74-16「佐々木からのプロポーズ(驚愕If)

『あなたの親友を自称する佐々木さんなる方が、おそらく十人中八人が一見して目を惹かれる、
実に魅力的な女性だったからですよ』

俺が生涯を全うしたとしても、あいつのことをあんな風に例えるのは古泉くらいだろうな。
中学の時は…いや、高校に入って古泉や橘に説明されてからも、閉鎖空間なんて俺にはよく解からん。
解かりたくもないね。でもあいつにはその能力が備わっていた。
俺と一緒に塾へ通っていたときも、本人が知らないだけでハルヒと同様佐々木にもその力あった。
橘の説明を信用するのであれば、橘に言われるまでは佐々木も知らなかったということだ。
だが、俺が気にしているのはそんなことではない。ハルヒの情報爆発の誘発を目論んだ張本人。
朝比奈さんをわざわざ八日前に時間跳躍させて人質として誘拐させてまでな。
TPDDで時間平面に穴を空けると分かっていながら、朝比奈さんの上役はそれを規定事項とした。
橘京子、自称藤原…そして、得体の知れない九曜。
谷口もよくもまぁあんな奴と付き合っていたもんだと思う。
佐々木本人は話の合う人間だと言うけれど、あいつらからすれば佐々木と話を合わせておいて、
利用するだけ利用して…という計画が容易に浮かんでくる。
佐々木の電波話の相手なら、こちらにも長門と古泉がいるんだ。
あいつらから佐々木を引き剥がすことができるのなら・・・俺には俺にしかできないことをするまでだ。

長門の本がパタンと閉じられて、今日のいつもの団活が終わった。
ハイキングコースを下りながら古泉と世間話をして、家に帰宅したところで佐々木の携帯に電話をかけた。
「やぁ、キョン。一年間も音信不通だったのにこうやってまた話せるなんてね。
とはいえ、最近会ったばっかりだけどね。何かあったのかい?」
「そのことなんだがな、佐々木。俺の勉強を手伝ってくれないか?
 一年生の時の成績のまま進めば、俺はまた母親にあの塾へと行かされるハメになる。
 一年間も音信不通だっただけに、俺の方も話したいことが結構あってな。
 おまえと話したい。家庭教師として来て欲しいんだ。出来れば・・・泊まり込みで。
 両親も佐々木なら快諾してくれるだろう」
「くっくっ…キョン、仮にも一介の高校生が男女二人っきりで同じ部屋で過ごすのはまずいんじゃないかい?
 僕が『恋愛感情なんて精神病の一種だ』と思っていたとしてもね。
 それに…何か他に理由がありそうだ。でなければ、キョンがここまで大胆な提案をするとは思えない」
さすが俺のことを親友とキッパリ言ってしまえるだけのことはある。
こいつに嘘は通用しそうにないな…仕方ない。
「ああ、佐々木ならすぐにバレてしまうとは思っていた。結論から先に言う。
 橘京子、自称藤原、九曜とは縁を切って欲しい。
あいつらがおまえの話し相手になっていた分、俺がそれを引き継ぐ。
佐々木は『自分の良き話し相手』だというだろうが、俺からすれば朝比奈さんを誘拐した張本人。
おまえも同じように利用するだけのために話を合わせているに過ぎないかもしれん。
俺は勉強がはかどるし、佐々木とこうやって話すことができる。
加えて、あいつらからおまえを引き剥がして、俺は佐々木を守りたい。
おまえからすれば、起きてから寝る直前までずっと話し相手がいる。
一日だけでもいい。泊まり込みが嫌なら、俺が家まで送り届ける。
騙されたと思って来てくれないか?」
「キョンがそこまで言うとは僕もちょっと驚いているよ。声だけじゃわからないかもしれないけどね。
 でも、起きてから寝る直前までキョンが話し相手になってくれるのかい?面白そうだね。
 しばらくキョンの家にやっかいになるとするよ。ご母堂にちゃんと伝えておいてくれよ?」
ああ、任せておけと言って電話を切った。

翌朝、佐々木にはこっちで寝泊まりするだけの荷物をまとめておくように伝え
母親には佐々木のことを報告。
「もっと勉強しないと佐々木さんと同じ大学に行けないわよ」
と中学の時に散々言われたことを一夜にして解決する方法を提案したんだ。
両親どころか、妹まで笑顔になっていた。
佐々木を守るためとはいえ、事実上勉強面もサポートしてもらえるんだ。
毎日の授業は内容は理解できなくとも、板書だけは必ずしないといかん。
放課後、朝比奈さんの煎れてくれたお茶を飲み、古泉との将棋の決着がついたところで、
「すまんが私用で今日は早退する」
と毎度毎度律儀に文芸部室に集まる四人に伝えた。
古泉はバイトだと言い何回も早退していたが、俺がこうやって皆に話すのはこれが初めてかもしれん。
「あんた、私用って何よ!?あたしが納得のいく説明しないと許可しないわよ!」
「お前らとは違って俺は頭が悪いんだよ。塾に強制連行される前の対処だと思ってくれ」
「そんなことなら、あたしがあんたのこと見てあげるわ」
「それはありがたいが既に家庭教師が今日から来ることになっているんだ。すまんな」
ハルヒとの会話をそこで切り、荷物を持って颯爽とハイキングコースを降りる。
自転車を駐輪場から出した時には既に佐々木からの連絡が入っていた。
駅前で待ち合わせて二人で佐々木の家へと向かう。
「こうやってキョンと自転車に乗るのも久しぶりだ。しかもこんな真昼間にね。
 涼宮さんたちに見られたらまずいんじゃないのかい?」
「ちゃんと早退だと伝えて出てきたから心配いらん」
佐々木にはそう伝えたものの、逆に見られた方がいい。橘や自称藤原たちからもな。
ハルヒたちに見られれば、古泉のバイトが大変になるだけ。
音をあげてあいつが俺を呼び出すのはいつ頃になるだろうか…。
長門や朝比奈さんと賭けをしてもいいかもしれん。だが、俺は俺で行動を起こしている。
閉鎖空間に入れず超能力も使えない俺が機関に所属したところで仕方がない。
神人退治は専門職に任せることにした。勿論、橘たちの監視もな。

