7-327「黄金のスペクトル」

人間てのは単純に出来てるもんで、とりあえず皆でわっしょいと運ぶ神輿があれば
それに一も二もなくとびついてしまう性質のようだ。
給食が終わった昼休みの教室、俺のような健康優良男児はことごとくが眠りについているころ、
寝る間も惜しんで四方山話に花を咲かせる物好きな面々にはなんというかいろいろな意味で
尊敬の念を禁じえないが、その話題のトピックスはというとこれが驚いた事にまだ一週間も先の、
しかも体育祭なんて暑っ苦しいモンだというからビックリだ。
何だってそんな夢中になれるのかね。それも女子連中まで。
「それはきっと、例のジンクスのせいだろうね。」
なんだ、いたのか佐々木。なんだ、ジンクスって。
「いたのか、とはひどい言い種だねキョン。
格言にもあるように、特定の外国人から見れば他人行儀に過ぎるのではないか、と
少なからず思われるほどの礼儀を尽くすのがこの国のスタンダードであるのではないかな。
それがたとえば親兄弟、ひいては恋人関係にある異性に対しても、だ。 
くっくっ、言葉は時に残酷だと覚えておきたまえ」
なんだそりゃ。ジャーナリスト宣言か。
……いつになく礼儀に関して滾々と語る佐々木に多少気圧された俺だったが、話が中世ヨーロッパの宮中愛にまで及びかけたところで
佐々木には悪いが話題の軌道修正を図る事にした。
「しかし、いったい体育祭のどこに女子連中が喜びそうなネタがあるってんだ」
女子の話題といえば大体がJ-POPとか、服とか菓子とか、
じゃなかったら誰と誰がくっついたとかいう色恋話じゃないのか? 
そういうと、佐々木は片方の眉だけを皮肉げに持ち上げて
「くっくっ、キミはどうやらひどくたちの悪い偏見に取り付かれているようだ。
彼女らに言ってみたらさぞ気分を害する事だろうね」
そうなのか? まあ俺も話題が豊富なのかって言われたら答えはYESと言いにくいからな…
それに良く考えたら、ここに話題が豊富なうえ、少なくとも色恋にはとんと興味のないやつがいたんだった。
「…そうだね。ところでさっきキミのことを偏見に毒されているといったが、
実はさっきのキミの推論は相当いい線をいっていたといえる。
僕らぐらいの年の少女がするであろう会話の内容についてだ」
なんだよ、やっぱり俺の見立ても100%ハズレってわけじゃなかったんじゃねえか。
「そう、そのとおりさ。しかしそこかしこで女子生徒たちが噂しているものだから、
少しくらいはキミの耳に入っているかと思ったんだがね。本当に男子の間ではマイナーなジンクスのようだ」
「…なんかさっき俺が言ったことと結びついてこないんだがなぁ。
体育祭のBGMは放送委員会が早々と決めちまってるし、服なんかみんなジャージだろ。
菓子を持ってくるのは……そりゃ遠足だしな」
「くっくっ、キミは本当にナチュラルボーン・エンターテイナーだな。いやはや、狙ってやっているとしてもたいしたものだ」
「…なんか、バカにされてないか俺」
「さあて、ね。ところで、当初の話は体育祭のことなんじゃなかったかな?」
そうそう、そうだった。いったいそりゃなんの話なんだよ。
「答えは当然、最後に残った恋愛の話さ。時にキョン、キミはフォークダンスの存在を覚えているかな?」
あ~…そういえばそんなのがあった気がするな。
昼飯が終わったころに、確か学年ごとに分かれて、抽選で当たった奴が好きな曲をかけて…
去年は三年生でスラッシュメタルをかけた大馬鹿者がいたとか何とか。
「そう、キミの若年性痴呆を疑ったのはどうやら杞憂のようでなによりだ。
しかしそのBGM云々のところはさして重要ではないのだよ」
じゃあなにが大切なんだよ。なぜか今日の佐々木はいつもにも増して話が回りくどい気がする。
「陳腐な言い方をすれば、縁結びってやつだよ」
「縁結び?あの、お守りとかのか?」
「そう。何でも古くから伝わるうわさで、ちょうどフォークダンスの音楽が止まったときに踊っていたパートナーとは、
恋愛関係に発展するというひどく難解極まりない内容だ」
なんじゃそりゃ。音楽終了のときって、ピンポイント狙撃もいいとこだろ。
スイス銀行に振込みの容易をしなきゃならんのじゃないか? そんなどこぞの怪しい集団結婚式もどきを学校でやるってのか。
俺がなんとコメントをしたら良いか迷っていると、佐々木は本日何回目かわからない笑いを洩らして、
「くっくっ、別に学校側がそんなデマゴーグを流布して回っているわけではないさ。
まあ、噂の存在自体は把握しているだろうが」
と、本当におかしそうに言った。しかしなんとまぁ、樹齢ウン十年の古木の下で告白するとか、
葉っぱが落ちるまでとか、オカルトな札に願い事を書くとかそういうのなら正直わからないでもないが、
泥臭いフォークダンスとはね。これはちょっとばっかしムードに欠けるんじゃないか? 
ロマンスという言葉の意味を辞書で引いてみろってんだ。
「キミがロマンとは、これはまたなんとも似合わない言葉もあったもんだね」
ほっとけ。元はといえばお前が『恋のおまじない』なんて話をするからだろ。
そっちこそ似合ってないなんてもんじゃないぞ。
「辛辣なもんだね。思いやるのも円滑な人間関係を築くのには大切な事さ」
どうした事か、佐々木はわずかに、本当にわずかに眉をしかめて薄い唇を突き出していた。
「大体俺にはあんまり関わりのないことだしな。あれは任意参加だろ」
「キョン、キミは出ないつもりなのか?」
「ん? そりゃそうだろ」
出てどうなるもんでもないしな。そう思って俺は適当な返事をした。
しかしなんだって、佐々木はこの話題をこんなに引っ張るんだろうか。
俺が真面目に聞いてないと、早々に話を切り上げてしまう奴なのに。
「おやおや、無欲な事だね。キミにはここぞとばかりにアプローチしてみたい相手はいないのかな?」
「そういうのは信じないようにしてるんだ」
呪い占朴の類は、宇宙人や未来人と一緒に、幼きころの日々に置いてきてしまったんでね。
「それにうかつにしゃしゃり出て、恋愛に興味のないどこかの誰かさんとでも組んだりしようもんなら、
一生結婚できない呪いとかかかりそうだしな」
「……キミはもう少し、行間と感情の機微を読むという事をしたほうがいいな」
佐々木はなにやらかみ合わない言葉を投げかけると、なぜか怒ったような顔をして向こう側をむいてしまった。
おーい、目あわせて話しろって。
その日佐々木は珍しく用事があるとかで塾へ行くときも帰るときも、俺とは別行動だった。



