15-919「佐々木IN北高「キョンの憂鬱」「遠まわしな告白」「がんばれ古泉君」「SOS団よ永遠に」-4

『キョンの憂鬱』

「キョンくんどこ行ってたのー?さっきの人とデート?」
チョコアイスを口元に付けたまま顔を出して聞く妹に生返事をして俺は自分の部屋に駆け上がるとベッドに
飛び乗った。
仰向けに寝転んで天井を睨みつけたまま、俺はここ数日の様々な記憶を呼び起こしていた。
古泉の思わせぶりな態度、まあそれはいつものことか。
長門の言った一言、あいつは俺に恋愛小説を読めと言った。
そして、たった今聞いた橘京子の一言。親友よりも大切な人。俺がどんなに鈍くても、その意味はわかる。
だが、しかし、だ。本当に、あの佐々木が俺をそう言う風に見ていたんだろうか。
橘の表情からして、あれは嘘でも罠でもない。俺よりは正確に、佐々木の心の中を理解した上であいつは
俺にそれを告げたんだろう。だとしたら、佐々木は、俺を・・・。
そしてもう一つ。それなら俺自身は佐々木をどう見ていたんだろうか。中学時代のクラスメイト、親友。
俺はたしかにそう思っていた。だけど、本当にそれだけか?どうなんだ、俺よ!
ふと、佐々木と一緒に下校した時の光景が頭をよぎった。あの時、俺は佐々木に何を聞いた?前の学校に、
付き合ってた奴や好きだった奴はいなかったのか。俺はそう聞いた。その答えを聞いたとき、俺はなんで
あんなにほっとしたのか。あの時、たしかに俺は思っていた。佐々木の横に他の男がいる、そんな光景を
見たくはないと。親友に恋人ができる。目出度いことじゃないか。なんでそれを嫌がるんだ?なあ、俺。
…問いかける必要はないだろう。答えは一つだ。俺もまた、佐々木を・・・。
胸の中のジグソーパズルが、一つ一つあるべき場所にはめ込まれていく気がした。
でも、本当か?佐々木は昔から俺に言っていた。さっきもそう言った。恋愛感情なんて精神病の一種だと。
あれも橘が言ったように、素顔を見せない佐々木の仮面の一部なのか?考えれば考えるほど、答えの出ない
泥沼に嵌っていくような感じがした。

幸いと言うべきか、翌日は休日だった。俺は一日中、部屋の中で天井を眺め続けていた。見つからないままの
答えを探し出すために。
どれくらいの時間が経っただろう。俺は跳ね起きるように上半身を起こすと、自分が苦笑いをしているのに
気づいた。
簡単なことじゃないか。佐々木の気持ちがどこにあるにせよ、俺の気持ちがどこにあるかは見つかった。
それならそれをぶつけてみればいい。それを佐々木がどう受け止めるか、それは神のみぞ知る、ってやつだ。
正直言って怖さもある。真正面から受け止めてくれれば一番だし、いつものようにスルリとかわされたのなら
それはそれだ。それならば今まで通り、親友として接してくれるだろう。問題は、俺が佐々木に対して抱いた
感情をぶつけることで、佐々木が逆に俺を遠ざけてしまった場合だ。その場合、佐々木を完全に失ってしまう
ことになるのは予想がつく。それならば、今のまま、親友としてのポジションにいた方が・・・。
クソッ!俺は思わず枕にこぶしを叩きつけていた。横で寝ていたシャミセンが迷惑そうに俺を見上げる。
俺は、自分の女々しさに腹を立てていた。ここまで来て、最後の最後で逃げるのか?どうなんだ、俺よ!?
静まり返った部屋の中。時計の秒針だけがカチコチと時を刻んでいた。
いいさ。たとえどんな結末が出ようがそれは藤原がよく口にしていた台詞、「既定事項」ってやつだ。どうせ
決まったようにしかならないんなら、逃げ回って捕まるよりこっちから討って出てやる。
そう決意した瞬間、胸の中のジグソーパズルはすべて組み合わさり消えていった。