家に帰ってすぐ、久しぶりに佐々木と会った母親が嬉しそうな表情だ。
部屋に入り、持ってきた荷物を整理するのかと思った矢先、佐々木がいきなり着替え始めた。
「ちょっ…おまえ、俺が目の前にいて着替えるか?普通…」
「只の男子にならちょっとは嫌悪感を持つけれど、僕はキョンになら別に見られても構わない。
 それに、キョンなら視線をそらして見ない様にするだろう?」
それはそうだが…相変わらずハルヒと共通点が多くて困ったもんだ。
結局その日は佐々木の荷物を整理して勉強など一切することなく
音沙汰の無かった一年間のありとあらゆる出来事を話さないとならなくなっていた。
あんな高密度な一年間に佐々木が興味を持たないわけがない。
気付いた頃には俺は既にベッドで横たわっており、目覚めた時には目の前に佐々木の寝顔があった。
驚愕の事実に大声を出しそうになった口を両手で押さえ、
佐々木が起きないようにそっとベッドから抜け出そうとすると
タイミングを見計らったかのように佐々木が起きてきた。
「やぁ、キョン。おはよう」
「『やぁ、キョン。おはよう』じゃないだろ!
おまえ用に布団用意したのに何で俺のベッドで寝てるんだよ!」
「覚えてないのかい?キョンと同じ目線で話がしたくて、僕もベッドに座っていたんだ。
 お互いベッドと布団で寝ていたらキミの表情が見えないだろう?
 とはいえ、僕もそのあとベッドで眠ってしまったから、キョンのことをとやかく言う権利はないけどね。
 だがね、キョン。あれだけ長話をしていたはずなのに、こんなに目覚めがいいなんて思わなかった。
僕もこのベッドで寝かせてもらえないかい?キョンと一緒にね」
あまりの大胆発言に何も言えなかった。それより、いつも俺を起こしに来る妹は何をしているんだ?
洗面所で歯を磨いている妹を見つけて尋問することにした。
「え~っとねぇ、佐々木さんが起こしてくれる筈だから行かなくていいってお母さんが」
妙な配慮をしなくてもいいのに…こっちが恥ずかしくなってくる。
その後、朝食を一緒に摂り佐々木の高校まで自転車で送ってから北高へと向かった。
「いいのかい?駅まで送ってくれればそこから定期で行けるのに…」
これから色々と世話になるんだ。多少早起きしないといけなかったとしてもここは譲れない。
佐々木を市立の高校で降ろして代わりに一冊の文庫本を手渡された。
「昨日の僕は家庭教師としては失格だからね。休み時間にでも読んでみてくれ。
 漢字や熟語の意味、文章を読む速さを鍛えるには最適なはずだよ」
『僕も読んでいて面白かった本だ』と勧められたが、内容がさっぱり理解できん。
これのどこが面白いんだか…話の序盤だからか?
「おい、キョン!おまえ明日雪でも降らせるつもりか!?」
季節的に、まだ肌寒い日もあり、雪が降ってきてもおかしくないが
コイツにそう言われると無償に腹が立つのはどうしてだろう?
受験に向けた第一歩だと谷口に告げ、国木田も不思議そうな顔で近付いてきた。
「谷口の言い分じゃないけど、いきなりどうしたの?」
「今、家庭教師が来てくれていてな。休み時間は読書しろと言われただけだ。
 そういうわけだから読書に集中させてくれ」
分かったと言って自席に戻る国木田。あいつになら佐々木のことを話してもよかったが、
後ろで地獄耳を立てているやつが一人いるからな。「佐々木」と言っただけで何が起こるか分からん。

放課後、少し遅れて文芸部室へと移動、部室の扉を開け
「すまんがしばらく休部する。不思議探索ツアーも行けそうにないから四人で行ってきてくれ」
『休部!?』
「一体どういう事よ!ちゃんと説明しなさいよ!」
「説明なら昨日しただろう?家庭教師に部活内容話したらさっさと帰ってこいだとさ。
 俺の成績が良くなるまで来れそうにない。じゃ、そういうわけでお先に」
「ちょっとキョン!待ちなさ……もうっ!」
あんまり話しているとバレる恐れがある。
後々古泉のバイトが忙しくなる分、今は穏便にする方がいいだろう。
ハイキングコースをハルヒの競歩並のスピードで駆け降り、自転車で佐々木の高校へと向かった。
「いいのかい?部活もあったんだろう?」
「心配いらん。それに俺がいないと話し相手がいなくなるだろうが」
「それは嬉しいね。昨日の分も含めてキョンの勉強が終わったらまた話し相手になってくれ。
 昨日の続きも聞きたいからね」
昨日はどこまで佐々木に話したのか全く覚えていないのだが
あんな一年を一晩で全て説明するのは不可能だろうな。
そのころ・・・
「もー…なんなのよ、アイツ!昨日今日になっていきなり…。
早退するならまだしもしばらく休部するってどういうことよ!」
「ですが、涼宮さん。彼の学力が我々と同等かそれ以上になるとすれば大学でもSOS団を継続できる。
そう思えばしばらく彼がいなくとも大して問題はない。そう思いませんか?
 只でさえ、来年は朝比奈さんがいない一年間を過ごさないといけないんですからね」
「そういえば、そうですね。わたし、皆さんがいない状態で一年間過ごせるかどうか…不安です」
「決めた!四人でみくるちゃんの大学追うわよ!バカキョンでも入れる大学にしなくちゃ…
 明日資料持ち寄って会議しましょ」
「では、僕もお先に失礼させていただきます。
大学の資料集めもそうですが、彼のように今からでも勉強し始めないといけないようですしね」
「キョン君も古泉君も二年生の今頃から受験勉強始めようとしているのに…
わたし大学に合格できるか自信がなくなってきました…」
「問題ない。あなたはそのまま学習を続ければいい。彼はわたしが合格に導く」

それから数日が過ぎ、
俺が休み時間中に読書していることも、部活に顔を出さないことも気にされなくなっていた。
朝、佐々木に起こされ、二人乗りで佐々木の高校へ。北高で授業を終えると佐々木を迎えに行き、
家で受験勉強と佐々木の話し相手。もう佐々木が俺の横に寝ていても何の違和感もなくなっていた。
しまいには佐々木を腕枕して抱き合った状態で話をすることに。
「おい、恋愛感情は精神病の一種じゃなかったのか?」
「確かにキョンの言う通り、基本は恋愛感情なんて代物は精神病の一種でしかない。
 けどね、キョン。僕はキョンならそれでもいいと感じているんだ。
そうでもないと僕の存在意義がなくなってしまうからね」
「存在意義がなくなるってどういうことだ?」
「人類の一員として言うならば、当然、自分の遺伝子を残すことに尽きるだろう。
 子をなして自らの構成要素を後の世に伝える。これは生命の本質だよ。
 少なくともこの地球上のあらゆる生物はそういうことになっている。
 もっとも、僕の考えだした理論や概念が後の世に残るのだとすれば僕はそっちでもかまわないけどね」
凄く難しいようで、実は人類がここまで繁栄するにいたった至極簡単なことであり…
俺には赤面する以外何も言葉が浮かばなかった。遠回しのようでとんでもない大胆発言だぞ…
「僕なんかじゃ嫌かい?」
「そんなわけあるか!大歓迎だよ。ったく、遠まわしにモノを言いやがって…要するに…」
「ダメだよ、キョン。そこから先は言わないでくれ。僕だって結構恥ずかしかったんだ」
なら、存在意義を満たす活動をするまでだ。

翌日・・・
谷口が鼻息を荒げて俺のところへとやってきた。何かあったのか?
「おいキョン!あんな女子といつから知り合いになったんだ!?おまけに自転車で二人乗り。
 俺様的美的ランキングAAAクラスだぞ!俺にも紹介しろ!」
佐々木と一緒にいたところを見られたらしいな。そろそろ誰かに見られてもいい頃だと思っていたが、
まさか一番目が谷口だったとはね。古泉からすれば、『十人中八人が目を惹かれる魅力的な女性』
谷口からすれば、『AAAランクの女子』か。朝倉を上回ったらしいな。
当人が聞いていたらどう思うか気になったが、あいつと接触するのはもうごめんだ。
「中学校のただのクラスメイトだ。自転車こいでたらいきなり名前を呼ばれてな。
 今朝は早く目覚めたからついでに高校まで送ってから北高に来た。ただそれだけだ」
それを聞いた国木田が少しの間をおいてすぐに答えに結びついた。
「それ、もしかして佐々木さんかい?確か市立の高校に行ったんだったよね。
 何であんな遠いところを…って僕も思っていたけど…よくそんな時間あったね」
「ああ、あいつを降ろしてからは結構飛ばしてこっちまできたんだがな。移動しながらでもない限り、
 あいつと会った場所で止まったまま二人とも遅刻していただろう。
佐々木と会うといつまで経っても話が止まらんからな」
「それもそうだね。佐々木さんとは未だに連絡とりあっているの?」
「少し前からだな。一年の時は全くの音信不通だったが、
最近ばったり会って以来お互い話題が尽きなくてな。今朝も同じだよ」
HRの鐘がなり、岡部が教室に入ってきたところでこの話は打ち切り。
「佐々木」というキーワードを聞き漏らしてないらしいな。
後ろからハルヒの嫌なオーラが漂ってきていた。