そしてついに体育祭当日。
俺の所属する組は敵と抜きつ抜かれつのデッドヒートを繰り返していたが、俺にはさほど興味はなかった。
いやもちろん、自分が出場する種目に関して手を抜くという事は決してなかったが、
他の連中のようにチームの勝ちイコール自分の勝ちだなんて単純には考えられず、そのため積極的に競技を見ようとも思わなかった。
応援に声を嗄らすクラスメイトの中で揺られながらそれとなく佐々木のほうを見てみると、一瞬視線が交錯した後、向こうがあわてて逸らした。
……こっちをみてたのか? どうも先週、正確に言えばあのフォークダンスの話をしてからあいつの様子が変だ。
しかもほぼ時を同じくしてクラスの女子連中は揃って俺を親の敵でも見るかのような目で見てくるしな。
やれやれ、いったい俺がなにをしたっていうんだろうね。
そして2度の出場、無数の居眠り(未遂)を経て、昼休みがやってきた。
おそらく件の噂に関してだろう、所かまわずキャーキャーと黄色い声で騒ぐ女子一同を尻目に、俺は裏庭へと歩いていった。
何でそうしたのかはよくわからない。
お手手つないで踊るのにそれぞれ違った形で過剰に反応する男子と女子両方が気に入らなかったか、
あるいはその中にあるはずのひとつの顔が昼休みになったとたん見えなくなったからかもしれない。
仲良く並ぶ体育館とプール、その裏側をずんずんと俺は進んでいった。
そして、ずいぶん喧騒が遠ざかったように感じられるようになったところ、もう誰も手入れするものがいなくなっているらしい
ボロボロの学級菜園の縁に、そいつは、いた。

