23-745「佐々木1/4」

誰かが頬を小突いている。ウザいぞ。寝たばかりなのにまた邪魔する気か。
「・・・キョン」
ほっといてくれ。俺は眠いんだ。
「起きてくれたまえ、キョン」
やれやれ、俺には落ち着ける時間も暇もないのか。頬をつねるのは勘弁してくれ。
「起きてくれと言っているのに、君という男はなんて冷淡なのだ。
 こんな時間に僕が君を起こすということは君にもかかわる緊急事態だと言うのに・・」
俺はやっと目を開いた。
「やぁ、キョン。目覚めはどうだい?」
そこにはパジャマを着た佐々木がはにかんだ表情で右手をひらひら振っている姿があった。

取り敢えず体を起こした俺は両手で頬をぴしゃりと叩き電灯を灯し、時計を確認すること
にした。11時30分・・・寝始めて10分も経過していないじゃないか。寝付きがいいな、俺。
「どうしてお前がこんな時間にそんな格好で俺の部屋に居るんだ?」
「それは僕も知りたいと思っている事だよ」
窓からは街灯の光が差し込み、ここが少なくともハルヒの閉鎖空間では無い事を教えてい
た。そして橘京子に案内された佐々木の閉鎖空間とも違う。
家の前を車が走り去る音がドップラー効果を伴って聞こえた。
俺の行動を見つめていた佐々木は表情を曇らせ、しだいに不安げな表情へとかわった。
「キョン・・・」
「佐々木よ、『取り敢えずは落ち着こう』」
二人の声が重なる。

俺は佐々木をベッドサイドに座らせて、動かないようにと言い含めて部屋を出たのだが、
何を行えばいいのかさっぱり見当も付かなかった。
こんな時間に寝間着姿の女が俺の部屋にいるのを知られたら、家族ですら何か言い出すの
は間違いのないところであり、ネズミ小僧さながらの足取りで玄関へと向かう。
先ずは外の様子を確認する必要がある。
シリンダー錠のノブに手を掛け、音が出ないようにゆっくりと回して解錠し、ドアを押し開く。
雲ひとつ無い夜空に星と月がその存在を主張し、梅雨独特の湿った空気が体を駆け抜ける。
なぁ、今回はどんなヒントを用意してくれたんだ。長門よ。

台所に戻った俺はお茶と茶菓子の準備をし、お盆に載せて佐々木が待つ部屋まで運ぶ。
こぼさず運ぶにはちょっとしたテクニックが必要となり、日常それを易々とこなすウェイ
トレス嬢の苦労を少しだけ学んだような気がした。
「戻ったぞ、佐々木。お茶でも飲んで少しは落ち着け」
佐々木は湯飲みに手を当てて、気の毒そうな子犬を見詰める視線を俺に投げかけてこう
のたまった。
「キョン、いま落ち着きが必要なのは僕じゃなくてキミの方だ。
 今の僕にとってこの湯飲みは五右衛門風呂のようだよ」

そこには一寸法師ならぬ、一尺娘がそこに居た。



『人と大切な話をするときは相手の目を見て話すべきだ』

中学の頃に佐々木に教えて貰った会話テクニックだが、当時の俺は偉そうな人間を見ると
反射的に反抗したがる癖があり、受験には面接もあるからと佐々木に修正されたことがあった。
ハルヒの相手をしてやる時もアイツの目を見て話をする。あれは誤解を受け易い奴だが、
真っ直ぐな目で真摯な姿勢を貫けば話が通じる奴だ。