ところが、だ。
その途端、俺の脳裏に一人の少女の横顔が浮かんで消えた。
涼宮ハルヒ。
数日前、長門が俺に言った一言。俺は佐々木とハルヒ、二人にとっての鍵だと長門は言った。あの意味は
どこにあるのか。そう言えばハルヒも佐々木と同じ事を言っていた。「恋愛感情なんて精神病の一種よ」と。
佐々木のあれが仮面なんだとしたら、ハルヒのそれも仮面なのか?だとしたら、俺が鍵だという意味は・・・。
いや、別に自惚れている訳じゃないさ。佐々木だけじゃなく、ハルヒまでが俺に恋愛感情を抱いている、そんな
都合のいい話があるものか。谷口じゃあるまいし、何を考えてるんだ、俺は。
そう思いながらも、俺の脳裏には一つの光景が映し出されていた。閉鎖空間。神人。校庭。もう、あの時の
事を夢だ悪夢だと言って逃げては行けないだろう。あの日、あの場所で俺はハルヒと唇を合わせた。
恋愛感情、そんなものを持っていたかどうかはわからない。だが、少なくともあの時、俺はハルヒを同級生や
SOS団の仲間、そんなもんじゃない、一人の女性として見つめ、魅力を感じた。それは事実だった。

再び俺は天井との睨めっこを再開していた。今まで、事あるごとに古泉は言っていた。俺とハルヒの間には
強固な信頼関係があると。
確かに俺は最近のハルヒを信用していた。決して世界を壊すようなことはもうしないと。そしてハルヒも俺を
信用してくれていた。自分が何をやっても俺は付いて行くはずだと。それは、恋愛感情かどうかはわからないが、
俺にとって、そしてハルヒにとって大切なものだったはずだ。
そして先日、閉鎖空間が発生した原因が俺にあると言った時、古泉は否定しなかった。
なんてこった。
俺は知らないうちにハルヒを傷つけ、あいつをまた昔のあいつに戻しちまったのか。俺は叫びだしたいような
衝動を懸命に抑え、天井を睨み続けた。
佐々木の顔、そしてハルヒの顔が浮かんでは消え、消えては浮かんだ。
時計の針は、真夜中を差していた。
何も気がつかず今までのように、仲間として、親友として二人に接する。それはもう選べない選択肢だった。
そんな事をする奴は、最低の男だ。いや、今でも俺は最低なのかもしれない。でも。だが。だけど。
せめて今からでも、俺は自分の心を素直にさらけ出したい。たとえそれで、すべてを失うことになっても。

どうやら俺は佐々木が好きならしい。

馬鹿野郎。またそうやって、「どうやら」や「らしい」で逃げるのか。それでも男か、俺よ!
俺は。俺は・・・佐々木が好きだ!

ただ、一つだけ気がかりなことがあった。俺がハルヒに嫌われるのは構わない。なんと罵られようが、それは
自業自得ってやつだ。
ただ俺のせいで、ハルヒが1年の春のように誰にも笑顔を見せない、今のハルヒのままになってしまったら。
それだけはつらかった。



『遠まわしな告白』

結局、その晩は一睡もできなかった。
ハルヒや佐々木と顔を合わせるのもつらくて、数日間、俺は遅刻寸前に登校し、休み時間は用もないのに
教室を出ては時間を潰していた。