「…きょん?」

間の抜けたとしか言いようのない、まったく持って似つかわしくない声をそいつは発した。

「ダンスはやめにしたのか?」

話しながら隣に座り込むと、佐々木はわずかに身をよじって俺との間をあけた。
おいおい、そんなに露骨に避けなくてもいいんじゃないか佐々木さん?

「…はじめから、出るなんていってないよ。あれは任意参加だしね。
僕が入って男子のささやかな夢をつぶしてしまうより、女子枠に余裕を持たせたほうがいいんじゃないかと思ってね」

笑いなのかなんなのかよくわからない妙な形に口元をゆがめる佐々木の、
そのいつになく一本筋の通っていない言葉をそれ以上聴いていられず、
俺はやおら立ち上がると正面に回りこみ、ゆっくりと手を差し伸べた。

「…それは何の冗談だい、キョン?」
「冗談なんかじゃない」

おい、ちょっと待て俺。いったいなにしてるんだ。

「踊ろう、佐々木」
「…は?」

怪訝そうに眉根を寄せる佐々木。うん、気持ちはよくわかるぞ。
俺だって自分の言葉にドッペルゲンガーを目撃したゲーテのように驚いているところだ。

「キミの意図がどこにあるか知らないが、丁重にお断りさせてもらうよ。
なにやら重大な勘違いをしているようだからね…僕は気を使ってもらうような筋合いはないし、そもそも」「違う」「えっ?」

佐々木が目を丸くする。そりゃそうだ。俺が話しに割り込むなんてめったになかったことだしな。

「これは俺の我侭だ。なんとなく踊りたくなったから、踊りたいってだけだ」

なんて支離滅裂な誘い文句だ。我ながら、もうちょっとロジカルな、佐々木までは行かないにしても
ミドルティーンなりに筋の通った論理展開を出来ないものなのか? と思ってしまう。
佐々木は数秒間ほどあっけに取られていたようだったが、すぐに気を取り直したようで言葉を重ねてくる。

「なんだい、それは。キミがそれでいいかもしれないが、僕の意見は無視かい」

ごもっとも。ましてや俺は、一度蹴った身だしな。

「それは今から『おねがい』するんだよ」

なにやら急に調子を取り戻してきたらしい佐々木に、精一杯真面目な視線を照射する。
佐々木の、そのダークブラウンの大きな瞳に俺の姿が映りこむまで。

「これは大真面目な話だ。今まで散々ダンスはサボっていた俺だけど、最後ぐらいは参加してもいい。だとしたら、相手はお前以外にいない」
「なっ…」

みるみるうちに真っ赤になっていく佐々木。ああ、俺も今こんな感じなんだろうな。
こいつがこういう表情をするとこれはこれで絵になるが、俺の面じゃあ間抜けもいいとこだ。

「そ、そんな、キョン、わたし、その…」
「もし、嫌だってんなら、無理強いはしないぞ」
「い、いやだなんてそんな!」

あ~なんか相当恥ずかしい事いってんなぁ俺…。ほんとになにやってんだろーな。

「いや、それにな、よく考えたら俺、お前以外に仲いい女子っていないんだよな。ほら、流石に男同士ってのはアレだろ」

フォローなんだか言い訳なんだかわからない事を俺がまくし立てていると、佐々木は大袈裟にがっくりと肩を落として深いため息をついた。

「結局、わた…僕は、消去法を行ったうえでのセレクションという事か…」
「? どうした?」
「なんでもないよ、まあ今回は収穫もあったし、この辺で手打ちにしておく」

気にはなったが詳しく聞くのは後回しににする事にした。なぜかって? 
今日一番の思い出になる事は確実の、思い出のダンスに乗せる曲が流る時間になったからさ。
なにやらわけのわからない事をいう佐々木のことは置いておいて、とりあえず佐々木の左側、やや後ろに立つ。
グラウンドのほうでは音量調整が始まっている。という事はスタートまでもうそろそろだ。