確かにお前の言う通りこの状態は危険だし満足に話を出来そうにないな。
「うわっ、きゃっ!」
俺は佐々木を生まれたての文鳥を扱うように持ち上げて、危険な湯飲みを盆ごと下げる。
そして佐々木の足に指を掛け、再びベッドサイドに腰掛けさせた。これで充分だろう。
俺はというと床に腰を下ろしてベッドにもたれて目線を佐々木に会うようにした。
「キョン、いきなり鷲づかみにしたり足を触るのはするのはやめて貰えないか。
 君が僕のことをどう思っているか知れないが、これでも一応は女なんだ」
それは済まない。考えが及ばなかったよ。
「今の僕は君という人間の一挙手一投足に命を握られている訳だから、僕の取り扱いに
 関しては特別な注意を払って頂きたい。君の手の中で圧死するのは不本意だからね」
「佐々木よ、判ったから俺をそんなに責めないでくれ。
 それよりお前、何でそんな姿になったんだ?何でもいいから話をしてくれ」

かぐや姫の話を要約すると、寝て起きたら俺の横で小さくなっていたらしい。
佐々木は「起きる・横・小さく」の順序を入れ替えた思考実験に勤しんでいる様子だが、
正直言ってそんな些細な事はこの際だから忘れた方がいい。
「君は僕の為に、蓬莱の玉の枝・仏の御石の鉢・竜の首の珠・火鼠の裘・燕の子安貝を用意
 して呉れるのかい?くっくっくっ・・・」
こんな状況で笑えるお前ってある意味すごいぞ。
「そうかい?僕にはこの状況は笑うべき場面だと思うよ。
 リアリティ溢れる感覚なのに状況設定があまりにも非現実的だ。
 君か僕のどちらかが見ている夢に違いない。願わくば君の夢だと有り難いが」
さすがの佐々木もこの状態ではこわれてしまった様子だ。
「僕にとっては初めての不思議体験なのだが、君はこんな事が時々あるのかい?」
「こんなパターンは俺も初めてだ」
「そうか、やっぱり涼宮さん絡みで色々あったんだね」
どうやら俺は佐々木の誘導尋問に見事にはめられていたらしい。

「さて、シンキングタイムだ。君ならどうする?」
 ・
 ・
「君ならどうする?」
そう何度も聞くな。お前だって判らないのだろう?
「色んな経験があるキョンこそ、この難題を解くべきじゃないか」
佐々木が腕を組み強い視線を俺に向け、リズミカルに動く中指が二の腕を弾いている。
確かにその体躯では何も出来なさそうだし苛立ちを感じのは無理からぬ事だ。
済まないな、佐々木。うちのハルヒが迷惑を掛けた様で申し訳ない。
とうとう佐々木は足まで組んでそっぽを向いた。

やれやれだな。



やれやれだな。今の佐々木は体積で言えば1/64だ。もしかすると思考力もそれなりに落ち
ている可能性があり、ならばこそ俺が助ける助けてやらなければならない。
そっぽを向いている佐々木を視界に納めたまま、俺は携帯電話に手を伸ばした。
いま電話を掛けるべき相手は一人しかいない。
「キョン、何をしているだい」
憶え立ての電話番号を震える手でプッシュして、相手の出方を見ようじゃないか。
 ぷるるるるる、1コール。
 ぷるるるるる、2コール。
 ぷるるるるる、3コール。
 ぷるるるるる、プツッ、繋がった。
「だれですか?」
「俺だよ」
  ・
  ・
  ・
「・・・・切りますよ」
待ってくれ!俺だ、キョンだ!!
「えっ、本当にキョンなのかい?」
よう、戦友!俺のことを忘れたとは言わせないぞ。
「随分じゃないか、僕の事なんてすっかり忘れられたかと思っていたよ。まったく君って
 男はいつも僕を驚かせる。キョン、君には携帯電話の番号を『教えていない』のにどう
 やって僕のプライバシーに属する事を知り得たんだ?いや、待ってくれ賜え。僕が推理
 してみよう・・・・」
いや、この時間の推理ゲームは疲れるから後日にしないか。お前と最後に会話をしたのは
いつ以来か憶えているか?
「なに言っているんだい、卒業式以来だからかれこれ15ヶ月間程だ。
 受験戦争の師匠にお礼をするには少し遅すぎると君は思わないか?くっくっくっ」
そいつは済まない。久しぶりにお前の声を聞きたくなってな、電話のマナーも忘れてし
まったぐらいなんだよ。
「嬉しい事を言ってくれるじゃないか。それでは僕からの提案だが、お互い積もる話も
 色々とあるだろうから明日の放課後、何処かで待ち合わせるというのはどうだい?
 駅前のファーストフードなんかはどうだろう?ジャンクフードは好みじゃないが
 コーヒーの価格は学生向けだ」
そうだな、そうしよう。それじゃ、また明日な。