数週間が過ぎ、佐々木の携帯には橘京子からのメールや電話の着信履歴で埋まっていた。
全て無視してくれと頼んでいたことをずっと守ってくれていたらしい。ありがたい。
橘からの連絡が無くなってきた頃、ついにあの男が俺の前に現れた。
「すいません。ちょっとお時間よろしいですか?」
廊下から古泉が俺を呼ぶ声がした。
どの道ハルヒは学食に行っているし、わざわざ中庭にでることもないだろう。
ハルヒの席に座るよう古泉を促して話し始めた。
「それで、どこまでハルヒにバレているんだ?」
「おや、我々のことまで全て分かっているような言い草ですね。
僕たちはあなたの掌の上というわけですか?どうやら僕の今の状態も筒抜けのようですね。
はっきり申し上げます。佐々木さんがあなたの家に連日泊りこんでいるところまでです。
どうしてこのようなことをしているのか説明していただきたいですね。
僕のバイトのことを知っていながら、なぜそこまでするのかを…」
いつものニヤケスマイルだが、苛立ちが混じっている。
冷静に言葉を吐いていても、夜中の閉鎖空間のせいで俺の考えていることまでは頭が回らないってところか。
「簡単だよ。佐々木を匿って橘たちとの接触を防ぐ。ただそれだけだ。
 ハルヒがそれを知れば、いくら家庭教師だと説明したところで
おまえのバイトが忙しくなるのは自明の理だ。
だが、そこは古泉やエージェントに任せることにした。
あの三人がどういう目的を持ってつるんでいるのかは知らんが、
佐々木を利用しようとしているのは容易に想像がつく。
橘は佐々木を説得しようと試みているが俺がそれをシャットアウト。
すべて無視するよう佐々木に言ってある。例の未来人は短気な人間のようだしな。だが、
あいつが九曜を使って強硬手段に出れば、金輪際佐々木はあいつらと接触しようとは思わないだろう。
それでも朝比奈さんやハルヒ本人を誘拐しようとすれば、前回のように森さんたちが動く。
九曜がどれだけの能力を持っているのかはわからんが、こっちだって長門がいる。
なんにせよ、あいつらに諦めるという選択肢はないはずだ。
強硬手段をとってでも佐々木やハルヒに接触してくるだろう。
当然、俺達に危害を加えようとしてくる。俺はそれを必要最小限に抑えることにした。
俺は閉鎖空間にも入れなければ、神人を倒す能力もない。
当然宇宙人的なものやハルヒの改変能力なんてふざけた力もな。だから俺のできることをする。
閉鎖空間のことは全部お前やエージェントに委ねることになって申し訳ないと思ってる。
だが、SOS団メンバーや親友が傷つくのを黙って見ているなんて俺には我慢ならん」
俺の言葉を一語一句全て記録として残すかのように静まり返って聞いていた。
話し終えたところで突如古泉が笑いだす。
「くくく…はははは…やはり僕たちはあなたの掌の上のようです。
 僕やエージェントだけならまだしも、森さんたちの動向まで計算に加えていたとは…恐れ入りました。
 あなた自身も受験勉強がスムーズに運び、彼女を守ることができる。わざわざ自転車で送迎までしてね。
 佐々木さんの方は眠る直前までずっと話し相手がいる。
 我々には負担がかかってしまいますが…あなたが早退や休部すると言いだしてからしばらくの間は、
 確かに平穏な日々が続いていましたよ。それも全部読んでいたとは……分かりました。
 橘一派との争いが終焉を迎えるまでの間だけということですね。僕は僕の仕事に善処することにします。
 ですが、あなたに一つだけ、ご報告したいことがあります。
 長門さんがここ二,三日登校していません。我々も様子を見に行ったんですが、
 高熱で涼宮さんが何をやっても一向に熱が下がる気配がありません。
 雪山の山荘と同じく、すでに周防九曜なる人物から圧力をかけられていると見ていいでしょう。
 あなたの方にもそろそろ向こうからのアプローチがあるはずです。
お気をつけて…それでは失礼します」
既に長門が抑えられていたか…だが、俺が長門のマンションへと足を運んだところで何も変わりはしない。
帰りのHR後にハルヒが脱兎のごとく教室を抜け出していたのはそのせいだったか…。
『団員の面倒を見るのも団長の務め』ってところだろうな。
午後の授業も俺の後ろには『一応』ハルヒがいる。今すぐにでも長門のところへ行きたいのだろう。
後ろを見なくてもそわそわしているのが手に取るようにわかる。
俺も板書はしているものの、授業どころではなくなっていた。
今日アプローチをしてきてもおかしくないんだ。
どういう策で来るのかは不明だが考えられるだけの対応策を用意しておかなくてはな。

HR後ハルヒと競うかの様に教室を抜け出し、ハイキングコースを下っていた。
これがグラウンドのトラックだったら、確実にハルヒに周回遅れにさせられているだろう。
俺もかなり飛ばしているはずなのだが…超高校生級のあいつには敵うはずがないってところか。
いつものように佐々木と二人乗りで自宅へと帰る…が、ようやく強硬策に出たようだ。
家の前には新川さんのリムジンではなく、普通乗用車が止まっていた。
中にいるのは橘、藤原、九曜、
そして俺より先にハイキングコースを下り長門のマンションへと向かったはずのハルヒがいた。
意識はない。眠らされているようだな。
「佐々木さん、残念です。このような手段を取るようになってしまって…」
運転席から降り、車の後ろから俺たちに声をかけてきた橘。
それに合わせるかのように助手席から藤原が出てきた。
「久しぶりと言っておこう過去人。だが、これで最後だ。お前らに選択権はない。
 僕達の要求にYESと答える。ただそれだけだ」
相変わらずこの自称未来人は俺を怒らせるのが得意なようだ。
自転車の荷台から降り佐々木が言葉を放つ。
「二人には感謝しないといけないと思っていた。君たちと話せなくなる代わりに
 起床時から寝る直前までキョンと話をする優雅な毎日を送ることができたよ。ありがとう」
「はっ、まさか器のお前から礼を言われるとはな。
諦めたのならさっさとこっちの言う事に従ってもらおうか。
あんたも後ろ盾を失って手がだせないだろう?」
まさか古泉から長門のことを聞かされた直後にそんなことを言われるとは思わなかったな。
やれやれ…面倒事だがさっさと片付けて長門のところへとお見舞いに行くことにしよう。
「前にお前が言っていたことをそのまま返してやるよ、自称未来人。
九曜のような地球外情報知性相手によくもまぁ命令口調で話せるもんだ。
それに手が出せないのはそっちの方だろう?ハルヒも佐々木も死んでもらっては困る。
自称未来人とはいえ、ただの人間。ただ九曜という後ろ盾があるだけで
よくもまぁそこまで吠え面ができるな?何かいいことでもあったか?」
「当然だ。ようやく事が進められる。あんたがそこの器にやっていたこともただの延命処置に過ぎない。
 ことが終わってしまえば涼宮ハルヒにもその器にも用はない」
本性を現した…と言っていいだろうな。佐々木のことをただの器だという。
横にいる佐々木がどういう表情をしているかは知らんが、こいつとつるむ気はもうないだろう。
しばしの沈黙の後、自称未来人が胸元から拳銃を取り出した。
「はっ、僕は悠長に話しているほど暇じゃない。あんたはさっき手が出せないと言ったが、
 死んでいなければそれで済むんだよ。期待通りにならなくて残念だったな」
直後、一発の銃声が鳴り響いた。俺の視界に入ったのは拳銃を持っていた自称未来人の手の甲が
何者かの手によって撃たれたことだけ。
だが両サイドから勢いよく突っ込んできた車で橘たちの車が行き場を無くした。
スナイパーのようなスコープ付きの長い銃を持った新川さんと運転席には森さん、
そしてもう一台の車には多丸兄弟が乗っていた。
「くそっ、どういう事だ!?」
「我々の後ろ盾は長門有希一人ではないということです」
リムジンの後部座席から古泉が降りてきた。拍車をかけるように古泉が言葉を連ねる。
「以前失敗していたことをただ繰り返すだけとは…我々も甘く見られたものですね。
 それとも…便利なツールに頼り、未来人は考えることをしなくなったのでしょうか?
 彼から事情を聞いたばかりでしたが…こうも彼の思い通りに事が運んでくるとは…圧巻ですよ。
 あなた方も結局は彼の掌の上のようですね。これは預かっておきましょう」
新川さんは狙いを自称未来人に定め、残心を怠らない。古泉が歩み寄ってきて拳銃を取り上げた。
「はっ!僕らがこの過去人の掌で踊っていただと?勘違いも大概にしろ。何様のつもりだ貴様ら。
 九曜!その女を始末しろ!涼宮ハルヒを亡きものとし、佐々木に残りの業務を引き継がせるまでだ!」
自称未来人の言葉にその場にいた全員が再度緊張感に包まれた。
新川さんの銃口が九曜へと向けられたが、ただの銃弾でこいつを倒せるとは思えない。