そんなある日の放課後、佐々木は予備校がある日で先に帰っちまったし、相変わらずSOS団謹慎中の
俺もとっとと帰ろうかと思っていると国木田がやってきた。おう、久しぶりに一緒に帰るか?
「いや、キョンを呼んできてって頼まれたんだよ。3年の朝比奈さんに」
え?朝比奈さんがわざわざ?俺は急いで廊下に出た。そこには、久々に見る天使の笑顔があった。
「キョンくん、ちょっと時間ありますか?部室にはまだ来れないみたいなんでこっちに来たんだけど」
もちろんです。朝比奈さんに言われて時間のない奴なんかこの世界に存在しません。
朝比奈さんはクスクスと笑うと周りを見渡し
「ええと、ここじゃ人が多いし・・・」
と言うので俺達は美術部の倉庫代わりとなっている屋上への階段の踊り場に移動した。
朝比奈さんは自分の足元を見つめながら小声で色々と呟いている。
「あの、こういうことって私が口を挟むことじゃないきもするんだけど、でも、あの、ええと・・・」
ひとしきり悩んだ後、顔を上げた朝比奈さんは何かを決意した顔で俺を見つめ、口を開いた。
「キョンくん。お話があります」
自分が未来人だと明かした時の表情とは少し違う雰囲気。そうだ、朝比奈さん(大)を髣髴とさせる、
大人のお姉さんっぽい雰囲気を漂わせて朝比奈さんは言った。
「あのね、女の子って、とっても弱いの」
その一言を聞いたとき、俺の胸に痛みが走った。朝比奈さんが何を言わんとしているのか想像がついた
からだ。
しかし、その後の台詞は俺の予想とは違ったものだった。
「でもね、とっても強いのも女の子なの」
「これは例え話なんだけど、ある人が何か選択しないといけなくなったとするでしょ。そして、その
選択がある女の子にとっては自分の望まないものになっちゃうの。その時、女の子は弱いから、きっと
すごく悲しむと思う」
「だけどその選択をした人が、真剣に考え、悩み、自分自身もつらい思いをしながら出した結論なら、
それを受け入れて、悲しさを乗り越えられる強さを持ってるのも女の子なの」
「涼み・・・あ、ううん。ある女の子の話なんだけど、その子はすごく察しのいい子で、ある人が
自分の望むものとは違う選択肢を選ぼうとしてるのに気がついてるの。でも、それ以上に、その人が
自分のためにその選択を躊躇してる、そっちの方がもっと悲しいと思ってるの」
時々言葉に詰まっては足元に視線を落とし、そしてまた俺の瞳を見つめて諭すように語る朝比奈さん。
その顔を見ていられなくなり、視線を落とそうとした俺の両頬に朝比奈さんの暖かい手が添えられる。
そうやって自分の方に俺の顔を向かせた朝比奈さんは、あの天使のような微笑を浮かべてこう言った。
「だから、キョン君は自分の気持ちに素直になって、自分の選ぼうとした選択肢を選んで。後の事は、
私達もなんとかする。・・・だって、私達は仲間でしょ」
そして朝比奈さんはぎこちないウインクを一つ残すと、身を翻して片手を軽く振りながら、
「近いうち、また部室で会うのを待ってます」
と言って階段を駆け下りていった。俺はその後姿に心の中で語りかけた。
「今まで、長門や古泉にはずいぶん助けられたけど、どっちかって言うと俺が守る側になってるような
つもりだったあなたにも、結局は一番大事なときに助けられることになっちゃいましたね。ありがとう
ございます、朝比奈さん」
朝比奈さんの言葉に背中を押されるように、俺は通学路の坂を下りながら携帯電話を手にしていた。
アドレス帳から佐々木の番号を呼び出しては通話ボタンを押せずにキャンセルする。それを繰り返して
気がつけば坂の麓まで来ていた。
意を決して通話ボタンを押す。数回のコール音の後、聞きなれた声が電話機の向こうから聞こえてきた。
「なんだい、キョン。さっき別れたばかりなのに君が電話してくるとは珍しいね」
俺はどう話を切り出そうかと悩んだ末、こう聞いた。
「佐々木。今日の夜、ちょっとでいいんだが時間あるか?予備校が終わってからでいいんだが」
「ふむ。明日も学校で逢うと言うのにそう言うからにはなにか大切な用件でもあるようだね。今日は
8時半に予備校が終わるからその後でよければ」
俺は断られなかったことに安堵して、9時に光陽園駅前で会う約束をして電話を切った。