電話を切った俺はますます頭を抱える事となった。佐々木とはつい先再会したばかりで、
いま横に居るのがその佐々木だ。
「キョン、いま電話を掛けた相手は僕なんだよね・・・・」
いつの間にか寝間着を握りしめた佐々木は視線を床に向け、そして両手で顔を覆った。
しまった!ドッペルゲンガーが存在する証明を佐々木の目の前でしてしまった!!

初めて見る佐々木の嗚咽に、俺は掛けるべき言葉が無かった。



佐々木にはもう帰るべき場所が無い。
俺にはこの小さなお姫様をどう扱えばいいのだろう。『特別な注意』は力学的な面だけで
はなく精神面でも必要だ。散々なまでに鈍感と言われ続けている俺にその役割が急に降り
かかっていた。急に腹の辺りに鋭い痛みが走る。
俺が佐々木を守ってやろう。この痛みは武者震いだと思おう。
おい、佐々木。今から持ち上げるからな。
華奢な体を支え持ち、ベッドに横たえタオルケットをふわりと掛ける。
もう、抗議をする気力さえ失われているみたいだ。
「佐々木、明日のためにも今日は寝よう」
長門並みの微妙な肯きで佐々木は応えた。
そう、明日になればきっと・・・・。


「・・・キョン」
ほっといてくれ。昨日は大変だったんだ。
「起きてくれたまえ、キョン」
やれやれ、俺には疲れを癒す時間も無いのか。頬をつねるのは勘弁してくれ。
「起きてくれと言っているのに、今日は色々やることがあるだろう」
俺はやっと目を開いた。
「やっと起きてくれたか。妹さんが目覚ましに来るよ・・・ほらね」

佐々木がタオルケット目掛けてヘッドスライディングを敢行すると同時に、部屋のドアが
乱暴に開かれた。妹よ、そのうちにドアの開閉で衝撃波が出るぞ。
「キョンく~ん、朝だよ~♪」
そこから先はいつもの通り、ぽんぽんと叩かれ、ゆさゆさと揺さ振られ、ベッドによじ登
ってボディプレスが始まり、終いには両手を組み合わせ大きく振りかぶって打ち下ろす。
お前はどこの初号機だ?
「判ったからベッドから降りて、下でお母さんの手伝いをしなさい」
「は~い♪きょうのごはんはボッカケうどんだよ~」
妹は今にも飛び立ちそうな飛行機のように両手を大きく広げ、オリジナルごはんの歌を
歌いつつドアを開け放したまま駈けていった。途端に今度はシャミセンの声が・・・・。

一難去ってまた一難。
ようやく佐々木の安全は確保され、俺の合図で寝床から這い出してきた佐々木は飛び込ん
だ方向のままで後ろずさりに這い出して、捲れたワンピースのパジャマからそれは見えた。
水色の縞々だった事は言わない方が正解だろう。
「君の朝の情景はなかなかエキサイティングだね。寿命が縮まる思いだよ。
 それにキョン、キミは朝からアレを食べるのかい?くっくっくっ・・・・」
皮肉を言えるぐらいには元気になったのだろう。
俺をダシにしてもいいから笑ってくれ。