「―――――不可能」
ようやく言葉を発した九曜が、自称未来人の命令に背いた。
「何!?どういうことだ九曜!約束を果たせ!」
「それが出来ないと言っているのにまだ気付かないのか自称未来人。
 俺もあまり関わり合いたくはないが…既に九曜は雁字搦めにされているようなものなんだよ」
「はっ、古代人が戯言をほざくな。九曜に銃弾が効くとでも思っているのか?滑稽だよ」
「さっき古泉が言っただろう?『我々の後ろ盾は長門有希一人ではない』と…
長門有希が世界を改変したことは知っているにも関わらず、なぜ気付かない。
 長門有希が今のような状態に陥ったときの対処を情報統合思念体がしていないとでも思っているのか?
 そろそろ出てきたらどうです?喜緑さん。それに………朝倉もな」
俺が呼び上げた二人の名前に、橘、藤原をはじめ、古泉たちも驚いている。
「気に入らないわね。わたしたちまであなたの掌の上とでも言うのかしら?」
情報結合と共に朝倉と喜緑さんが現れた。
「おまえは長門のバックアップ。長門が動けない状態に陥れば必ず姿を現す。そう思っていただけだ。
 自分を殺そうとする存在が現れるのを信じるというのもおかしな話だが…
 事のついでに伝えておこう。谷口的美的ランキングはおまえがAAランクプラスで
 佐々木がAAAだそうだ」
「失礼しちゃうわね。今回は長門さんの代理としてあなたを守れと指令が出て仕方なく来たけど…
 次にあなたを抹殺する指令が来たらまとめて殺しちゃおうかしら」
事の展開の速さに着いていけない橘は腰を抜かしたまま動けず、
自称未来人は同位体の襲来に歯軋りをして計画の破綻にようやく気がついた。
九曜が動けないことをいち早く察知した古泉がハルヒを車から連れ出し、リムジンへと避難。
これで長門の部屋まで送り届け、看病していたら寝ていたということにすればいい。
「――――わたしへの対抗手段が取り巻き覆っている。現状を覆すのは困難と判断する」
そう告げるやいなや、九曜の身体が平面と化し、折り紙のようにパタパタと小さく折られて姿を消した。
残った藤原に歩み寄る。新川さんに撃たれた手の甲を抑えてしゃがんでいた藤原の髪を掴み殴り飛ばした。
「がっ!っくそ…何しやがる!」
「これまでのおまえらの行動に対する制裁だよ。今のは朝比奈さんを誘拐したときの分。
 次はハルヒを誘拐した分。最後に佐々木を利用して物扱いした分だ」
どれも顔面に向けて拳を繰り出し、最後の一発は全精力を込めた。

たった三発だったが、俺の気は晴れた。
振り返ると、すでに朝倉も喜緑さんも情報結合を解除して姿を消していた。
「佐々木、おまえはこういう奴らからアプローチを受けていたんだ。
おまえをモノとして扱うようなキチガイな奴らにな。おい、そこの自称未来人。
勝ち目が無くなったにも関わらず未だにそこにいるのはどういう事だ?
橘と一緒に始末されたいか?お前の頭をぶち抜いてもいいんだぞ?
橘は調べがついてもおまえは身元不明で終わりだ。
死体がひとつ転がっていたところで調べようがない」
古泉から拳銃を受け取り額に銃口をあてた。ぐうの音も出ないらしいな。
結局そのままTPDDで未来へと逃げていった。
「古泉、橘の処分は任せる。俺は佐々木の話し相手をしなければならん。
 ハルヒのことも含めて頼んだぞ」
「解りました」
やっとの思いで玄関へと辿り着いた。佐々木は何も話さなかったがずっと興奮していたらしい。
あの状況で面白いと思えるのは精々ハルヒとこいつだけだ。
「嬉しいよ、キョン。彼らから僕を守ってくれたこともそうだが…
 キョンは僕に電話してきたときから既にこうなることを予測していたのかい?
 キミの仲間は皆『自分はキョンの掌の上で踊らされている』と言っていたからね。
 今日は興奮して眠れなさそうだよ」
頼むから突っ込み所の多い発言はやめてもらいたいもんだ。朝倉は俺の仲間とは呼べないし、
佐々木が眠れない分、俺も起きて話さないといけないらしいな。
何はともあれ一件落着と言う事にしておこう。

翌朝・・・
学校に復帰した長門を確認していつもの座席に腰を下ろす。
長門の熱も下がり、ハルヒの矛先は当然俺に向かってくる。
「ちょっとあんた!休部してまで佐々木さんと連日過ごすなんてどういう事よ!
 しかも佐々木さんがキョンの家に泊まり込みしているそうじゃない!」
馬鹿、声がでかい。放課後、部室に行ってから事情説明しようと思ったが仕方がない。
とりあえず、橘一派から利用されようとしていた佐々木を匿い、高校への送迎もしていたこと、
昨日あいつらが強硬手段をとり、ハルヒは気付いてなかっただろうが人質に取られていたこと。
佐々木が家庭教師で勉強面についてのサポートをしてくれていたことは本当だからな。
「あたしが人質にされていたのは確かに記憶にないけど…
でも、これであんたの休部もなくなるんでしょ?今日からちゃんと部室に来てもらうわよ!」
「それが…そういうわけにもいかなくなってしまってな。
俺も早く朝比奈さんのお茶にあり付きたいんだが…すまんがもうしばらく待ってくれ」
「事が済んで有希も元気になったのになんでそうなるのよ!!」
机をバンバンと叩いて顔を近づけてくるハルヒ。教室中の視線が俺達二人に向いている。
佐々木との関係を聞いた谷口は泣き崩れて床を叩き、国木田は空いた口が塞がらない。
「俺を含めた家族全員が佐々木が居ることに賛成している上に、佐々木本人も
 『キョン、申し訳ないがもうしばらくここに居させてくれないか?
  彼(シャミセン)と一緒で居心地がいいんだ』なんて言っていた。
 俺自身もあいつと話したいことは山のようにあるんだ。部活については数日中に何とかする。
 それも含めてもうしばらく待ってくれ」
一応これでハルヒのイライラは少しは収まったらしい。ハルヒの怒鳴り声で多少は眼が覚めたものの、
昨夜の佐々木とのやりとりで寝不足には変わりない。
板書は国木田にノートを借りることにして、弁当も食べずに眠っていた。
放課後、これまで通り部室に顔を出すことなくハイキングコースを下って佐々木を迎えに行った。
「授業はなんとか起きていられたけど…すぐにでも寝てしまいそうだよ。
 自転車から落ちないようにキョンに抱きついてもかまわないかい?」
「ああ」
素気ない返事をしてしまったが一度佐々木を抱いて以来、親友と言うより恋人に近くなった。
佐々木も俺も今の関係を崩したくはないと思っている。
俺が部活に参加しなければ古泉の負担が増える一方だし、それについての対策はもう考えてある。
『恋愛感情は精神病の一種』と言っていた奴が『キョンならそれでもかまわない』と言ってきたんだ。
佐々木の気持ちを無碍にするわけにはいかん。たとえ、誰を敵に回したとしても…

