4-348「以下の問いに答えなさい」

佐々木はそれから数秒後にようやく再び動き出したが、
その動きはくじらに間接を溶かされたピノキオからも同情を買うようなぎこちなさだった。
そして軍曹に命令されて、人生初の人形劇を嫌々演じさせられている新兵の人形のような身振り手振りを添えながら、
主語や述語が抜けていたり代名詞と関係詞が明らかに間違っていたりする、
NOVAに通い始めたばかりの金星人ような宇宙的規模の講義を説き始めた。
その講義は控えめに言っても、俺にとっては木星人口衛星の軌道を計算するための理論を語れているに等しく、
時に難解極まる佐々木の講釈の中でも、過去最大級に難解かつ複雑な物であり、
さらにはその独特な金星後も相まった怪奇で珍妙なものであった。
当然、常日頃の惰眠によって100倍まで増えきった海草と酷似したような俺の脳では、佐々木の弁説の一割を理解出来たかも定かでない。
曰くそういった『解決策』についての講釈とは、飽くまで不特定多数の集団の中で語ることが出来るものであって、
特定の個人とそうした性癖を暴露しあうと言うことは大変に遺憾であり、避けるべきだとかなんとか、わけがわからんぞ。

結局その講釈の後、佐々木は体調の不良がぶり返してきたと宣うと、
カルト映画「肉の蝋人形」の興行成績よろしく、全く奮わない動作で綿毛のように保健室へと消えてしまった。
しかし、体調不良というのは実に納得のいく答えが最後に出たのではないだろうか。
―――思えば今日の佐々木は朝から様子がおかしかった。
午前中、なにやら潤んだ目でこちらを見つめていた時も、昨夜の寝不足を理由にしていたし、
右手をじっと眺めていたかと思うと、さりげなくこちらに目線をよこしてくるのだ。
佐々木が変わっているのはいつものことだが、ああもおかしな様子というのは今までになかった。
何が原因で佐々木はおかしくなっているのか。
じっと手を見る。寝不足である。疲れている。体調が悪い。
ひょっとして佐々木の家は大変に貧しく、佐々木は日夜の安眠も取れないほどに過酷な労働に就いていて、
寝不足が元で体調を崩したものの、働けど働けど全く楽にならない生活を儚んで、じっと手を見ていたのではないだろうか。

………俺は立ち上がり、廊下へと歩き出した。
そして、大変に馬鹿馬鹿しく失礼な妄想を胴太貫でばっさりと切り捨てると、
今日のところは体調の悪いという友人にせめてもの差し入れをしてやろうと、購買部へと足を向けたのであった。



で、その三十分ぐらいあとに佐々木は100Mを5秒で失踪したかのような晴れ晴れとした顔で戻ってきた。
体調はすでに回復したらしく、心配した俺はまったく馬鹿をした気分である。



問1.佐々木はなぜ寝不足だったのか、適切と思われる理由を次の中から選びなさい。
問2.佐々木が右手とキョンを交互に眺めていた理由を示している部分を本文中から書き抜きなさい。
問3.佐々木はなぜ保健室から帰ってきたとき晴れ晴れとした顔をしていたのか、適切と思われる理由を次の中から選びなさい。
問4.『じっと手を見る』という有名な文節を持つ詩を書いた詩人の名前を次の中から選びなさい。

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最終更新:2007年10月13日 09:49
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