『どこから説明しましょうか~…変わり行く現実の中で~』

……なにやらやたら甘ったるくてムーディーな雰囲気の曲が流れてきた。おいおい、こんなノリの悪い曲にあわせて踊れるのか? 誰だよ選曲したの。それになんか尻の穴周辺がムズムズするぞ。

「なんというか…個性的な曲だね」
「ほんとに他の奴ら、これに合わせて踊ってんのかよ?」
「確かに気になるね。戻ってみる?」
「バカいうなっての」
「くっくっ」
いつもの妙な笑い声とともに、わざとらしい大仰な動作で後方の俺に手を差し伸べる佐々木。
それをこれまた芝居気たっぷりに(見えてないだろうけど)受ける俺。
そう、これでいいんだ。変な噂になんかまどわされず、俺たちはいつもの俺たちでいるのが一番だ。
終わったとき手をつないでた奴が恋人だって?そんなの信じたい奴だけ信じればいい。
男と女で、恋愛関係なしの組み合わせってのはそれなりに珍しいだろうし、
これまでそうだったようにこれからも色々妙な勘ぐりもされるだろうな。
俺自身、佐々木をどう思ってるのか実際よくわかっていないのだけれど、
今はこいつが中学時代を通して俺の一番の親友であるという事実、それだけで十分だ。
「佐々木」
「ん?」
「やっぱり、お前に会えてよかったよ」
「…ッ! ほ、ほんとにキミはいつも不意打ちだな…」
「? 不意打ち? あ、今足蹴っ飛ばしたことか?」
「…キョン…いってはなんだが、もう少し美しく踊れないのかい?
これではダンスというより乱取り合戦でもしてる気分だ」

しょうがないだろ、知識経験、一切ないんだから。

「まあ、この曲では無理もないがね。これならまだビッグバンドのほうがマシかな
……そうだね、ワルツなんてのも悪くない」
「ワルツってあのズンチャッチャ、ってやつか? 2001年に使われてるような」
「そう、あれはヨハン・シュトラウス二世だったかな」
「あんな堅っ苦しいのは嫌だぞ」
「なにを言うんだい。流行していた当時、ワルツなんてのは頭が悪くなる低俗音楽だと
保守的な音楽家たちには言われていたんだ。ショパンだってワルツは死ぬほど嫌いだったけど
生活のために皇帝円舞曲を書いたくらいだからね。
極端な話、それこそ今で言うところのヘヴィ・メタルみたいなものかな」
「……去年メタルを流した奴ってのは、そこまで考えてやったのかね?」
「そうだとしたら、相当なギミック巧者だね。誰もそこまで掘り下げて考えたりはしなかっただろうけれども。……ん」
「どうした? また俺足蹴ったか?」
「いや、こういうときでも僕らのスタンス、ポジションは変わりないんだと思ってね」
「いいんじゃねえか? 変わりもん二人が群れを外れてしょっぱい思い出作りだ。噂とか、そういうのは一切なしの方向で行こうぜ」
「…僕はこれでもそれなりに楽しんでいるんだから、あまり水を注さないでもらえるかな」
そうだったのか?それは失敬。







「キョン」
「どうした?」
「ありがとう」






その後気色悪い男の歌が終わってからも惰性で踊り続けた結果、
競技開始時間に十五分ほど遅刻した俺たちだったが、教師どもはともかく、クラスの連中は怒りもせず暖かく、
というか妙に生暖かい態度で迎えてくれた。
近々俺の家に打ちこわしにでも来るんじゃないかと思えるほどに殺気立っていた女子一同は
なにやら輝くような微笑を向けてくるようになったし、
男子は男子で一部の連中が恨めしそうな顔で見つめてくるので気味が悪い事この上ない。
国木田や中川に相談してみても呆れた顔をされただけだったし、どうしたもんかね。
人類皆兄弟とは言うけれども、兄弟でも考えてる事ってのはまったくわからんもんだ。



おわり

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最終更新:2008年01月26日 23:23
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