数日後、俺は文芸部室の扉の前にいた。
ノックをするといつもの朝比奈さんの美声が俺の心を和ませ、入室許可を確認してから部室へと入った。
「おかえりなさい。ようやく復帰できたようでなによりです」
古泉はそういうが、佐々木が俺の家に泊っていることは変わっていない。
俺が部活に参加することで自転車で迎えに行けなくなった分、佐々木は電車やバスで俺の家まで帰ってくる。
あいつ用の自転車を買うか、自分の家から持って来たりすればいいのだが、
「ただでさえ、帰りはキョンと別々になってしまうからね。せめて朝はキョンと一緒にいたいんだ」
などと言う始末。始末なんて言葉を使うと佐々木に申し訳ない気がするが、
登下校時くらいは別々でもかまわないだろう?起きてから寝るまでずっと一緒にいるからな…。
何にせよ、これからの俺の部活動は全て勉強だ。朝比奈さんのお茶を飲みながらな。
「おや?困りましたね。あなたが勉強してしまっては僕の相手をしてくれる人がいなくなってしまいます」
「休部する前にも言っただろ。お前らと違って俺は頭が悪いんだよ」
「キョンにしては自分のことよく分かっているじゃない。
全員で大学に合格して大学でもSOS団立ち上げるわよ!」
「はぁ?大学にいったら全員バラバラになるのにどうやってSOS団立ち上げる気だ…?」
「あたし達四人でみくるちゃんを追いかけるのよ!廃部寸前の部活に入ってもらっていれば、
 大学でも部室もちゃんと確保できるってわけよ」
なるほど、確かに理に叶っている上に朝比奈さんのあとを追うとなれば、
ちょっと前の俺ならそれに向かって真っ直ぐ突き進むだろう。
今はその提案に便乗したフリをしておくか。
もし古泉が俺の家にまだ佐々木がいることを知っていたとしても
こいつの口からその情報が出ることはない。
自分の首を絞めることになるんだからな。

自宅に帰って「ただいま」と告げる。
シャミセンも佐々木も俺の部屋のベッドが気に入っているらしく、自室で妹&シャミセンと遊んでいた。
妹を部屋の外につまみ出して制服を脱ぎ始めた。
「おかえり、久しぶりの部活はどうだった?キョン」
シャミセンが佐々木の膝の上でお腹を撫でられ、佐々木も笑みを崩さない。どっちも楽しそうだな。
「ああ、ただいま。俺がいない間に五人で同じ大学に行くことになっていたらしい。
 だが、母親のセリフじゃないが、俺は佐々木と同じ大学に行って共に生活すると決めたんだ。
 今は皆の話に便乗して、勉強していても不自然に思われないようにしている。
 SOS団全員で行く大学より佐々木が行く大学の方が明らかにレベルが高そうだが…
なんとか乗り越えて見せるさ。期末テストも近いし今日もよろしく頼む」
「くっくっ、高二のこの時期からそんなことを考えているなんて僕の高校の一般生徒より
 SOS団の方がよっぽど充実した日々を送っていると言えそうだよ、キョン。
 キミと一緒に大学に通えるなら僕も協力をおしまないつもりだ。
彼には昼寝をしてもらうとして…始めようか。
最近はキミと一緒に寝ながらでないとどうも話が面白くないんだ。どうしてだろうね?」
佐々木はまた「くっくっ」と笑いながらシャミセンをベッドに乗せて俺の勉強に付き合ってくれた。
夕食は二人で食べ、交互に風呂に入ったら電気を消して佐々木を抱きしめ話し出す。
これからはそれが俺達のルーティンワークになりそうだ。
「嬉しいよ、キョン。こんなに居心地のいいところは他にない。
 僕は僕にとっての理想郷を見つけた気がする。このままこうしていさせて欲しい」
「そんなことならお安い御用だ」

『キョンが期末テストTOP10入り!?』
「はぁ…いいよなぁおまえは…AAAランクの美女が家庭教師でついてくれているんだから…
 まさか涼宮まで抜き去るとは思わなかったぞ」
「佐々木さんが付いているだけでキョンがそこまで実力をあげるなんて思わなかったよ。
 僕も参加させてくれない?」
「キョン、俺も仲間に入れてくれ!頼む!」
「おまえら…俺の部屋の狭さ知っているだろう?
それに部活の後だから平日はほとんど時間が無いぞ…夕食や風呂に入っている時間も含めてな」
「なら先にキョンの家に行って佐々木さんと…」と谷口がぬかしていたが、
家主より先に他人の家に転がり込むなどという不躾なことをするなとキッパリ断った。
当然俺の後ろの奴は怒気を孕み、部活の時に大暴れするだろうな。
「もー…!有希ならともかくキョンにまで抜かれるなんて!
 あんたね!佐々木さんはもう匿わなくてもよくなったんじゃないの!?」
「前にも話しただろう?俺を含めて家族全員が賛成してくれているんだ。
 今回の結果を報告すれば、俺の両親も佐々木にこのままいてもらいたいと思うだろう。
 それより、なんでおまえが俺の家に佐々木がいることに対してイラついているんだ?
 あいつからも俺たちの関係は聞いただろう。親友だってな」
「ぐ…それはそうだけど…」
「とはいえ、僕もあなたに抜かれるとは思ってもいませんでした。
 さすがに少し苛立ちましたよ。次回は必ずあなたの上に名前を連ねましょう。勿論、涼宮さんもね」
「当然よ!団長としてあるまじき失態だわ!
 決めた!夏休み中はSOS団全員で有希の家で受験勉強に励むわよ!」
長門は相変わらず無表情だが、古泉と朝比奈さんはハルヒの意見に同意のようだ。だが…
「俺は行かないし、その意見には反対だ」
ようやくハルヒのイライラもおさまったかと安堵していた古泉の目の色が変わった。
これ以上のイライラはなんとしても避けたいってところだろうが…ハルヒの案には穴がある。
「雑用係が団長の意見に逆らうなんて言語道断よ!
 反論するのなら、終わってからA4用紙にまとめて提出しなさい。一応見てあげるから!」
「これに賛成すると一番被害を受けることになるのが朝比奈さんだとしてもか?」
全員の視線が俺の方に向けられた。長門も驚いて本を見ていない。
「あのぅ…キョン君、わたしが一番被害を受けるってどういうことですか?」
「同感です。一緒に受験勉強に励むのですから何も問題はないでしょう?」
「俺たち四人が朝比奈さんと同じ三年生なら問題はない。
だが、俺たちと朝比奈さんとでは受験までの期間が違うんだよ。
朝比奈さんは受験まであと半年を切っている。しかし、俺たちはさらに一年の余裕がある。
容易に想像できるんだよ。長門は本を読みふけり、古泉は休憩時にボードゲーム、
ハルヒはコンピ研から奪ったノートパソコンでネットサーフィンしながら
『みくるちゃん、お茶』と言ってくるだろう。
受験勉強に必死になっている朝比奈さんのまわりでそんなことをしていたら
逆に朝比奈さんの集中が途切れて受験勉強を阻害してしまう。なんせ一年間の猶予があるんだからな。
邪魔しないようにしていてもいずれボロが出る。
自宅で受験勉強に励んでいた方がよっぽど集中できるだろう。
おまえらが朝比奈さんにわざと不合格になってもらって
五人で大学一年生なんて考えているのなら話は別だがな」
俺が話していくうちに次第に他のメンバーの表情が暗くなる。
「これは大変失礼を致しました。彼の言う通り涼宮さんの計画にこのまま参加していれば、
 間違いなく僕はボードゲームを持って行ったでしょう。
 朝比奈さんがどれだけ必死か気にもとめずにいたに違いありません。誠に申し訳ありません」
「古泉君、そこまで謝らないでください。
わたしもキョン君に言われるまでそんなこと考えてもいませんでした。
涼宮さんには申し訳ないですけど、自宅で受験勉強に励むことにします。
でも、たまには皆で遊びに行ったりしたいです!」
「もー…キョンのくせに生意気よ!!いいわ!みくるちゃんは自分の受験勉強に集中して!
 古泉君!有希と三人で特訓するわよ!次のテストでキョンより上に行って嘲笑ってやるわ」
「了解しました」
やれやれ…俺一人の順位を抜くことにそこまで意地張らなくてもいいだろうに。
ハルヒの発言通り次のテストで嘲笑われることになっても、実力がついているなら俺はそれでかまわない。
俺の目標は校内TOP10じゃない。佐々木と同じ大学に入ることだ。