「今日は僕、君と一緒に行動するよ。無論、キミの学校へも行く」
何を言い出すんだ外の世界は危ないぞ。
「危ないならこの部屋も同じさ。さっきの妹さんや猫なんかも僕には脅威だ。
 君が言うならこの部屋で人形として過ごすのもやぶさかではないが、その場合キミの
 嗜好に対して家族からあらぬ誤解を受けるのは間違いない」
佐々木はいつもこうだ。俺の先を読んで先に逃げ場を奪って畳み掛ける。
「君も僕も、色々と確かめる事があるからね」



朝からそんなやり取り繰り返し、鞄に佐々木を収めて登校しているのだが気が気でない。
いつも通りに鞄を肩から掛けると「よっ、キョン!」背中を叩くと谷口の一撃で昇天は免
れないところであり、手に提げれば激しい揺れに酔うのは間違いないだろう。
当面の回避策として朝廷への献上品を運ぶ検使のごとく、鞄を両手で抱えるように持ち運
んでいるのだが周囲の目線が痛い奴を見るような視線を俺に浴びせてくる。
「そこまでしなくても大丈夫だ」
鞄の中で体操服の上で寝ころんで居るであろう佐々木が声を掛けるが、あらゆる危険は避
けたいところであり、もうすぐ厳しい第一関門が待ち構えているのだ。

校門を通過して下駄箱で上履きに履き替えて教室へと向かい、教室のドアをゆっくり開く。
ハルヒはいつもの席に座り、頬杖をついて外を見ていた。
「よぅ、ハルヒ。今日は元気か?」
「馴れ馴れしく名前で呼ぶな!」
佐々木入りの鞄を机のフックに掛けて、やれやれとつぶやく。
「なぁ、涼宮よ。昨日は変な夢でも見たのか?」
「アンタには関係ないでしょ」
「その髪型、似合ってるぞ」
ハルヒの表情は渋面のまま変化がない。
ちなみにハルヒの髪型はロングポニーだった。

あの冬の出来事を思い出し、軽率な行動は慎むべきだったと心の中の俺が警鐘を鳴らす。
午前の授業はすべて全く上の空だった。
無害でダウナーな空気を背中へ浴びせられるが、いつものシャーペン攻撃や思い付きのの
雑談は一切無かった。
何かが決定的に違う。どうやら昼からは精力的な活動が必要になりそうだ。

・・・しかし、今後の情報収集について考えている間、生々しい事態は既に始まっていた。



昼休みの合図と共に俺は佐々木と共に教室から駆け出した。谷口と国木田が昼飯に誘って
くれていたが済まない、今はそれどころじゃない。
さっきの授業中に鞄の中から佐々木のうめき声が聞こえたからだ。一尺娘の体内事情には
詳しくないが女声の分析には妹のお陰である程度の知識がある。この場合ははばかり以外
には考えられない。
男子トイレに駆け込んだ俺は洋式トイレをチョイスして、教室から持ち出した定規を便座
の上に置いて足場を用意した。鞄を開けて腹を抱えている佐々木を取り出して俺特製の
便器橋の上に座らせる。
「キョン、君って男にはデリカシーという言葉をについて再教育が必要だ」
細かな事はこの際無視してくれ。これポケットティッシュを置いておくから、用事が済ん
だら呼びなさいと言い付けて個室を出た。このままではドアは自動で開くので紙をドアに挟み
込む気配りは忘れない。
自分の小用が済んだ頃、個室から水が流れる音とノックの音が響いた。
全身を桜文鳥のようにさせた佐々木を再び鞄の中へと案内して今度は学食へ向かった。
ここでもお人形を出せないので、数種のパンとジュースを買って屋上に踵を返した。
「まぁなんだ。さっきはスマン」
「手法にいささかの問題点はあったが、君の配慮には素直に感謝するよ」
そんな会話をしつつ、家から持ってきたカミソリでパンを極薄スライスし、分解した学食
のサンドイッチの卵ペーストとレタスを挟み、キョン特製の佐々木サンドの出来上がりだ。
「相変わらずの器用さだね。ありがとう」
ヨーグルッペに手を付けた佐々木はいかにも元気その物。その勢いで今日一日を乗り越え
て欲しい。
さて、調査を再開しようか。まず行くべきはここだろう。

