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猿喰はさみSS・イラスト

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SS

猿喰はさみ初登場SS

――高すぎるコミュ力は、もはやコミュ力ではない。



末永めしあ(まつなが めしあ)は今日も上機嫌で希望崎学園に登校する。
学生鞄と愛用の杖、カールした黒髪を揺らしながら。
その顔は期待と喜びに満ち溢れ、足取りはタンポポの綿毛のように軽やかだ。
なぜなら、愛する隣人たちと会えるのが楽しみだから。

「おはよう御座います。今日も良いお天気ですね。」
前方の杖をついた老人へ声をかける。
例え学生でなくとも、知り合いでなくとも、彼女は分け隔てなく挨拶をする。
彼女にとっては地球上の全ての人が親友なのだ。

「…ええ、どうも。おはようござ…ぁあああああああ!?」

老人は振り向きざまに叫び声を上げると、歩道に尻餅をついて倒れこんでしまった。
もちろん失禁している。

「ど…どうしましたか!?どこか、具合でも悪いのですか?」

めしあが慌てて老人を抱き起こそうとする。

「ぐ…具合だって!?ひぇえええええええええええええええ!!」

腰の不自由そうな老人はそう叫ぶと、杖を投げ捨て、猛スピードで歩道を駆け抜けていった。
「どうしたんでしょうか…。」
老人の腰も一息で治してしまう。まさに現代の奇跡!
めしあにとってこの程度のミラクルは日常茶飯事である。


◆ ◆ ◆


  • 希望先学園校門

「うわあああぁぁ!!なんだあれは!ば、化物だあああぁぁ!!」
「こっちに来るな!来るなあぁぁ!!」
投げつけられた石が体に当たる。

「あらあら、みなさんおはようございます。」

めしあに大した防御力はないが、体力だけは普通の人間よりも高い。
この程度の攻撃は、めしあにとってあいさつにすぎない。
めしあは手を振り答える。
「うふふ、また会えてうれしいなぁ。おはようございまぁす。」

「さて、私の教室はどこでしたっけ…。まあ、好きなところに入りましょう。」
めしあは自分の年齢がわからない。
家はあるが、どこで生まれどこで育ったのかも覚えていない。

そのような事は、彼女にとって瑣末なこと。
瑣末なことをいちいち覚えていられるほど、めしあは記憶力が良くなかった。


◆ ◆ ◆


  • 教室

適当な教室を見つけて入る。
「――あ、めしあちゃん。」

「あら、寅貝さん!」
ひさしぶり!と寅貝きつねに抱きつくめしあ。
きつねはそれを抱き返した。

「寅貝さん久しぶり!あなた、ここのクラスだったのね。」
「うん。ふふふ。めしあちゃんは、未だに自分の教室が決まっていないんだねぇ。」

既に他のクラスメイトは、めしあが入室した時点で全員退避している。
「相変わらず凄いコミュ圧だね。常人には耐えられそうにないや。」
「そおなのかしら…?」

「みんな、おはよう。」
担任がガラリ、と扉を開けて教室へはいってきた。
「…………!」
めしあを一目見るなり、ブクブクと泡を吹いてそのまま床に倒れこむ。

「きゃああ!大変!大丈夫ですか??」
「――おっと、めしあちゃん。これ以上君が近づいたら、本当に廃人になっちゃうよ。」
僕にまかせて。ときつねが携帯電話をとりだす。
保健室へ連絡しているらしい。


寅貝きつねは、めしあとまともに話せる数少ない人間の一人だ。
地球上にはきつねとめしあの他に、人類最高クラスのコミュ力を持つものが10人おり、
彼ら12人はまとめて『十二コミュ支』と呼ばれている。
めしあのコミュ圧に耐え、会話ができるのは現時点で十二コミュ支のみである。

「わたくしが近づくと、時々あんな事が起こるんです。何故かはわからないけれど…。」
あまりのショックに、めしあは涙目になっている。
「…ふうむ。未だに驚異的なコミュ圧を制御しきれていないんだね。かわいそうに。」


◆ ◆ ◆


  • 児童文学研究会

「なーるほどー?それで、自分のところに来たんだねっ。」
うす暗い部屋。
ここは、手芸部のすぐ近く、誰も近づかない場所にひっそりとある児童文学研究会の部屋だ。
会員は今、きつねとめしあの前に、机を挟んで座る女子――

――猿喰はさみ(さるばみ はさみ)一人だけである。

「そうなんだ。コミュ力の制御と言ったら、はさみちゃんが適任かなって思って。」
「うんうんー。その考えは、正しいねー。実に。正しいねー。」
えへへと笑いながら立ち上がり、腰に手を当てるはさみ。

「なにせ!十二コミュ支のうちで、自分ほど人間嫌いな者はいないからねっ!」
本当にいないんだからねっ。っとVサインを繰り出す。

その仕草は実に友好的で、とても人間嫌いには見えないが、
これも猿喰はさみの世界レベルのコミュ力ゆえだ。

彼女が人を信頼することも、好きになることも稀である。
十二コミュ支といえど、本当に信頼されているかどうか怪しいくらいだ。
孤独を好む彼女は、自らのコミュ力を完全に抑制する術をそなえている。

「まぁ、猿喰さん。人間がお嫌いなんですかぁ…?」
また、泣きそうな顔をするめしあ。
コミュ力の低い者なら、この顔を見るだけで脳震盪を起こすだろう。

「いやいやいやいやいや、お二人さんの事は大好きだから、御心配なさらずだよー。
えっへへ!――他ならぬ、めしあ君のためだもの。自分一肌もニ肌も、
いくらでも脱ぎましょうぞー!」
えいえいおー!