「そんな話になっていたとはね。
確かにキミの言う通り一人だけ受験まで期限が無いんじゃ、
その朝比奈さんって人は集中したいのに出来なくなるかもしれないけれど、
皆で楽しく勉強に励むっていうのもよかったんじゃないかい?
でもキョンの校内TOP10入りは僕も嬉しいよ。おめでとう」
俺の腕に頭を乗せた佐々木が祝福してくれた。佐々木がついてなければここまでの高得点はありえない。
おまえのおかげだよ、佐々木。
「ああ、ありがとう。俺はもう皆で楽しく過ごすよりおまえが一緒にいてくれる方がいい。
夏休み中もそれ以降もずっと付き合って欲しいくらいだ。
たとえ恋愛感情が精神病の一種だったとしても、俺ならそれでもいいと言ってくれた。
既にプロポーズされているようなもんだが、俺からも言わせてくれ。
俺の18の誕生日に婚姻届を出す。
すぐに結婚式は出来ないが、大学行きながら少しずつでも働くよ。俺と結婚してくれ」
「嬉しいよ、僕もずっとキミの傍がいい。でも大丈夫かい?
 五人で一緒の大学って話になっているのに、キョンだけ抜けるんだろう?」
「そうだな。いつか全員に話さないといけない。
 だが、どんなに周りから誘いを受けようが、俺はおまえと一緒にいることを望む。それだけだ」
それ以降、部活動は長門を除く全員が受験勉強。
夏休みに入ってからは土曜日にみんなで集まって不思議探索ツアー兼気分転換。
佐々木に起こされて身支度を整えると、罰金を支払うのがハルヒになっていた。
「財布忘れてきた」だの「女の子に払わせる気か」だの何かしらの理由をつけて
罰金を俺に押しつけようとしてきたが、残り四人でハルヒを責め、渋々支払いを続けていた。
新学期に入ってもその罰金は常にハルヒ。
これで不思議探索ツアーなんてやめてしまえばいいとつくづく思う。
「でも、こうやってキョン君たちと町を歩くなんて楽しいじゃないですか」
朝比奈さんが受験勉強の気分転換として参加しているのであればそれでいいか。
定期試験の方は俺、ハルヒ、古泉の三つ巴。長門には誰も勝てないと思っていたが、
俺達の点数が上がっていくにつれ、
「このまま進むことが出来れば長門さんと並ぶことも出来るかも知れません」
「面白いじゃない!一回くらいは有希に勝とうと思っていたところよ!覚悟しなさい!」
「わたしの首位は揺るがない」
目標をはき違えている気がするが、ハルヒが面白がっているならそれでいいか。

そして、朝比奈さんの卒業式の日。
鶴屋さんも招待して二人の卒業を祝うことになった。場所は当然長門の部屋。
六人で行うパーティにしてはいささかテーブルが小さい気がするが…
「キョン君も細かい事は気にしなくてもいいっさ。皆で楽しくやれれば満足にょろ。あははははは…」
主賓がさほど気にしてないなら俺もあまり考えないようにしよう。
「しかし…鶴屋さんは家督を継ぐとして、朝比奈さんの合格発表日が待ち遠しいですね。
 受験したのは朝比奈さんですが、まるで僕が受験したかのような気分です。
 これほど時間が早く流れて欲しいと感じたことはありませんよ」
「古泉君、ありがどうございばず―――」
長門にハンカチを渡されて涙を拭いていた。
「長門さんもありがとうございます…グス…でもこれで文芸部室に行けなくなってしまいました。
 大学に合格しても…一年間も皆さんのことを待っていないといけないかと思うと…」
「みくるちゃんも大袈裟よ!
平日は無理でも土日の探索や今日みたいなパーティの時は強制参加なんだから!」
「それもそうでしたね。ではパーティの際は真っ先に僕が連絡しますので、是非来て下さいね」
「はい。もちろんです。キョン君も待っててくださいね」
話すならこのタイミングの方がいい…か。
「ええ…でもそれくらいしか朝比奈さんと会えなくなってしまいますね」
「あんた何言ってんのよ!一年後には五人でSOS団作るわよ!」
「残念だが…俺はそれに加わることは出来ない」
俺の言葉に一瞬にして静まり返ってしまった。長門が無口なのは言わずもがなだけどな。
やれやれ…場を大いに盛り下げてしまったが、朝比奈さんの合格祝いで盛り上がってもらえればいいだろう。
「ちょっとキョン!このままあんたがあたし達と競り合うような成績取り続けるなら
何の問題なく皆で合格出来るじゃない!」
しばしの間をおいて、ようやく俺の言わんとしていることに古泉が気がついた。
「まさか…朝比奈さんと違う大学を受けるとでもいうんですか!?」
「ああ。佐々木と同じ大学を受ける。これまでの勉強はそのためのものだ。無論これからもな。
 ハルヒや古泉と点数を張りあうようになっていたのは、単なる偶然だよ」
「キョン君…それ、本気で?」
「彼の言葉に嘘偽りはない」
「あんた、佐々木さんとは親友だって言ってたじゃない!別に大学まで同じにする必要ないわよ!
 それに佐々木さんの受ける大学なら更にレベルが高くなるのよ!?合格できると思ってるの!?」
「合格するために必死で勉強してきたんだ。朝比奈さんの受けた大学よりレベルが上なのは承知の上だ。
 俺はあいつと共に生活することにした。それにな…ハルヒ。もう親友じゃないんだよ」
「親友じゃないって……っ!!」
「お察しの通りだ。ハルヒと同様、佐々木も『恋愛感情なんて精神病の一種』と言っていた奴が、
 『キョンならそれでもかまわない。僕の存在意義がなくなってしまうからね』なんて言われたよ」
「キョン君、存在意義って…?」
「『人類の一員としていうならば、自分の遺伝子を残すこと。
子をなして自らの構成要素を後の世に伝える』
 要するに、俺と結婚して子供を産みたいって事。まったく、今になってもそう思う。
佐々木らしいプロポーズだとな。俺の18歳の誕生日に婚姻届を出しに行こうと思ってる。
結婚式は大学卒業後になりそうだがな。
朝比奈さんの煎れてくれたお茶が飲めなくなって残念だが、これが俺の決めた道だ」
「そんな…恋人どころか婚約しているっていうの?」
「ハルヒも俺みたいなただの人間をいつまでも部活に入れてないでおまえの求めているものを探せばいい。
 幽霊や妖怪、異世界人に未来人、宇宙人に超能力者を探すんだろう?
隠しているだけで実はすぐそばにいたなんてこともあるかもしれん。
鶴屋さん、朝比奈さん、折角の場の雰囲気を壊してしまってすみません。
朝比奈さんの合格発表の日は五人で盛大に盛り上がって下さい。俺はお先に失礼させてもらいます」
呆然としている五人をよそにスッと立ち上がり長門の部屋の玄関へと向かう。
「待ちなさいよ!!」
ハルヒが大声で叫んで立ち上がった。他のメンバーもハッとして俺を止めにかかる。
「どうかしたか?」
「あんたが…あんたがいなきゃSOS団は成り立たない。あんたがいなきゃ………意味がない…」
立ち上がってすぐに泣き崩れるハルヒにまわりのメンバーが心配そうに集まる。
「ハルヒ、ただの人間はいちゃいけないんだ。どうしておまえがそこまで泣く必要がある。
 恋愛感情なんて精神病の一種だっておまえも言ってただろう?」
「佐々木さんと一緒よ……。あんただけは…あんただけは精神病でもかまわない。
 あたしだって…あんたのことが好きなんだから…」
「すまないな、ハルヒ。たとえおまえが先にそれを伝えてくれていたとしても
 間違いなく俺は佐々木を選ぶ。あいつは俺にとって唯一無二の存在なんだ。……すまん」
「なんであんたが謝ってばっかりなのよ……」
それはな、ハルヒ。それ以外におまえにかけてやれる言葉がないんだ。すまない。
心の声でそう伝えて、長門のマンションを後にした。