旧館文芸部室・・SOS団の隠れ蓑だがここには絶対に長門が居るに相違ない。
お決まりの2度のノックを行い様子をうかがう。声が帰ってこないのは長門が居る証拠で
慣れた手つきでドアを開き窓際に目を遣った。
そこはハルヒが持ち込んだガラクタが無い部屋で、メガネを掛けた長門が窓際に居た。
どんな属性を持っているかはこの姿では判断できない。冬の事件を参考にこう聞いてみた。
「よぅ、長門。今度はどんな本を読んでいるんだ」
読み掛けの本を持ち上げて背表紙を見せる。こう書いてあった「ハイペリオンの没落」
「最近の涼宮はどうなんだ」
「比較的落ち着いている」
「俺たちが知り合って何日経つか憶えているか」
「14ヶ月」
「そうか、そうだったな。読書の邪魔をして済まない。
 ・・・・ところでメガネは無い方が似合っているぞ」



3年の教室へと向かう。グラマラスエンジェル朝比奈さんのご尊顔を拝めば、白く染め上
げられつつある俺の頭が癒しの光で満ちあふれるだろう。
「こんにちは、キョンさん」
朝比奈さんの方から話し掛けてくれた。この人から情報を引き出すのは正直気が引けるの
だが、ここは少し勘弁して貰おう。
「朝比奈さんは宇宙人や未来人や超能力者の存在を信じていますか?
 ・・・・スミマセン、変な事を聞いちゃって」
大きな目がパチクリと動き、驚きを表していた。もう充分だ。

一応、赤玉野郎にも確認するか・・・・。
クラスの入り口から覗き込むと無害スマイル男が手を上げながらやってきた。
「あなたがここに来るとは珍しい。何かあったのでしょうか?」
「ハルヒ・・・いや、涼宮の近況はどうなんだ」
「彼女の精神活動は落ち着きを見せています。今朝、若干の動きがあったようですが彼女
 と何かあったのですか?」
「何もないぞ。命懸けのバイトはまだ続いているのか」
「最近は貴方のお陰でお呼びが減りまして、バイト代も少し減りましたね」
「お前の代わりに俺が魂のかんな掛けをしてるんだから、少しはバイト代が欲しいぞ」
古泉は握った拳を顎にあてがい、俺を値踏みするように上から下まで眺めた。
「今でもそれなりのバイト代はお支払いしているつもりですが、値上げ交渉でしょうか?
 いいでしょう。世界崩壊を避けられるなら多少の便宜は図りましょう」
すまないな、古泉。

どうやら佐々木同様、俺の身の回りも大きな異変が訪れている様だ。



「朝から何回、女の子にモーションを掛けたんだい?
 そんな事はこの際は黙っておくが、その表情を見る限り君の周りも変化したのだろ」
再び屋上に戻った俺は空気の入れ換えにと、鞄を開くといきなり佐々木が切り出してきた。
七夕事件が起きなかった可能性があるが、これは佐々木も知らない出来事だから割愛して
俺が確認した記憶の相違点について佐々木に話す。
珍しく長考に入った様子だが、予鈴が鳴り始めたので佐々木を鞄に戻し教室へと戻った。

午後の授業を利用して、俺の今の状況を整理する。
 ・ハルヒと名前で呼ぶ間柄ではなく、髪が長いのは俺が髪型の指摘をしていない様子だ。
 ・ただし、ハルヒの神的能力はあるらしい。
 ・SOS団は結成されていないが宇宙人や未来人や超能力者は協調関係はあるみたいだ。
 ・朝比奈さんは時間移動の秘密を俺が知らないと思っている。
 ・長門が眼鏡を掛けているのは朝倉襲撃事件は無かったと考えられる。
と言う事は・・・・、クラスを見渡すと朝倉涼子がそこに居た。
朝倉は俺へ振り向くと前に見たチューリップの様な微笑みを俺にかけてきた。
一年以上過ごしてるなら人畜無害な存在であるに違いない。是非そうであって欲しい。
傷のない傷跡に痛みを感じた。
・・・まだまだ確認したい事があるが、休み時間まで待つほか無かった。