さて、どう言って話を切り出したものか。例によって天井と睨めっこをしながら俺は考えていた。
しかし名案が出るはずもなく、時間だけが流れて窓の外は次第に闇に包まれてきた。
結局結論が出ないまま、俺は駅前へと自転車を走らせた。
もう夕方のラッシュアワーは終わっているが、ヘッドライトを輝かせて到着した電車からは、結構多くの
乗客が降りてきた。その中に佐々木の姿を見つけ、俺は右手を上げた。
「待たせたかな?」
いや、こっちこそ疲れてるだろうにすまなかったな。
「家に帰るにもどうせこの駅を使うんだからね。親友の呼び出しに答えるくらいわけもないさ」
親友。佐々木は親しみを込めてそう呼んでくれているのだろうが、今の俺にはちょっと気がかりだった。
なあ佐々木。おまえは俺の話を聞いた後も、俺を親友と呼んでくれるのか?それとも・・・。
駅前の公園に移動し、二人並んでベンチに座る。何か言わなくてはと思いながら何も言えずにいる俺の
横顔を見つめていた佐々木は、ついに俺に聞いてきた。
「どうしたんだい。今日は学校にいるときから様子がおかしかったけど、なにか言いにくい相談事でも
あるのかい?」
いよいよ追い込まれた俺に、急にひらめくものがあった。俺は佐々木の方に向き直ると口を開いた。
「佐々木、おまえこの間、いや、ずっと前から言ってたよな。『恋愛感情なんて精神病の一種だ』って」
急にそんな事を聞かれ、キョトンとした顔を見せる佐々木に畳み掛けるように俺は聞いた。
「いや、それはいいんだ。ところで、佐々木。おまえ最近、精神病を患ったりしてないか?」
その瞬間の佐々木の表情を、俺は生涯忘れないだろう。不意打ちを食らうと、佐々木でもこんな表情を
するんだな。
だが佐々木はすぐに体勢を立て直したのか、いつもの薄い笑みを浮かべるとじっと俺を見つめた。
やっぱりバレバレか?ほんの数秒だったんだろうが、俺にとっては永遠にも思える間が空いて、背中を
冷や汗が伝った。佐々木はくっくっと笑い声を立てるとこう言った。
「君には適わないね。どうやら僕は最近精神病を患っているらしい。それもここ数日、病状が悪化の一途を
辿っている様子なんだ」
俺は全身から力が抜けるのを感じた。そして、佐々木の瞳を見つめ
「奇遇だな。俺もそうなんだ」
と言うと、佐々木はまたあっけに取られたような表情を見せた。
「それで、だ。どうも回復の見込みがなさそうなんでな。どうせ闘病生活を送るなら一人で送るよりも
同じ病気の仲間と励まし合いながらの方がいいと思うんだ。もしおまえの病状が俺と同じなら、どうだ、
一緒に闘病生活を送らないか?」
「キョン!」
驚いたような声を上げた佐々木は俺から視線を逸らすと足元に視線を落として言った。
「僕でいいのかい。いつ治癒するかもわからないのに」
「ああ、おまえで、じゃない。おまえがいいんだ。治癒するまで、ずっと、な」
我ながら驚くほどスムーズに、俺はそう言っていた。ふと気づくと、佐々木の肩が小刻みに揺れていた。
「すまない。ちょっと病気の発作が出たようだ」
涙声になるのを必死にこらえてそう言う佐々木の肩に俺は手を回し、自分の胸元に引き寄せた。
驚いて顔を上げた佐々木に俺は伝えた。
「悪いな。俺も発作が起きちまったらしい。こうしてると発作が落ち着く気がするんでしばらくいいか?」
佐々木はそれには答えず、俺の胸に顔を埋めて、嗚咽を抑えていた。俺はその佐々木の髪を、やさしく
撫で続けていた。
「キョン」
どれくらい時間が経ったろうか。落ち着きを取り戻したらしい佐々木は、か細い、でもしっかりとした声で
聞いてきた。
「本当に、僕でいいのかい」
ああ。俺は佐々木を抱きしめて、ただ一言そう言った。
結局、こうなっても話し方はいつものままなんだな。まあ、それは俺に弱いところを見せたくないって言う
おまえの意地なんだろう。構わないさ。それがおまえの仮面だとしても、その仮面を被った姿を見られるのは
俺だけなんだから。
駅を出て行く電車の警笛とモーターの音の間から、どこか遠くの花火の音が聞こえていた。夏の、雲一つない
夜の空に、星がちらほらと輝いていた。
次の土曜日、俺達は光陽園駅前で待ち合わせをして、電車で30分ばかり行った大きな街に出かける約束を
した。考えてみると、塾の行き帰りとかじゃなしにこうして二人で遊びに行くのって初めてだな。
いつもよりちょっとフリルとかの多い、なんて言うか、女の子らしい服に身を包んだ佐々木は恥ずかしそうに
「どうだろう。僕には似合わないかな」
と聞きながら、上目遣いに俺の様子を窺ってきた。
「いや、似合ってるぜ」
なんだか妙に照れくさくて、視線を逸らしながらそう答えた。
その後は、いつものように色々な話をした。中学時代の友人のことや、お互いが離れていた時の色々な経験。
ああ、『第2SOS団騒動』の話はしなかった。あれはあれで、そのうち懐かしい思い出になるだろうけど。
光陽園からのローカル線は本線との乗換駅に着いた。あいにく本線の列車は行ったばかりで、俺達はベンチに
座って列車を待った。そこでも色々な話をして、時々話の切れ間に視線を合わせては笑いあった。
佐々木は自販機にジュースを買いに行き、俺は何気なく反対側のホームに目をやった。
ハルヒがいた。
いつからそこにいたのだろう。ハルヒは俺と目を合わせると、そうだな、俺の目がどうかしたんじゃない限り、
あれは俺に笑いかけてきたのだろう。
何かを見つけた時の赤道直下の太陽のような笑顔でも、SOS団団長として何かを言う時のふてぶてしいまでの
笑顔でもない、優しげで、でもちょっとだけ寂しげな笑顔で。
次の瞬間、特急電車が通過して行った。最後部の車両が目の前を通り過ぎた時、もうハルヒの姿は消えていた。
「どうしたんだい、キョン?」
佐々木が缶ジュースを差し出しながら聞いてきた。いや、なんでもないさ、なんでも。