翌日から俺は部活へ行くのをやめ、佐々木と一緒に帰っていた。
それに対する言及もなく、古泉からのアプローチがないことを加味すると
ハルヒのイライラも閉鎖空間も出ていないのだろう。
いつものように電気を消し、佐々木の頭を腕に乗せて話し相手…今回は俺が話す側だな。
「ホントによかったのかい?僕からすればキョンが僕を選んでくれたことを嬉しく思う。
 文字通り表情や言葉では言い表せないくらいにね。
 でも、あれだけ密度の濃い二年間を過ごしてきた仲間と離れることになるんだろう?」
「ああ、いつ話そうかとずっと迷っていてチャンスを逃してばかりいたようだ。
 今回ばっかりは俺も…ハルヒも辛かったと思う。
だが、はっきり告げたからには佐々木と同じ大学に現役で合格をする。迷ってなんかいられないんだ。
あと一年、俺の勉強に付き合ってもらうぞ?」
「わかったよ。涼宮さんだけじゃなく僕までキョンに追い抜かされそうなんだ。
 今後は教えると言うより相談し合うと言った方がいいだろうね。僕からもよろしく頼むよ」
そのあと佐々木と唇が重なったままお互いを離すことはなかった。
四月に入り、クラス替えが発表された。
3-5に俺の名前はなく、ハルヒ、長門、古泉、谷口、国木田が記載され、
長門談によると卒業してしまった喜緑さんの代わりに朝倉が入ったらしい。
今頃谷口に向けて殺気を垂れ流していそうだな。
朝比奈さんの代わりの未来人はこれから転校してくるのだろうか…まぁいい。
ようやく見つけた俺の名前の上に3-4と書かれていた。
これで二クラス合同で行っている体育の授業であろうとハルヒ達と一緒になることはない。
あいつの能力でどれだけ世界を改変されてしまうかと思っていたが、
この程度で済んだのなら問題ない。最悪の場合、俺自ら藤原や九曜たちと手を組む可能性もあった。
それを考えれば至って平穏と言えるだろう。
逆に助かったと言うべきだろうな。ハルヒと一緒のクラスでは俺もあいつも過ごしにくいだろう。

俺一人が違うクラスになり、昼食は谷口と国木田がクラスから逃げるように俺のところにやってきた。
「おい、キョン!おまえ朝倉に何言ったんだ!休み時間になる度に殺されそうな気分になるんだ!
 何とかならないのか!?」
確かに、朝倉に告げたのは俺だが、元はと言えば女子を勝手にランキング付けして
あろうことかそれを女子の前で平気でベラベラと話している。自業自得だ。
「俺は何も知らんし、おまえの今までの行動を考えれば
女子からどう見られているかなんて簡単に想像がつく」
「仮にキョンの言う通りだとしても、朝倉さんがあんな殺気を放つなんて思わなかったよ。
 休み時間に教室に残っている人は涼宮さんたちくらいしかいないよ」
「しかし、涼宮と中高合わせて六年間も同じクラスになるとは思わなかったが、
 何度席替えしても窓側の後ろ二つは涼宮とキョンだったのに、
まさか三年になっておまえだけクラスが変わるなんてな。
間違いなく同じクラスになると思っていたのによ」
朝倉の殺気からようやく逃れることができたせいか、弁当をかきこみながらいつものように話してくる。
二人には事情は説明する必要はない。
「別に…谷口の六年間にしろ、席替えにしろ、アイツとずっと同じになるほうがおかしいくらいだ。
 俺の代わりに古泉や長門が同じクラスになっているんだから、孤立することもないだろう。
 それで?朝倉はそんな感じだとして、ハルヒたちはどうしてるんだ?」
「話し相手が古泉君と長門さんになっただけで、去年までと変わりないよ?彼女たちと何かあったの?」
ハルヒが元気になって古泉達と平穏無事に暮らしているならそれでいい。
「いや、聞いてみただけだ」
それからというもの、昼は3-4で三人で弁当をつつき、
次の授業のチャイムがなる直前まで谷口達が居座る日々が続いていた。
ある日、肩をトントンと叩かれ、後ろを振り返ると長門の姿があった。どうかしたか?
「これ、あなたに合うと思って持ってきた。帰ったらすぐ読んで」
このやりとりも久々だな。大方、栞にはハルヒ達には内緒で夕食をという内容が書かれているのだろう。
「長門、すまないがそれは受け取れない。もう退部した身だが週に何回かは昼休みに部室に行くよ。
 それで勘弁してくれないか?」
受け取れないと言ったあとは残念そうにしていたが、昼休みに会いに行くと聞いて笑顔が戻ったようだ。
多少口角が上がった程度だが、長門にとってはこれが満足気な表情なのだろう。
「そう。でもあなたに合った本なのは間違いない。今読んでいる本が読み終わったら読んで」
ああ、ありがとう。俺がそう言ったのを聞いて、クラスに戻っていった。