「中坊の頃、校庭にエライ落書きをしたと聞いたが」
「誰でも知っている事よ。今さら何が言いたいわけ」
「あの地上絵を完成させるには100kg以上の石灰が必要で、ラインマーカーを動かしなが
 らではあの綺麗な幾何学模様は描けないと思ったんだ。
 本当に風評どうり一人であれをしたのか?俺の計算では協力者、それも男手が必要だ」
「アンタが何を知ってるって言うのよ!」
「いや、庭師のバイトをした事があるのでその経験から工数計算した結果だ。
 ただの戯れ言だから無視してくれ。気に障ったのなら謝るぞ」
ジト目で見詰めるハルヒの様子に、七夕事件に誰かが関与した可能性が高い事を感じた。
願わくばそれが俺であって欲しいが、長門と朝比奈さんの反応を見る限り関係が薄そうだ。
俺にもドッペルゲンガーが居るのだろうか?

授業が終わり帰り際、朝倉涼子の方へ向かうと朝倉から挨拶をしてきた。
「お前がポニーテールをすると恐らくクラス最強になるぞ」
シャーペンの頭をあごに当て、頭を傾げながら「あら、そうかしら?」と返してくる。
普通の女なら怒るか何か、マイナスの反応を示すだろう。
朝倉涼子がハルヒと俺の観測を継続している事は間違なかろう。
「毎日おでんだと栄養が偏るぞ」
俺は一方的に話を打ち切り学校を後にする事にした。



俺のショックも激しいが、ここから先が本日のメインイベントだ。

駅前のファーストフードと言っても色々あるがどこだろう?
鞄のファスナーを自力で開けた佐々木は頭を出し「僕ならあの店に行くだろう」と示す。
おいおい、往来で姿を見せるんじゃありません。
「こうでもしないと僕が窒息してしまう。しばらく深呼吸をさせてくれ。
 僕自身、この先に起こる事に重大な関心があるからね」
そうか済まなかったな。汗でびっしょりだ。ほら、ハンカチ貸すからこれで汗を拭え。
「君には世話になりっぱなしだな。
 僕なら既に中に居ると思うから速く行き賜え。
 アップルパイとポテトの小と君が飲むものを用意して2階の窓際に向かってくれ」
やたらと具体的なのはともかく、まだ時間はある筈だ。お前の学校は遠いだろう?
「僕の事は一番僕が知っているから、ここは大人しく僕に従ってくれ」
やれやれだ。誰もが俺に指図をしたがる。
妹と佐々木用に持ち帰りのアップルパイを2個追加して鞄に入れて2階へと向かった。
すごい美人がそこにいた。

腰まで届きそうなシングルポニーの佐々木が(ここは朝比奈さんを倣って佐々木(大)と
言おう)、こっちを向いて手をひらひらと振っていた。
「よぅ!」
芸のない挨拶をしながらトレイを机の上に置き、と佐々木(大)の表情をうかがう。
スキンケアやコスメ商材の知識が無い俺だが、佐々木(大)は薄化粧をして頬を赤らめていた。
唇が光を反射していたが、これはグロスというものか。

「久しぶり、だね」
一年ぶりだからな。
「違うね、一年以上だ。
 キョンは昔と変わってないね」
お前もそれほど替わってないな。髪型が変わったがお前を見失う程ではないぞ。
「去年から伸ばし始めたが、僕に似合っているか」
ハイレベルで似合っている。俺的合格ラインは突破してるぞ。
「嬉しいね。噂に聞くキミの嗜好に合わせたのだが、ここまで成功すると僕も意外だ」