『がんばれ古泉君』

真夏の太陽が照りつける月曜日。慣れたとは言えさすがにこの時期の早朝強制ハイキングコースは
体力を激しく浪費させる。この坂道をなくすかエスカレーター化でもすればその分授業に取り組む
活力を温存できて、我が北高の進学実績も多少は向上するんじゃないかね。
そうぼやきつつ汗まみれになりながら下駄箱にたどり着いた俺を意外な奴が待っていた。
「おはようございます。もう少し早く来るかと思っていたのですが」
朝っぱらから無意味に笑顔を撒き散らす奴だ。それと、遅刻しない範囲で極力遅く家を出るのは
睡眠時間確保の王道だからな。
「あなたらしいですね。ところで、昼休みにでも少々お時間をいただけますか?」
ああ、特に予定もないし構わないぜ。そう言うと古泉は中庭で待っていると言って自分の教室へ
消えた。

昼休み。俺が弁当を片手に中庭に行くと、古泉は先に来ていてテーブルのあるベンチを確保して
いた。しかしなんだね。男同士で中庭で向かい合って昼飯食っても旨くもなんともねーな。
「そうですか?僕はあなたと食事していると楽しいですけどね。予想外のことを言い出されたり
しますから」
だからその笑顔はクラスの女子にでも向けてやれよ。それより用ってのはなんだ?
「あなたにお礼を言う必要がありましてね。『機関』の代表として」
なんだそりゃ。なんかの皮肉か?俺のせいでこないだからハルヒが神人を大暴れさせておまえや
お仲間達の手を煩わせてるんだろ?それとも、業務量増加で臨時ボーナスでも出たのか?
古泉はちょっと苦笑した後、言葉を続けた。
「この間ご報告した後、予想通り毎日のように複数回閉鎖空間が出現しました。そして神人も。
その神人は最初はなにかに戸惑っている様子でしたが、ちょうど涼宮さんがあなたを謹慎処分に
した日からでしたか、暴れ方が激しくなりました。何度も対応している僕たちでも手に余るほど
に。そして、さらに驚いたことが起きたのはその数日後です」
いつもなら、「分身変形でもしたか?」とでも茶化すところだが、そんな気分にはなれなかった。
「神人が、周囲を破壊するのを堪えるような素振りを見せたのです。あれだけ、感情の赴くまま
暴れ続けた神人が、です。その様子は、そうですね、なにか悲しみを乗り越えようとしているかの
ようでした」
それを聞いて、俺はこないだ朝比奈さんが言った言葉を思い出していた。
「女の子って、とっても弱いの」
「とっても強いのも女の子なの」
すると、ハルヒは・・・。そんな俺の様子を見て話をやめていた古泉に俺は問いかけた。
「で、その後神人はどうしたんだ?」
「先週の土曜のことです。閉鎖空間の中で、神人が立ち尽くしていました。まるで、自分に何かを
言い聞かせるように、空の一点をじっと見つめたまま。するとあの灰色の空の一部が割れるように
消えて、そこから一筋の光が差し込んできました。その光に溶け込むように、神人は消えました。
それ以来、神人は、いや、閉鎖空間自体が発生していません」
俺は何も言えず黙りこくっていた。
「『機関』でもこの現象についての解釈は様々です。ただ、森さんが非常に強く主張しています。
『涼宮さんはもう神人を暴れさせたり、世界を壊したりはしない』とね」
森さんが?怪訝そうな顔をしているであろう俺に説明するように古泉はさらに話した。
「彼女は言いました。『涼宮さんはひどくつらい思いをしてそれを乗り越えた。神人を暴れさせて
つらさや不満を解消するのではなく、そのつらさを真正面から受け止めた上で。これから彼女が
様々な事態に直面しても、今回の経験をした彼女にとって、それは乗り越えられるものになるはず』
