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騎士と姫2

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騎士と姫2 ◆ORI/A.SOic


 最も幼い頃の記憶は、納屋の中だ。
 そこは親も知らぬ自分に宛がわれた唯一の寝床で、他数人と共に牛馬と共に寝起きしていた。
 ただ糞尿の匂いに塗れた暗がりで、明日はもう少し食べ物が貰えれば、という事、出来れば殴られる回数が少なければ良いと言うことだけを考えていた。
 暫くして、近くの荘園主に金で引き取られることになる。
 牛馬と同じただの労働力でしかなかった自分の存在が、見た目が少しばかり良いという理由で、屋敷の使用人となった。
 数年後、傭兵団崩れの野盜により荘園は略奪され、荘園主を始め殆どの者は殺されるが、まだ少年だった彼は、やはり見た目が良いという事もあり、野盜の仲間に引き入れられることになる。
 使い走りと、雑用と、それから善男善女の油断を誘うための囮などをさせられ、見よう見まねで剣術も覚えた。
 既に大きな戦乱など無く、国境沿いの小競り合いと蛮族との攻防が散発する程度。
 傭兵団崩れの野盜など、雇われての戦働きよりも略奪の方が多い。
 次第に人数も減りただのゴロツキ集団と大差なくなった頃、とある辺鄙な寒村に居座って乱暴狼藉を働いていたところを、数人の騎士とその従者達に討伐された。

 それが、彼、カイン・シュタインと、フランツ・O・ブリュデリッヒの初めての出会いだった。

 歳を経ることで、カインはいくつかのことを学んだ。
 何も持たぬ者は、金を持った者に支配されるだけの存在でしかないこと。
 金を持っていても、純粋な暴力には容易く蹂躙されうること。
 そして、ただの暴力では、法の暴力には敵わないと言うこと。

 カインは何も持たざる者だった。
 フランツと出会い、自らをやむなく野盜の捕虜となった者だと言って(あながち嘘ではないが)、彼に頼み込み従者に加えて貰う。
 最初はただの小間使いでしかなかったが、機転も利きそこそこ剣も使える彼が、正式な従者(スクワイア)として取り立てられるのには1年もかからなかった。
 礼儀作法、文字、学問、多くを学び、戦場では勇猛果敢かつ冷静に彼に仕えた。
 その働きと、そして幸運(大公殿下の気紛れ)により、最も低い騎士位に付けたのが、去年のことだ。


「―――ふむ」
 夜の空気を大きく吸い込み、息をつく。
 呪い師か悪魔の業か、何れにせよこれがどうしようもない厄介事だ、という事だけははっきりと分かる。
 唯一、幼い頃より彼自身を助けてきた授かりもの。その、年より幼く見える整った顔立ちの眉間に皺が寄る。
 ときとしてあどけなささえ感じさせる事の出来る美貌も、今は何の助けにもならない。
 背負ったバッグに、腰のベルトに差した奇妙な棒。そして呪い師の寄越したスキルカードなるもの。

 それ以外は、我が身我が業のみが、全てである。

 いや。
 それと、もう一つ。

「ねぇ…そんなに急いでどうするの ―――?」

 鼻にかかったような、甘ったるい声。
 異国の、妙に顔の平たい蛮族の女。いや、蛮族にしては学があるから、おそらくその部族では高貴な方なのかも知れないが、それでもそう、まるで ――― 娼婦の様にも見える。
「姫、何れにせよ何処か身を寄せる場所か、誰か他の者を探す方が今は得策。
 このようなひらけた場所に長く居ることは出来ません」
 そう告げる口調は丁寧で礼儀正しい。だが何処か微かに、ざわつくような陰がある。
「そうね――― 騎士様の言うとおり…」
 漆黒の髪と黒い瞳を持つ囚われていた姫君、ミゾロギ・トウコは、くすりと唇の端を上げてそう応えた。

◆◆◆

 最も幼い頃の記憶は、押し入れの中だ。
 桐子は一日中その中に隠れ、誰にも見つからないことを祈っていたが、いつもそれは叶わないままでいた。
 酒臭い息。饐えた汗と煙草の匂い。母親の使う安っぽいファンデーションと香水。
 そして、その母親が夜仕事に出てしまった後には、必ずあの男がまとわりついてくる。
 体中をなで回し、奥の奥まで入り込み、ひたすらに蹂躙をし、欲望を吐き出し続ける。
 後に義父となったその男との生活は、薬のやり過ぎで母があえなくこの世を去ってからも5年ほど続いた。
 それに終止符が打たれたのは、闇金の下っ端が、義父を山の奥にまで連れて行って二度と帰さなかったからだ。