三年の定期テストは俺を含むSOS団四人でベスト4を陣取り、
ハルヒに至っては長門と同率一位になるのではないかと言うところまできていた。
俺の誕生日も間近に迫り、佐々木を迎えに行って婚姻届を取りに市役所へ。
「この書類を提出したら、もう『佐々木』とは呼べなくなるのか…」
「キョン、婚姻届を取りに行くような関係なのに
未だに僕を苗字で呼んでいる方がおかしいんじゃないかい?
いつ名前で呼んでくれるのかずっと待っていたんだけど、
まさかこんな時期になるまでとは思わなかったよ。
僕も『キョン』と呼んでいるから今さら名前で呼ぶのも恥ずかしいけどね」
「俺も同じだよ。佐々木は佐々木だ。
だが、俺の方はあだ名でいいとして、今日から名前で呼ぶことにする。
おまえからそう言われなかったからとはいえ、もっと早く気付くべきだったな。すまない」
「気にしないで。これで僕のことを名前で呼んでくれるなら、
 今までのことなんて一瞬にして消し飛んだわ。あとはキョンと一緒に合格するだけね」
久々に佐々木の女言葉バージョンを聞いたな。これからはそれで通すつもりだろうか。
佐々木と恋人つなぎで手を組んで市役所を後にした。
試験当日、絶対に落とすことは出来ないと胸に秘め、全教科全ての空欄を埋めた。
帰って二人で答え合わせ。教科によっては俺の方が点数が高いものもあったくらいだ。
最初の動機は橘たちから守るためだったが、その一件以降もずっとそばにいてくれて本当によかった。
「待ち遠しいと思うよ。合格発表も、キョンと過ごす大学生活も、僕たちの結婚式もね」
「俺も同じだよ。だがこれで二人でずっと話していられるんだ。
話が盛り上がり過ぎて、合格発表日を忘れるなんてことのないようにしないとな。
 手始めに自分の遺伝子を後世に残すのと、自分の理論や概念を後世に残すのとどっちがいい?」
「そうだね、簡単な方からでもいいかい?」
「なら…お言葉に甘えて…」

翌日から二人で部屋の整理をすることになった。
使わなくなった問題集や教科書、ノートは処分し、読まなくなった文庫や漫画は古本屋へ売り飛ばした。
スペースが空いたところへそれぞれの服や小物を収納。少しはすっきりしたが…
「新婚生活がこんな狭い部屋じゃ申し訳ない気がするな。
かと言って賃貸マンションに二人で過ごすと結婚資金が一向に積みたてられない。
赤ん坊が出来たらどうするか…」
「彼(シャミセン)と一緒で僕はここが気に入っていると言っただろう?
 起きてから寝る直前までキミと話せる優雅な生活にこれ以上のものは求められないよ」
「すまんな。そう言ってくれると助かる」
そして・・・
合格発表当日、掲示板の前では合格者は嬉し涙を流し抱き合っている。
不合格は悔し涙を流し仲間から背中を叩かれていた。
二人での大学生活が待っているんだ…頼むぞ………!
「キョン!あったよ!あれ!!」
俺の受験番号3307が掲示板に記載されていた。
言うまでもなくコイツも合格し二人で喜びを分かち合った。
細くて軽い身体を持ちあげ2~3回転ほどして二人で抱きあう。
家で結果を待っている母親に伝えようと大学を出ようとすると、目の前に古泉が現れた。
後ろにはリムジン。運転席には新川さんが座っている。
「おめでとうございます、二人とも無事合格のようですね。
あなたが佐々木さんと同じ大学に行くと一心不乱に勉強に尽くした結果と言えるでしょう。
おっと、もう佐々木さんとは呼べないんでしたね。失礼致しました」
「四月になるまではまだ佐々木でいいんじゃないかい?
 もっとも、婚姻届を出す直前まで名前で呼んでくれなかったキョンはどうかと思うけどね」
「それは再三謝っただろう…?それで、大体想像はついてるがこの後どこで何をするんだ?」
「長門さんのマンションで皆で合格祝いです。鶴屋さんや朝比奈さんも呼んであります。
 あなたの自転車はすでに車に乗せてあるので、リムジンに乗ってください」
それは気が利くというより、ちょっと強引なんじゃないかと思っているのだが…まぁいい。
古泉に促されてリムジンに乗り込んだ。新川さんとも久しぶりだ。
車に乗ること十数分、長門のマンションのドアを開けて朝比奈さんが俺に向かって飛びこんできた。
「キョン君、久しぶりです。元気でしたか?」
「ええ、無事合格しましたよ。ずっとコイツが連れ添ってくれましたから」
俺達の合格に鶴屋さんと二人で喜んでくれている。ありがたい。
「そろそろリビングに上がりませんか?パーティの準備は整っていますから」
ああ、そうしよう。あいつにも面と向き合って伝えよう。合格したと…
「…キョン…あのね……えーと…」
「ハルヒ、久しぶりだな。無事合格することができた。大学は違うが同じ大学一年生だ」
「バカキョン…佐々木さんが受ける大学なんてあんたには無理だって思っていたのに…
 でも、それでもあたしはキョンに合格して欲しかった。おめでとう」
「五人とも合格できたのにしんみりすることないっさ。さっさと始めるにょろ」
「それじゃあ、五人の合格を祝して『かんぱ~い』」
酒ありでパーティなんて初めてだな。ずっとハルヒ達と別れて生活していたこともあるだろうが…
新川さんの料理を酒の肴にするわけにもいくまい。
「くっくっ、キョンと二人で話しているのもいいけど、
たまにはこうやって皆で盛り上がるのも悪くないね。
これからはパーティで楽しんできたキョンを、僕は家で待ってなくちゃいけないのかい?」
「そんなことはありません。お二人とも招待するまでです。それに…涼宮さん、例の件」
例の件?おいおいそっちの大学まで行けとか言わんだろうな…
いつぞやの消失世界みたいなことになってしまう。北高と光陽園より距離あるし…
「いくら佐々木さんと同じ大学に入れたからって、
 そのあとあんたがちゃんと単位を取得して大学卒業できるのか疑問だわ。
 就職活動もいいところが見つからないで、佐々木さんに負担をかけるのが目に見えてるもの!」
「そりゃあ確かに疑問だが…何か解決する策でもあるのか?」
「あたしが会社作るからあんたは雑用係として働きなさい!」
そりゃあ…俺を雇ってくれるのはありがたいが…
すぐ倒産しそうな会社に入るより、真面目に就職活動した方がよさそうなもんだが…
「問題ない。絶対に倒産しない会社を作る。経営なら任せて」
だから、俺の考えていることを読むなって…だが、長門がここまでいうなら本当に会社ができそうだ。
「それより、俺はSOS団抜けてるんだぞ。なんで未だに雑用係なんだよ」
「SOS団その1はあんた以外に考えられないの!
あたしと鶴ちゃんを除いてあんたはただの人間代表ってこと!」
「お前な…だったら長門や古泉、朝比奈さんはどうなるんだよ?」
少しの間沈黙したあと、朝比奈さんが言葉を吐いた。
「キョン君。涼宮さんには、もうわたしたちのことを話してあるんです。
 キョン君にも内緒にしてもらっていたことも全部」
全部って…ハルヒの世界改変能力も全てってことか!?
長門、俺の考えてることが読めるなら後で詳細教えてくれ。
「とにかく、有希が宇宙人、みくるちゃんが未来人、古泉君が超能力者。
 あんたの言った通り本当に皆が隠していたとは思わなかったわよ」
「くっくっ、橘さんの言う通り本当にこっちにもいたんだね。
キョン、ちゃんと紹介して欲しかった。僕はその輪の中には入れてもらえないのかい?」
「あなたなら大歓迎。ただ、役職は未定」
宇宙人や未来人や超能力者は役職だと言いたいのかおまえは…
「それよりハルヒ、どんな会社立ち上げるんだ?」
「決まってるじゃない!SOS団の名の由来の通り世界中に名を轟かすような会社よ!」
「だから、その会社はどんなやり方で利益を得て拡大していくのかを聞いとるんだ、俺は」
「それをこれから皆で話し合って決めていくのよ!
見てなさいよ…スケールの違いを見せつけてやるんだから!!」
大学は別々でも、就職先が一緒になろうとは思わんかった。
ハルヒよ、頼むからちゃんと給料がでる会社にしてくれ…俺達の結婚式のための貯金をしないといかん。
「あたしに不可能はない!!」
やれやれ…


おしまい

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最終更新:2014年12月01日 22:43
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