と。恐らくは森さんの女性としての経験がそう言わせているのでしょう。ああ、僕もその意見に
賛成しています。どうやら、もうアルバイトも終わりになるんじゃないかな、と思っていますよ。
そして、その解釈が多数派になっているのも報告すべきでしょうね。ですから、『機関』に属する
者としてあなたには感謝すべきでしょう。我々の最大の危惧、涼宮ハルヒによるこの世界の破壊の
可能性をゼロに近づけていただいたわけですから」
「もういい」
俺は古泉の話を遮って言った。
「『機関』とやらの解釈はわかった。感謝とやらも額面通り頂いておこう。・・・だがな、古泉」
いつも通りの笑顔を浮かべている超能力者の顔を見つめ、俺は聞いた。
「おまえは他に俺に言いたい事があるんじゃないのか?いや、やりたい事かも知れんな。『機関』が
どうのとかじゃない、古泉一樹個人として、な」
「やれやれ。やはりあなたにはかないませんね。いつからお気づきでした?」
さあな。ただ教えといてやる。おまえの被っている仮面、佐々木のそれよりはバレバレだぜ。
「そうでしたか。それにあなたはあの長門さんの感情さえ読み取れる人でした。どうも僕は部室での
ゲーム同様詰めが甘いようですね」
それはそれとして、どうなんだ。たまには自分の感情を素直に出してみるもんだぜ、古泉。
「よろしいんですか?」
古泉の顔から笑みが消えた。ああ、構わないぜ。
次の瞬間、俺は古泉に頬を平手打ちされていた。平手、か。グーでくるもんだと覚悟してたんだけどな。
「あなたが、涼宮さんの気持ちに気づいていながらそれを弄んでいたのならば、グーどころじゃないん
ですけどね。そうでないことはよくわかっていますから。そして、あなたがここ数日、色々と悩んだのも
知っていますし」
そう言った古泉はふと笑顔を見せて言葉を続けた。
「だから、今のは、そうですね。僕の嫉妬と思っていただいて結構です。すみませんでした。あなたとは
これからも良き仲間として付き合いたい、本当にそう思ってるんですよ」
嫉妬、か。
「なあ古泉、俺の前だけじゃなく、ハルヒの前でも仮面を脱いだらどうだ」
去年の冬、長門が作り出したあの世界の中で、素直にハルヒへの思いを口にしたもう一人の古泉の表情を
思い出しながら俺は言った。古泉はちょっと苦笑して
「そのうち、そのような機会が来ることがあればいいんですがね」
と言って去っていった。

テーブルを離れ、植え込みの木に持たれかかって空を見上げる。流れて行く雲をぼんやりと見つめる俺の、
まだちょっとヒリヒリする頬に突然ひんやりとした何かが押し付けられた。
振り返ると、佐々木が悪戯っ子のような笑顔を浮かべ、頬に押し付けていたウーロン茶の缶を差し出した。
「ん?どうした佐々木」
「どうしたって事はないだろう。君が呼んでるって、わざわざ古泉君が伝えに来てくれたのに。なんだか、
頬が赤いようだがどうかしたのかい?」
ああ、別になんでもないさ。そう答えながら俺は思っていた。古泉のやつ、相変わらず余計なところまで
気を利かせてくれるなと。
「で、なにか用事でもあるのかい?」
この際だ。佐々木に聞きたかった質問が一つ残っていた。それを聞いちまおう。
「佐々木」
俺は佐々木の顔を見つめ、名前を呼んだ。
「なんだい?」
「おまえ、卒業するまでずっと北高にいるよな。元の学校に戻ったりせず、ずっと、その、俺と一緒に、
この北高に・・・」
佐々木は一瞬不思議そうな顔をした後、満面の笑みを浮かべて答えた。
「何を言ってるんだい、キョン。そんな簡単に行ったり来たりできるわけがないじゃないか。そうさ、
ずっと一緒にいるよ、君と、ずっと」
それだけ聞けば十分だった。そうか、そうだよな。俺達は顔を見合わせて笑いあった。