佐々木(大)の話に妙な後ろめたさは無かったが、第六感が何かを告げていた。
「佐々木よ、お前の高校生活はどうなんだ」
毎日毎日遠距離通学だし、正真正銘の進学校だからピリピリしているよ。勉強のための
勉強をしている様な状態で、入学直後から予備校通いを強いられているのさ。
「その割には俺より早くここに来た様子だが」
他でもない君に会うためさ。一回ぐらいは早退しても罰はあたるまい。
「忙しいのか」
そうさ。いつも何かの用事で埋まっている事が多いね。
「そうか、以前この近くでお前を見かけてな、ツインテール娘と超ロングヘアの無口娘 
 とイケメン野郎と一緒に見たぞ。グループ交際でもしているのか」
それは他人の空似だろう。高校に入学して以来、僕はひとりぼっちなんだよ。
そんな時のキョンからの電話、とても嬉しかったよ。

佐々木(大)は隣にいる佐々木(小)とは違う時間を歩んできたらしい。
鞄の中の佐々木は何を想っているのだろう。



佐々木(大)は俺の高校生活に興味を持った様だが、時間から切り離されたであろう俺には
語るべき物が無くて生返事を繰り返し、やがて中学時代の話に花を開かせた。
学校行事や塾での出来事、特設勉強会に修学旅行など話す事は色々あった。
昔の話なら俺でも出来る。佐々木(大)の気遣いが心に染みる。

「中学時代の僕のエピソードに、キョンが知らないヒミツがあるんだ。
 聞きたいかい?」
「ほう、何だそれは」
佐々木(大)は口に手をあてがい身を乗り出した。
昔話をヒソヒソと話す必要があるのか?わずかな疑問を感じつつ俺も身を乗り出した。
佐々木(大)の手が俺の耳に触れ、そして後頭部へ手が伸びて、俺は自然と引き寄せられる
様な動作で身を乗り出され、佐々木(大)は自らの唇を俺の唇へと重ねてきた。
「僕は中学の頃からずっとずっと、キョンの事が大好きだったんだ。
 キョンが知らない僕のヒミツさ」

そこからの記憶が曖昧だった。
また会えるかとか携帯にメアドを登録されたりしたがよく覚えていない。
いわゆる放心状態だった。

帰り道に近くの公園に立ち寄りベンチに腰を掛けた。
佐々木(小)は一部始終を見てた訳だし、お詫びをしなければならないだろう。
鞄を開けると思った通り声を殺して泣いていた。

「キョン、ごめんなさい。すべての原因はわたしにあるの。
 あの大きなわたしが言っていた事は全部真実なの」

「わたしはキョンの隣にいられたら神の力なんて欲しくないと想ったし、キョンと付き合
 いたいと思ってた。あの大きなわたしはすべて私が考えていた事なの。
 わたしのせいでキョンに迷惑を掛けてしまった。橘さんや九曜さん、藤原君が居なく
 なった。死んじゃったかもしれない。
 キョンの学校でもそう。私はキョンの交際相手に嫉妬を感じた事もあった。だから疎遠
 になったのよ」

だから面識が無い朝倉が再登場したのか?

「キョン、後生一生のお願いだ。
 ・・・・もう私に、優しくしないでほしい。構わないで欲しい。君が思う道を・・・」

「俺もお前に1つだけ秘密がある。それは今のお前を守る事だ。昨夜決めたばかりだがな。
 それに記憶を共有してるのは俺とお前だけだ。他の連中とは記憶が共有されてない。
 なぁ、俺で良ければ夢の続きに付き合うぞ」

「本当にわたしと一緒でいいの?きっと君には迷惑ばかり掛けるし、何の役にも立て
 ない。こんなわたしと本当に一緒に居てくれるの?」
「もちろんだ、誓ってもいい」

俺は細心の注意を払いつつ、佐々木に口付けをした。



佐々木1/4(ささきよんぶんのいち)
                             第一部 -完-

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最終更新:2007年11月08日 11:45
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