◆ ◆ ◆


「じゃあ、めしあ君。自分のやってみせた通りに、できるかなっ?」
「はい…やってみます。」

めしあは立ち上がると目を伏せ、脱力した。
数秒の間。

――――フッ
場の空気が変わる。

驚く二人。
「――めしあ、ちゃんの…コミュ圧が…。」
「――消えた…っ!?」

ド ド ド ド ド ド ド ド ド ド ド

目を見開くめしあ。
「………あら、何を見ているのかしら?」


―――――――――――――――ぞわぁっ


とてつもなく嫌な悪寒が二人の体をかける。
「…めしあ、ちゃん?」
「気安く名前を呼ばないで。屑。」
「―――――――――!」

冷徹な、感情のこもらない目が二人を見下ろす。
――これが、コミュ力のゼロ地点突破!
この数秒の間に、めしあは己のコミュ力を「反転」させることに成功したのだ。

「す…凄い!」
「これほどのコミュ制御を、ものの数秒で…!やはりめしあ君は、世紀の天才だ…!」

「何を言っているの、ふざけないで頂戴。あなた達。死になさい。」
めしあの眼からは、完全に光が消えている。
一切の友好的態度を受け付けない「絶対」の拒絶。

「何か…ゾクゾクしてきた。」
「うん…僕も。」
アブノーマルな二人であった。


◆ ◆ ◆


「くすん…くすん…。ごめんなさい、二人とも…。」

コミュ制御に成功したと思われためしあだったが、
それも1分ほどしかもたなかった。
元に戻っためしあは崩れ落ちると、泣き始めてしまった。

「いやいや謝らなくていいよー!めしあ君、凄かったよっ!すごく凄かった!」
「うん!僕も興奮したし。あんな冷たい目を向けられたのって初めてだよ。」

「お二人にあんなひどい事言うなんて…、わたくし、自分が信じられません。」

めしあはなかなか泣き止まない。
二人は、嫌な予感がした。


――ブワァ!!


とたんに、凄まじいコミュ圧が二人を包み込む。
間違いない。
彼女の魔人能力『黒の仔羊』が発動しそうなのだ。

めしあには謎が多い。彼女の魔人能力の内容も、二人は知らない。
しかし、めしあほどのコミュ力魔人。その能力ともなれば、
とにかく大変な事になるのは目に見えている。
普段飄々としている二人であったが、これにはさすがに焦った。

「ああー、めしあちゃん…ちょっと落ち着いて?」
「めしあ君、そんなに自分を責めないでっ!よしよし、よしよし。」

「くすん、くすん…うう~ごめんなさい。わたくし、二人を困らせてばかり。」
確かに困っている。

めしあはぼろぼろと涙を流しながら二人を見上げた。
「そういえば、わたくしは昨日も人を一人殺めてしまったんです。
どうして死んでしまったのかわかりませんが、たぶんあれはわたくしのせいなのです…。」

「あ、その話は聞いたかも。」
きつねの情報網に、その話は引っかかっていた。
そして、何かを思いつく。
携帯を取り出すきつね。


「僕も忘れてた。めしあちゃん、ツイッター登録したんだって?」
顔を上げるめしあ。
「え、そうなんだー?めしあ君。」
「えっと…そうなのです。実は…。」

めしあはツイッターに登録すると、持ち前のコミュ力を生かし、
その日のうちに1京ものアカウントをフォローしたらしい。
これぞ惑星規模のコミュ力のなせる技である。

「…じゃあ、まだ誰にもフォローしてもらってないんだ。」
「そうなのです。…もしかしたら、みなさん恥ずかしがっているのかもしれません。」
もちろんそうではない。
めしあの驚異的コミュ圧は、電子機器をも介して人を遠ざけるのだ。

「むむむー。水臭いなぁ、めしあ君たら!真っ先に自分たちに教えて欲しかったよぉ!」
はさみが携帯を取り出す。
「…すみません、猿喰さん。みなさん、わたくしと違ってお忙しいようでしたから…。」
「ふふふ。とりあえず、僕らはめしあちゃんのツイッター、フォローしとくね。」

「本当ですか…!?わぁっ…!ありがとうございます!」
めしあの顔がパァッと明るくなる。
いつの間にか涙は消えていた。


◆ ◆ ◆


にこにこと微笑みながら携帯の画面を覗き込むめしあ。
「うーむ。良かったねえ、きつね君。」
「うん。結果オーライかな?」

きつねとはさみ。曲者ぞろいの十二コミュ支の中でも、二人はかなりまともな方である。
十二コミュ支の面子は忙しく。なかなかめしあに構ってあげられないが、
まともにめしあに構ってあげられるのも、十二コミュ支以外にほとんどいないだろう。

果たして、めしあのコミュ圧に耐えられる魔人は現れるのだろうか。
できるだけ、めしあに構ってあげなければいけない。
嬉しそうなめしあの笑顔を見て、二人はそう思うのだった。

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