『SOS団よ永遠に』

昼休みが終わり、俺と佐々木は教室に戻った。
その途端、俺の横に仁王立ちになった人影。それは他ならぬハルヒだった。
「キョン。SOS団団長としてあなたに申し渡すことがあるわ。今日の放課後、最高顧問会議に諮ったうえで
正式に申し渡すから部室に出頭しなさい」
不機嫌そうな顔でそう告げるハルヒを見ながら俺は思った。ああ、これでSOS団とはお別れだな、と。
最高顧問会議も何も、SOS団の意思とはすなわちハルヒの意思だ。恐らく俺は除名処分ってトコだろう。
予想できた結末さ。悔いはないって言えば嘘になる。なんだかんだ言ってSOS団の活動は楽しかったしな。
まあ仕方ないさ。これも俺が選んだ道だ。
そう思って自分でも意外なほど落ち着いていた俺も、ハルヒの次の一言には驚いた。
ハルヒは俺の隣に座る佐々木のほうに向き直ると、重々しい口調でこう告げた。
「それと佐々木さん。あなたにも大事な用件があるの。今日の放課後、キョンと一緒に部室に来なさい」
お、おいハルヒ。佐々木は関係ないだろ。そう言おうとした俺は、ハルヒの突き刺すような視線に黙らされた。
「今日は掃除当番だからその後でいい?」
佐々木はハルヒの威圧的な態度にも動じずに受け答えしている。おまえ、俺より肝が据わってるな。
クラスメイト達のヒソヒソ話が嫌でも耳に入る。
「ねえねえ、いよいよ対決かなあ」
「修羅場って奴でしょ」
「どっちが勝つと思う?」
やれやれ、だ。横目で佐々木の様子を窺うと、佐々木も苦笑いしながら俺の方に視線をよこした。
放課後、正直に言えばちょっと重い足取りで俺は部室に向かった。俺の気分が乗り移ったのか、佐々木も無言で
俺の後をついてくる。
部室の前に立った俺は一つ深呼吸をして、古びたドアをノックした。
「入りなさい」
帰ってきた返事は、朝比奈さんのちょっと舌っ足らずな声ではなく、朝と同様に重々しいハルヒの声だった。
ドアを開け、室内に入る。団長席の前に仁王立ちのハルヒ、両脇には相変わらずの笑顔を見せる古泉と、ちょっと
おどおどした感じの朝比奈さん。長門はと言えば我関せずって感じでいつもの位置で読書中だ。
俺が佐々木を庇うようにハルヒの前に立つと、重々しい口調のままハルヒは話し出した。
「キョン。あなたの昨今の様子はSOS団団員として問題があるわ。そこで、只今開催された我がSOS団第1回
最高顧問会議において決定された処分を申し渡すから覚悟して聞きなさい」
来たか。俺は覚悟を決めて続きを聞いた。
「処分、一階級降格!」
へ?一階級降格?予想外の言葉を聞いて唖然とする俺にハルヒは言った。
なに?なんか不満でもあるの?」
いや、不満って言うか、元々俺は序列最下位じゃなかったのか?なにを今更降格なんだ?そう聞き返すとハルヒは
キョトンとした表情を浮かべた後
「あ、そうか。順番間違えちゃったわねえ」
と言って頭を掻いた。
「ま、いいわ。続いて佐々木さん」
急に名を呼ばれ、佐々木がぴくっと反応する。
「あなた、この間SOS団に入りたいって言ってたわよね。あの時は定員一杯だったんだけど」
ハルヒはそこで言葉を区切り、ニヤリと笑いながら
「只今の会議において、SOS団の活動強化のための定員一名増加が満場一致で可決されたわ。そこで、あなたの
新規加入を承認します」
と言った。
「涼宮さん・・・」
佐々木は一歩二歩ハルヒの方へ歩み寄ると、満面の笑みを浮かべて答えた。
「ありがとう」
「で、キョン」
ハルヒは再び俺の方に向き直り、処分の続きがあると言い出した。なんだい。罰ゲームかい?
「そんなんじゃないわ。あんたは一応SOS団の団員第一号だから、序列最下位にもかかわらず団長担当の雑用係の
座を与えてあげてたけど、中途加入の団員以下に格下げされた以上、その座は剥奪よ」
そうかい、アレは与えて頂いてたのかい。そんな俺の呟きを無視してハルヒは言葉を続けた。
「代わりに、そうね。序列上、あんたのすぐ上は佐々木さんだから、あんた今日から佐々木さん担当の雑用係に任命
するわ」
「す、涼宮さんっ!?」
珍しく動揺した様子で佐々木がハルヒに声をかける。ハルヒはそんな佐々木と俺にまたニヤリとした笑顔を見せて
「いい?任命された以上、あんたはなにがあっても佐々木さんに忠実に仕えなさい。任期はSOS団が存続してる
限り永遠よ。佐々木さんを困らせるようなことしたら・・・死刑だから!」
と言い放った。
佐々木が今にも泣き出しそうなのを堪えているのを察した朝比奈さんが
「あ、そうだ。今日はケーキ焼いてきたんです。キョンくんの謹慎も解けたし、みんなで食べませんか?今お茶を
入れますから手を洗ってきてください」
と言ってくれ、佐々木は急いで洗面所へ走って行った。
数分後に戻ってきた佐々木はすっかりいつもの調子を取り戻したらしく、他の団員ともおしゃべりしながらお茶や
ケーキを味わっていた。ちょっと目の周りが赤いのは黙っててやろう。