 やっと死んだか、せいせいした。

 桐子はその下っ端にそう言って、唇の端を上げてくすりと笑った。

 それから何年かその下っ端と共に暮らしていた。
 男は闇金の仕事でそこそこ稼ぎはするが、出世はしない。頭が良くないし、賭け事で散財する悪癖がある。

 酒に酔うと、やはり桐子を殴り、彼女が風俗で稼いだ金も泡と消える。
 結局は、事務所の金にまで手を付けて、内臓で支払いをするはめになった。

 何人かの男の間を行ったり来たりしていた。
 最終的に落ち着いたのは、見た目も冴えないバーのオヤジの所だが、桐子にとってこの男こそ、それまでの誰よりも"強い"男だった。
 風貌は冴えないが、頭も回るし舌もよく動く。ヤクザも闇金も恐れず、口八丁手八丁で煙に巻く。組織に属していないから身が軽く、無駄な散財も決してしない。
 そして何より、誰を殺すことも、躊躇しない。
 店の常連客も、ヤクザも、取引先も。
 必要とあらばすぐに殺す。殺した後は2人で山奥のアジトに運んで解体し、細かくミンチにした後河に捨てる。骨は油とバーベキューソースを掛けてドラム缶でじっくり焼けば、匂いで怪しまれもしないし灰になる。

 歳を経ることで、桐子はいくつかのことを学んだ。
 何も持たぬ者は、金を持った者に支配されるだけの存在でしかないこと。
 金を持っていても、純粋な暴力には容易く蹂躙されうること。
 そして、自分に暴力を行使する力がなければ、それだけの力のある男と共にいれば良いということ。

 桐子が男を選ぶときの唯一の基準は、その一点に尽きる。
 自分を守れるだけの力があるかどうか。
 そしてその力のある男の望むことなら、桐子は何でもするし、何者にもなれた。


 最初に桐子がした事は、身につけていた囚人服を脱ぐことだった。
 この場所に連れてこられる以前、彼女は殺人の罪で収監され、実刑判決を受け服役していた。
 人権派を標榜する弁護士に「自分は主犯の猪目に暴力と脅迫で無理矢理手伝わされていただけだ」と涙ながらに訴え、無罪を勝ち取るべく控訴をしている。
 刑務所内では見事なまでの模範囚。何せその場で最も強いのは、刑務官なのだ。逆らう意味などまるでない。
 目の前にいる強者が望むとおりの存在になる。それが、桐子の知る唯一の生き方だ。

 清潔だが着心地の良くない囚人服を脱ぎ、下着姿になった後、彼女が身につけたのは漆黒のドレスだ。かなり肌の出るデザインだが、そんな事は意に介さない。
 胸元は大きくはだけ、脚は長いストッキングで覆う。生地の質は良い。着ただけでうっとりとした恍惚感すら感じてしまうほどだ。
 バッグに入っていたのは食料や地図などの他にはそのドレスと、件のカード。後は液体の入った小瓶だけで、殺し合いをしろと言うわりには武器もない。

 武器?
 桐子は考える。
 武器など、要らない。いや、あったとしても、桐子には使いようがないだろう。
 彼女は、自ら武器を振るって戦う気など毛頭無い。
 武器を振るうのは ―――。


「ねぇ、カイン。麗しの騎士様」
 前を行く美丈夫に声を掛ける。
「何ですかな、異国の姫君」 
 海岸沿いから歩いて、草原の中にいる。
 左手、西へ向かえば遠目にも分かる市街地で、右手、東から東北へは鬱蒼として森が広がり、数本の高い煙突の影が見える。
「誰かを捜すのも良いけど、やっぱり身を休める場所が欲しいと思わない?」
 微かに熱を帯びた吐息を吐き、両手で体を抱きしめる様にする。
「…如何様にも」
 カインはそれでも構わない。どちらであっても、この女と居ることに意味がある。

 桐子は考える。この奇妙な騎士気取りの青年に、自分を守って貰おう、と。
 カインは考える。この端女とも高貴な出とも分からぬ異国の女を、巧く利用しよう、と。
 騎士ならざる騎士と、姫ならざる姫は、互いの腹を見せることなく、この異境の地で道連れとなっている。 



【一日目・深夜/F-5 草原】

【カイン・シュタイン】
【状態】健康
【装備】スタンロッド
【スキル】『その歌をもて速やかに殺れ』
【所持品】基本支給品 、不明支給品0~1
【思考】
1.トウコと共に行動をし、情勢を見る。

※スタンロッド
 長さ60センチほどの金属製のロッド。スイッチを入れるとスタンガンの様な電撃を発し、触れた者を気絶させうる効果がある。
 数回使うと電気切れして、ただの固い鉄の棒同然になる。


【溝呂木桐子】
【状態】健康
【装備】魔王のドレス
【スキル】不明カード
【所持品】基本支給品 、液体の入った小瓶
【思考】
1. カインと共に行動し、守って貰う。

※魔王のドレス
 魔王が女性の姿をするときに身につけるドレスの内一つ。非常にエロスなデザイン。
 防御効果など何らかの魔法効果が付与されている。

※液体の入った小瓶
 10㎝程度の小瓶に、何かの液体が入っている。説明書きがあったため、桐子はその効果が何かは知っている。

13:Let's communication. 時系列順 15:生の実感
13:Let's communication. 投下順 15:生の実感
カイン・シュタイン 25:騎士と騎士
溝呂木桐子 25:騎士と騎士

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