしたない事は出来ないと頑張って耐えた。ちょっとむせたけど。 

「ところで橘さん、今日の用事は一体、何?
まさか本当にデートだけが目的な訳じゃないのでしょう?」
橘さんはマンゴーパフェのアイスクリームをつついていた。
「バレてました?」
宇治金時パフェも高得点だね。抹茶アイスが素晴らしい。
「実は今日、佐々木さんに会って頂きたい方達がいるのです」

また何かやるの?面倒な事に巻き込まれるのはごめんだよ。
「『組織』のお仲間さん?」
「いえ、違います。むしろ敵対しているかも」
「そんな争いに私を巻き込まないでくれたまえ」
「問題はありません。その人達と闘う訳ではありませんから。
こちらとしても『神の力』を手に入れる為に必要な人達で
向こうも佐々木さんを必要としています。
それに『組織』と佐々木さんが直接コンタクトを取った事で
多少の焦りもあるようです」
「誰?」
「佐々木さんなら大体、予想は付いてるんですよね?
会って頂ければきっと分かると思います」
その時、店中に大きな鐘の音が鳴り響いた。

「くっくっ、どうやらさっきの彼女、特製豆腐ハンバーグを食べ終えたようだね」
「本当、全て綺麗に平らげているのです。凄い・・・」

「おめでとうございます!!!」 

ハンバーグの女の子は祝福と感嘆の拍手を受けて、右手を抱え上げられていた。
まるで映画のロッキーのように。
「お客様が当店特製豆腐ハンバーグ初完食、第一号でございます!!
記念に一枚写真を撮影致しますのでポーズをお願い致します!!」
ハンバーグの女の子は特にポーズも取らず淡々と写真撮影をしていた。

「これはまるで何かに優勝したかのようなお祭り騒ぎだね、橘さん」
「はい。あの小さい身体のどこに4kgのハンバーグが入るのでしょうか?」

「お客様!額縁に入れてお客様の写真を店内に飾りたいので
是非、お客様のお名前をお教え頂けますか?」
「……」
「これも何かの記念ですから、是非とも宜しくお願い申し上げます!!」
「……朝倉涼子」
「朝倉涼子様ですね!おめでとうございます!
朝倉様が当店特製豆腐ハンバーグ完食第一号でございます!!」

「朝倉涼子さんという名前らしいよ?橘さん、思い出せたかい?」
橘京子は首を捻っている。
「う~ん・・・聞き覚えがありません。やっぱり人違いか勘違いだと思います」
「そう。そろそろ出ようか?橘さん。
その私を待っているという人達にも会ってみたいしね。でも、買い物が先だよ」
冷房とパフェで少し身体が冷え過ぎたようだ。健康に害を及ぼすね。 

昨日の『組織』への挑発が効いたのか、夏服まで買ってもらって悪いね。
「この服の分の代金は橘さんの給与から引かれたりはしないの?」
「そんな恐ろしい事言わないで下さい・・・きっと大丈夫だと思いますけど、
そんな事になったらあたし、生活していけません・・・」
まぁ、私も無遠慮で慎みの無い態度はあまり好みではないから
『組織』とやらの予算を逼迫させるような暴走はしないよ。

「さて、次は橘さんご推薦の素敵なお仲間達とご対面といこうじゃないか?」
「この辺りで待ち合わせのはずなのですが・・・」
その時、頭上からゴソッと何かが動く音がした。
何?今の。でっかいゴキブリ?ちょっとやめて・・・私、虫関係は苦手なの・・・。

「――見る」
「あ、どうもはじめまして~♪あたしが橘京子で、こちらが佐々木さんです」 

橘さんは何故この人には、いの一番に『はじめまして』と言えて私には
一言の挨拶もなかったの?
あと、何故、この黒髪の女性は自動販売機の上に立っているの? 

「こちら、宇宙人さんです」
はぁ・・・
「周防九曜さんとおっしゃるそうです。ですよね?」
「――」
何?初対面でいきなり怒ってるの?あと、そろそろ自動販売機の上から降りなさい!
「はじめまして。佐々木です」
「――」
「ん~・・・とてもシャイな方のようですね!」
いや、絶対に違うと思うよ・・・。

「なんだ?女ばっかりか?全くこんな面子で一体、何をやらかすつもりなんだ?」
今度は変な男がやってきたよ。
「佐々木さんだな、宜しくな。
で、あんたがひょっとしてあの『組織』幹部の橘京子か?おいおい、小学生かよ・・・」
「小学生じゃありません!」

くっくっ、まぁ、似たようなものかもしれないけどね。

「橘さん、ひょっとしてこの男が未来人なのかい?」
「えぇ、まさかこんな性悪を寄越してくるとは思いも寄りませんでしたけど!」
「未来人とか性悪とかそんな呼び方はやめてくれ。名前はそうだな・・・」
「で、橘さんは私に宇宙人と未来人を引き合わせて何をするつもりなの?」
「おい、無視するなよ!」
橘さんがやろうとしている事は何となく予測が付くけどね。

「佐々木さんには昨日、お話しましたが、
キョンさんが所属している『SOS団』の事です。
その団体のメンバーには宇宙人、未来人、超能力者がいるのです。
さすがのあたしでも佐々木さんと二人では対抗出来ません」

いや、私は別に対抗するつもりもないし、勝手にメンバーに加えないで・・・。

「私達の目標は『打倒、SOS団』&『キョンさん奪還』なのです!
そこでこちらもその凶悪な団体に対抗する為に
宇宙人、未来人、超能力者を集めた『佐々木団』を立ち上げます!
この方達はそのメンバーなのです!あたし達の目標に向かって走り出すのです!
『打倒、SOS団!』そして『キョンさんを救い出せ!!』」

ねぇ、橘さん・・・私、もう家に帰っても良いかな?



To be continued

 

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

最終更新:2009年03月23日 21:00
ツールボックス

下から選んでください:

新しいページを作成する
ヘルプ / FAQ もご覧ください。