15-132「キョンと佐々木とハルヒの生活 1日目」

結婚して、サラリーマンになって、子供ができて、繰り返しの日常を送って行く。
それは本来、ずっと昔の、俺自身はそんな漠然とした未来なんて信じていなかった。
自分はもっと特別だと信じて、きっとヒーローか大金持ちにでもなれるもんだと思っていたと思う。
ただ、年を重ねるごとにそんな現実に気づき始めて、そして、そんなありきたりの人生を送ることが当たり前になっていた。
しかしながら、実際にそうなってみると意外と楽しいもので、充実したものだと気づく。
そして、そんなありきたりの生活いかに大変であるかということも。

○月○日
朝の7時半、それがいつも俺が目を覚ます時間だ。それから朝飯を食って、子供を保育園へ送りがてら仕事へ向かう。
朝飯を作るのは俺のヨメの係で、子供の送り迎えは俺の役目だ。
俺たち夫婦は共働きで、俺が子供を送るついでに仕事へ出て行った後、1時間ほどしてからヨメさんの方は仕事へ行く。
あいつと付き合い始めたのは中学の終わりの頃からで、そのまま同じ高校へ行き、そして同じ街の大学で下宿生活を送った。
(こんな表現をするのは、あいつの行った大学が某有名国立で、俺は同じ都市にあるマイナーな地方公立大学へ進学したからだ。)
働きながら家事も立派にこなすし、俺よりも高給取りだ。なんで、こんな出来たヨメさんを俺がもらえたかというのは七不思議だが、実際にそうなったんだから仕方が無い。これはそんな俺の一日一日の記録である。

「こらー、早く起きろー、キョン!」
との声が聞こえるが早いか、腹にドスンとした衝動を感じて俺は目を覚ました。早速の訂正で申し訳ないが、朝の7時半それが俺の文字通り叩き起こされる時間である。
「毎回毎回言っていると思うが、もうちょっとましな起こし方はできないのか…」
腹を押さえながら上半身だけを起こす。
「ネボスケさんが悪いのー!」
はぁ、3歳の娘がいると毎日がプロレスだ。まだ、20代で体力があるうちでよかったよ。そして、かわいい我が家の暴君はもう一度布団ダイブの体勢を取った。
「わかった、わかった。起きる、起きるから、お前はお母さんのところへ行っていなさい、ハルヒ。」
「10秒以内に来ないと死刑だからねー」
そう俺に告げるとタパタパと音を立てて、ダイニングのほうへ走って行った。しゃあねえ、起きるか、死刑はいやだからな。
「うぃー、おはよう。」
寝癖頭を掻きつつ、ダイニングに入る。
「おはよう、キョン。まったく、なんて顔をしているんだ。早く顔を洗ってきたまえ。」
パジャマにエプロンをかけたわがヨメはそう言うと、あっち行って来い、といわんばかりに右手をひらひらさせた。
ここで、疑問に思われた方も多いと思う。なんで、俺が娘からパパ、とかお父さん、とかダディではなく、「キョン」なんて間抜け極まりないあだ名で呼ばれているか。
その主犯格はこのヨメである。
こいつが、俺のことをパパだとか、お父さんだとか呼べばいいのに、学生時代のあだ名で今でも呼び続けるものだから、娘にまでそう呼ばれるようになってしまった。
本人曰く、それが一番呼びなれているらしいが、こっちはいい迷惑だ。
顔を洗って、食卓に戻る。ちょうどトーストとハムエッグが焼き上がったところだ。
「キョン、遅いー。」
口に物を入れながらしゃべるんじゃありません。
「はい、コーヒー。」
「おっ、サンキュー。」
本当に俺にはもったいないくらいに出来たヨメだ。大学を卒業して、就職してから24歳で結婚した。
娘が生まれたのが、それから1年後で、現在俺たちは28歳である。
ヨメさんは一流外資系コンサルタントに就職し、育児休暇中も会社から早く帰ってきてくれ、と懇願されるほどの凄腕コンサルだ。
対する俺は普通に公務員で市役所勤務。
よって、毎日時間に正確な、そしてそれくらいしか取り柄の無い、俺がハルヒの送り迎えをしているわけである。
飯を食ったらさっさと着替えて仕事へ行く準備だ。ハルヒの着替えはヨメがやってくれている。というわけで、服を着替えたら準備OK。
「キョン、早く早くー。」
娘にせかされて玄関で慌てて靴を履く。3歳児の癖によく口が回るやつだ。
「じゃあ、気をつけて行ってらっしゃい。」
「おう。」
フレックスタイム制のヨメは俺とは違って10時出勤で働いている。なんでもラッシュアワーの満員電車はもううんざりだそうだ。
ハルヒの手をとった後、後ろを向いて、こちらに手を振っているヨメに手を振り返す。
ちなみに娘のハルヒは母親似で俺とはあまり似ていない。
ただ、ヨメいわく素直じゃない性格は俺そっくりらしいが。
「ママ、いってきまーす。」
「はい、いってらっしゃい。」
ごくごく当たり前の日常の風景だが、ここでヨメと娘の笑顔を見ることによって、俺の一日のエネルギーは充填されるといっても過言ではない。
っていうか、なんで母親はママで父親はキョンなんだ?
「だって、キョンはキョンなの!」
わけのわからんトートロジーで返すな。
あぁ、一度でいいからパパと呼ばれたい…

自転車にハルヒを乗っけて保育園まで走り出す。
後ろで、「あぁ、抜かれた!」とか娘がギャーギャーうるさいが、パパはお前のためを思って安全運転をしているのだ。
文句を言うでない。
そうこうしているうちに保育園に到着。
「あ、おはようございますー。」
甘い声と共にこちらに駆け寄ってくる。走るたびにゆれる胸。
「おはようございます。今日もハルヒをよろしくお願いします。」
「おはよう、みくるちゃん!」
って、まったくお前は。年上に対する尊敬というものを知らんのか。
「こら、朝比奈先生だろ!」
「ふふ、別にかまわないですよ。ねーハルヒちゃん。」
「ねー」
まったく、親の教育が行き届いていなくてすみません。まずは父親をパパと呼ばせることから始めます。
「それじゃあ、よろしくお願いします。いい子にしているんだぞ、ハルヒ。」
「しっかり働いて来いよ、キョン。ただでさえママより給料少ないんだから!」
こんなところで、大声でそんなことを言うな!あぁ、恥ずかしい。
と、怒鳴ってやりたいところだが、ハルヒの満面の笑みに何もいえなくなってしまう、親馬鹿な俺が一番悪いのかもしれない。
ちなみに、俺が毎日律儀にハルヒの送り迎えをしているのは朝比奈先生に逢えるからだっていうのは内緒だ。

『キョンと佐々木とハルヒの生活 1日目』

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最終更新:2007年08月17日 23:03
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