帰り道、久々の集団下校。先頭を歩く佐々木に朝比奈さんが、そして珍しく長門までがなにか話しかけている。
そのすぐ後ろを歩く古泉はふと後ろを振り返り、俺になにか言いたげな視線を送ってきた。
ああ、そう言うことか。長門まで気を使ってくれてるようだな。団員一同の配慮に感謝しつつ、俺は俺のすぐ横を
歩くハルヒに声をかけた。
「なあハルヒ」
「なによ」
「・・・」
「だからなによ」
「・・・ありがとう」
「・・・フン」
拗ねるように一度そっぽを向いたハルヒは、また前を見つめると淡々と話し始めた。
「あんた、SOS団の活動してる時、自分がどんな顔してたか知ってる?」
いや、自分の顔は自分じゃ見えねーからな。
「すっごく楽しそうな顔してた。そりゃ時々は疲れた顔もしてたけど、そんな時でもどっかしら楽しそうな感じは
残してた」
そうか。うん、言われてみればいつも楽しかったな。
「それともう一つ。あんた、佐々木さんと話してる時の自分の顔もわかってないでしょ」
急に佐々木の名を出され、俺はドキッとした。ハルヒはそんな俺に構わず話を続ける。
「佐々木さんと話してる時のあんたは、楽しそう、ってのともちょっと違うんだけど、なんて言うのか、そうね、
遊びまわってた子供が母親を見つけて駆け寄ってく時みたいな、すごい安心感のある顔をしてる。こないだの土曜、
駅のホームで見かけたあんたのその表情を見てて悟ったの。あんたの帰るべき場所はどこなのか、って」
「ハルヒ・・・」
何かを言いたかった。でも、なにも言葉が見つからなかった。
「でもねっ」
ハルヒは急に声のトーンを上げ、ちょっと小走りに俺の前に出るとくるっと振り返りいつもの自信たっぷりな態度で
こう言った。
「あんたに楽しい顔をさせることに関しては、あたしだって負けてないわ!これからも、たーっぷりと楽しい思いを
させてあげるから覚悟してなさい!」
そう言って、久しぶりに上空の太陽にも引けを取らない笑顔を見せるとまた体を翻し、今度は先を歩く4人の方へ
小走りに坂を駆け下りていった。
「みくるちゃーん。鶴屋さんに連絡取れる?せっかくみんな揃ってるんだし、夏合宿の打ち合わせやりましょ。
今回も鶴屋さんの別荘貸してもらえるように頼んであるのよ。伊豆にする?それとも沖縄?北海道?」
元気一杯なハルヒの背中に、俺はもう一度心の中で語りかけていた。
「ありがとう」、と。


                                    =佐々木In北高・完=

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最終更新:2007年08月04日 09:18
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